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湿地帯へ向かう道

 オバリー大尉がミノタウロスの腹を搔っ捌いていた頃、川沿いの道を進む一台の荷馬車があった。


 馬車に乗っているのは4人。その中にはカノンとドワーフの長、ワグリンの姿もある。


 手綱を握るのは、濡れ羽色の髪に、ヤチヨ皇国由来の艶やかな着物を纏った妙齢の女性だ。彼女の名はサシャ。フィンレに住むヤシャ族の長である。


「ねぇねぇ、かかさま。いいでしょう? 大丈夫。ちゃんとできますから」


 サシャの隣には、彼女によく似たまだ幼い女の子が座っている。女の子は7歳になるサシャの娘で名はサラサ。馬の扱いを教わり始めたばかりのサラサは、どうやら手綱を握りたくてしょうがない様子だ。歳の近いカノンにいいところを見せたいようである。


 娘の可愛らしいおねだりに苦笑するサシャ。


「この辺りは地面が柔らかいし、道も曲がりくねっているからお前ではまだ危ない。今はカノン様も乗っておられるからな。まっすぐな道になったら変わってやろう」

「ぶー、絶対ですよ!」

「約束するからそんな顔をするな」


 頬を膨らませる娘の角をつんと小突く。


 サシャの前頭部には黒曜石のような一対の角が生えている。彼女達ヤシャ族は魔境グンマ―を故郷とする鬼人系の亜人種で、優れた身体能力を持つ戦闘民族だ。フィンレに暮らす亜人種族の中では新参であり、近年魔獣との争いで数を減らし、魔界で暮らすには限界がきていたところ、セフィリアに誘われてフィンレに移ってきた。


 サラサがサシャから手綱さばきを教わる後ろの荷台では、古い羊皮紙の地図を広げ、カノンがワグリンから湿地帯についての説明を受けていた。


「では、湿地帯はおばあさまが作ったのですか?」

「はい。魔獣が生息する山間地を隔てるように、セフィリア様が平地を削ったところ、偶然、雨水や河川から流れ込んだ水が溜まって出来たそうです。200年前のことだとか」


 200年前、希少種族の保護を目的に、フィンレへの亜人種の入植が始まった。神民主義を掲げ、亜人種を弾圧する帝国の領土拡大に伴い、住む場所を奪われた種族へ声をかけ、彼等をフィンレに導いたのは入植を進めたのは、セフィリアを中心としたエルフ達だ。フィンレにおいてエルフはアスラネットワークサービスの協力者という立ち位置にある。


 惑星リデルタの空を巡るフィンレは広大なジオリウムだ。その管理はほぼ成り行き任せであり、河川の反乱や土砂崩れといった災害が発生しても、基本的にスラネットワークサービスは関与しない。それは魔獣による獣害事件が発生したとしても同様で、フィンレに住む人間は自分達の力でそれらに対処しなければならなかった。


 土地だけ提供してあとは知らん顔のヘキサに代わって、開発の手助けを行っていたセフィリアだが……流石に地形まで変えるのはやりすぎである。


「おばあさまが強引なのはその頃からかわっていないのですね」

「まあ……伝え聞くところによると、ヘキサ様は大層お怒りになったそうですな。セフィリア様は子供のようにてへりと笑みを浮かべ、ウインクしながら小さくぺろっと舌を出してその場をすまそうとしたとかで……大喧嘩になったとか」

「おばあさまらしいです。しかし、そんな偶然できたような水たまりがよくこれまで残っていましたね」

「結局ヘキサ様の方が折れて、現在の形に整備したそうです」


 フィンレに住むエルフ以外の種族にとってヘキサは土地神のような扱いだ。実り豊かな安住の地を提供してくれた事に感謝し、敬われてはいるものの、ヘキサが別の宇宙からやってきたエイリアンであることまでは知らない。フィンレが空飛ぶ人工の大地である事さえ知らずに暮らしているのだ。


 因みに、フィンレと地上との行き来は認められていて、世界各地にあるプラットフォーム(広い場所にぽつんと高い場所があったらそこはフィンレの入口だ!)から出入りする。出入りの際には、必ずエルフによって眠らされることになるが、住民達もフィンレへ出入りする方法が漏れないようにする為ということで納得している。


「やはり流れる水の量が増えてますな。流れる水が多ければ上流にある湿地帯に影響があってもおかしくない」


 川の流れの変化に気付いたのはエルフの里よりも下流、海に近い場所に里を持つネレイス族である。


 デビットがオバリー大尉とリオンを連れて、慌ただしく出立した後、ネレイス族の長であるネフィーが、「そういえばぁ、この間の嵐から川の流れが変わったんですよねぇ」と、ひとり料理を頬張りながら呑気に宣ったのだ。ネレイス族のような水棲種族は陸上種族より自由奔放な種族特性を持つ故に仕方がないのだが、その場にいた族長衆とセフィリアから「「「「「それを早く言え!」」」」」と総突っ込みを受けたのは言うまでもない。


 川に流れる水が増え、湿地帯に溜まる水が減っているとしたら由々しき事態だ。


 山間部には人間を喰らうような大型の魔獣も数多く生息している。それらが湿地帯を越えてくることがあればフィンレに暮らす者にとって大きな脅威になる。


「そこで湿地帯を元に戻すにしても、セフィリア様が再び、風の精霊王様の力で強引に地形を変えれば、事態が悪化する可能性や、下手すると付近にある兎系獣人の里が水没することもありえます。その点、水の精霊王(アクエリアス)様の力ならば安全確実ですからな」

「なるほど。それで、おばあさまは私になんとかしてこいって、お命じになったのですね」

「ええ。きっとカノン様にとっても良い経験になると考えられたのでしょう」


 土木工事が得意なドワーフは治水にも詳しい。セフィリアはワグリンにカノンの補佐を頼み、護衛としてサシャを伴わせた。


 セフィリアはカノンが15歳になったら長の座を譲ると宣言している。その時までに多くの経験を積ませようとしているのだろう。


 上流に向かい馬車は進む。ワグリンからの講義もひと段し、退屈したカノンがうとうと船を漕ぎ始める。


 異常が起きたのはそれからしばらくしての事だった。


「馬車を止めろサラサ! カノン様掴まってください。ワグリン!」


 サシャが声を上げ、手綱を握っていたサラサが馬車を止める。


「ふわっ!?」

「おっと!?」


 急停車し、あわや荷台から転がり落ちそうになったカノンをワグリンがその太い腕で抱きとめる。


「こらサシャ! 危ないだろ!」

「静かに! この先に魔獣がいる」

「なんだと?」


 ギャッ、ギャッ。


 確かに聞こえる。それもあまり好きではない声だ。


「この声は……アレか」

「ああ……ゴブリンだ。何処から湧いてきた?」


 ゴブリンは小型の人型魔獣だ。子供くらいの大きさで、強くは無いが知能はそこそこ高く、道具を使う器用さも持つ。普段は大型の魔獣の後をこっそりついて行って、そのおこぼれに預かっているが、弱った相手を見つけると集団で狩りをすることもある。人間を襲う上に繁殖力が高く、すぐに増えるので、とにかく嫌われている魔獣だった。


「カノン様、気を付けてください。他にも潜んでいる奴がいるかもしれません」

「はい」


 G(ゴブリン)は一匹いたら10匹いると思え。この世界の常識だ。


 その繁殖力故に、人里付近で大発生する事も珍しくないが、フィンレでは既に山間部以外での駆除は終わっていて、里には魔獣を見たことのない者も多い。だが、ここにいるのは戦闘民族のヤシャ族と、好奇心が強いドワーフの長である。腕が鈍らないよう、新しい技術に取り残されないようにと、サシャもワグリンも頻繁に人里に降りて研鑽を積んでいた。


「やはり、湿地帯のどこかに通り道が出来たとみて間違いないな」


 護身用にとエルフの里で借りた大槌を担ぎ、馬車を下りるワグリン。カノンを護るように周囲を警戒する。


 こちらは4人でうちふたりは子供。それに馬もいる。ゴブリンにとっては格好の獲物である。太刀を携えたサシャも馬車を下りて警戒するが、遠くで声が聞こえるだけで襲ってくる様子はない。


「やつら何騒いでるんだ?」

「何か別に獲物を狙っているのか?」


 首を傾げるワグリンとサシャ。サシャは馬でも一刀で切り伏せられそうな大ぶりの太刀を手にし、またサラサも丈の短い着物の帯に差した、白鞘の小太刀を握って襲撃に備えている。


「まってください。微かですが子供の声が聞こえませんか?」


 エルフは筋力こそ人と変わらないが、感覚は鋭敏で特に聴力に優れている。だからこそ、その声にカノンはいち早く気が付くことが出来た。


 微かに風に乗って聞こえてくる声に、カノンは耳をすませる。


 たすけて……


 おとうさん……おかあさん……


 グスッ……おねえちゃん……


 こわいよぉ……たすけてよぉ……


 それは泣き疲れて声も枯れ果てた子供の声だ。


「何ですって? 本当ですかカノン様?」

「はい。間違いありません。ほら、あの木の枝の先!」


 カノンが指さしたのは川沿いに斜めに伸びた一本の木だ。その伸びた枝の先に、子供が丸まるようにしがみついている。


「いた! 確かに子供だ。あの耳は兎系獣人だな。いなくなったっていうデビットの娘じゃないか? なんであんな場所に?」

「とにかく、あの子を助けましょう!」

「そうですね。では、私と娘が行くからグワリンはカノン様を頼む。行くぞサラサ」

「はい。かかさま」

「おいサシャ! お前暴れたいだけだろう!? 嬢ちゃんまで!? お、おい!?」


 ワグリンが止める間もなく、サシャはゴブリンへと斬り込んでいく。跳躍し、ゴブリンの中心に着地すると鞘から滑らせるように抜刀。同時に数匹のゴブリンが首や胴を切断される。


 もしエリュシアリアが見たら抜刀術だ! と騒いだかもしれない。


 またサラサも当然のように小太刀を抜くと母親に続く。母親の斬撃の間合いに入らないようにしながら、一匹ずつゴブリンを仕留めていく。


「まったく。鬼人の子育てってのはどうなってんだ?」


 過酷な魔界で長く暮らしてきたヤシャ族では、立って歩けるようになった時から戦う術を身につけさせられる。まさに修羅の道を行く種族。ヤシャ族とはよく言ったものだ。


「まったくとんだ戦闘狂だな。だが、ゴブリンの数が多い。何処から沸いてきたんだ?」


 グワリンのいう通りゴブリンの数は10匹やそこらではなかった。木の陰から、茂みから次々と現れてサシャへと襲いかかる。


「私も行きます! おいで炎の精霊王(サラマンドラ)!」


 カノンは馬車から飛び降りると、ダチョウ程の大きさの炎の精霊王(サラマンドラ)を呼び出してその背中に飛び乗った。


「いけ!」


 炎の精霊王(サラマンドラ)から放たれた火焔はゴブリンを纏めて焼き払った。だが、その威力は明らかにオーバーキルで炎は付近一帯の木々にまで燃え広がる。


 驚いたのは前線で戦っていたサシャだ。


「カノン様!? ゴブリンごときに炎の精霊王(サラマンドラ)様の力は強すぎます! 子供まで巻き添えになりかねません!」

「ひゃあ!? す、すみません!」

「お、おい!? こいつはやべぇぞ!? カノン様! 早く消火を!」

「は、はい! 来て! 水の精霊王(アクエリアス)!」


 グワリンの呼びかけにカノンは水の精霊王(アクエリアス)を呼び出す。透き通った大蛇の姿で現れた水の精霊王(アクエリアス)は、霧雨を起こして火を消すと、ついでとばかりに木の上にいた子供を咥えて救出する。


「よくやりました! 水の精霊王(アクエリアス)!」


 得意げ顔を見せる水の精霊王(アクエリアス)。明らかに炎の精霊王(サラマンドラ)を挑発している。それに対して威嚇するように睨みつける炎の精霊王(サラマンドラ)


「あ、こら! 喧嘩しないの!」


 カノンに叱られて大怪獣バトルまであと一歩の状態だった炎と水の精霊王(アクエリアス)はぷいっとお互い視線を逸らす。


「ワグリン。その子の容体は?」

「あ、ああ。呼吸はしっかりしているし、目立った怪我もない。気を失っているだけですな」

「よかった! ではこのことを兎系獣人の皆さんに早く教えてあげないといけませんね」

「ええ。しかし、ここからだと彼らの里まで距離があります。一度エルフの里に戻って預けた方がいいかもしれません。しかし……」


 エルフの里から湿地帯へ向かう道は複数ある。カノン達は湿地帯の調査のため、川沿いの道を上流に向かう進んでいた。途中兎系獣人の里に立ち寄ることもできなくはないが、かなり大回りを強いられることになる。


「こんな場所にゴブリンが現れたことからも、湿地帯のどこかに魔獣が通れる道が出来たのは確実でしょう。俺としては急いで湿地帯に向かうべきだと考えます」

「私もワグリンに同意見です」


 ゴブリンを殲滅し終えたサシャとサラサが戻ってくる。ふたり共服は血で染まっていたが、それらは全て返り血で、当人達に怪我はなさそうだ。


「そうですね……」


 カノンは気を失っている少女を見る。酷い怪我をしていればとにかく、そうでないならこのまま連れて行っても問題ないだろう。それよりも、魔獣が人里に出てきている事の方が重要だ。一刻も早く川の流れを元に戻し、湿地帯を越えてきた魔獣を片付けなければ人的被害が出かねない。


 実際その頃には既に兎系獣人の里で被害が出ていたのだが、カノン達がそれを知るのは後のことだ。


「なら、私がその子を引き受けるよ」


 その声は予期せぬ第三者。


 突然の事にワグリン驚いて大槌を取り落とし、サラサが目を丸くし、サシャが太刀の柄に手をかけ抜刀しかける。


 それは金色の髪をポニーテールにした、兵衣姿の幼い少女だった。


「シーリアさま!」


 その姿を確認するなり、カノンはその小さな身体に飛び込んだ。全身で喜びを表すカノンの熱烈なハグに少女もまたハグで返す。


「カノン久しぶり。まぁ、5日しか経ってないんだけどね」


 シーリア・ブレイウッド二等兵こと、センチュリオン王国第4王女エリュシアリア・ミュウ・センチュリオン。世界の守護者参上です!

読んで頂きましてありがとうございます。


何処からともなく主人公登場!! 作中では5日となっていますが、2月24日の投降からなんと5ヶ月ぶりの登場です。


え? 主人公はオバリー大尉だと思ってた!? そんなー!?

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