手のひら
最近さぼり気味なので今日は頑張ってもう一話更新。
「デビット」
「スリヴァン様? 何か?」
皆が酒や料理を楽しんでいる中、ひとりのエルフの男がデビットに声をかけた。男の名はスリヴァン。セフィリアの息子でカノンの父親である。
スリヴァンはデビットに持っていた小さく折りたたまれた羊皮紙を手渡す。
「あなたにです。今しがた鷹が運んできました。よほど緊急のようですね」
「ありがとうございます」
デビットはスリヴァンに礼を言って羊皮紙を広げると、そこに書かれた文面を見て顔色を変えた。
「お父さん。どうしたの?」
ラピアが心配そうにデビットに尋ねる。
「ラピナがいなくなったそうだ。それで探してる最中に、里の周辺に魔獣の痕跡が見つかったらしい」
「え? じゃあラピナは……!?」
「まだ、わからない」
「そんな。ラピナ……」
「泣くんじゃない。まだ、そうと決まったわけじゃないんだ」
「うん」
ラピナとはデビットの2番目の娘で5歳になるラピアの妹だ。話の内容から最悪の状況を想像したのか、泣き出してしまったラピナを抱きしめるデビット。その頭を優しく撫でる彼の表情からもやはり不安の色は拭えない。
手紙を送った後で、無事ラピナが見つかった可能性もある。だが、魔獣の痕跡の方は放ってはおけない事態だ。
フィンレにも様々な魔獣が生息している。だが、魔獣の生息地と彼等の暮らす里との間には湿地帯が広がっていて、魔獣はそこを越えられないはずだった。
デビット父娘の様子に、他の里の長達が集まってくる。そこにはセフィリアの姿もあった。
「デビット。里で何かあったのかしら?」
「セフィリア様。実は……」
セフィリアに事情を説明し、至急自分は里に戻ることを告げる。
「まあ、それは心配ね。でも、どうしてその子も連れてこなかったの? カノンとも歳が近いし、きっと良いお友達になれたんじゃないかしら」
昨年カノンが5歳になった際、他の里から子供を呼んで、カノンにも子共同士の付き合いをさせようかとセフィリアは考えていた。だが、その矢先にカノンの母親が殺され、その後間もなくカノンは炎の精霊王の守護を得たために、その力をきちんと制御出来るようになるまで、セフィリアは里に子供を招くのを控えていた。
紆余曲折あったものの、カノンは見事精霊王の力を使いこなせるようになった。そこで、セフィリアは各里の長に子供を連れてくるように通達したのだが、ラピアを始め集まったのは皆10歳以上になる子ばかりで、カノンと歳が近いのは、7歳のヤシャ族娘だけだったのだ。
「申し訳ございません。下の娘はつい先日まで体調を崩していまして、本人はとても行きたがっていたのですが」
「そう。病み上がりでは仕方が無いわね」
兎系獣人族の里からエルフの里までは歩いて1日程の距離だ。他の種族の里も、遠くても3日といったところである。フィンレの治安は良く、盗賊や獣に襲われる心配は無いが、途中に休憩できる宿場町があるわけでもない。幼い子供を連れての旅は慎重になるのは仕方がない。
「ラピナ……もしかして、ボク達の後を追いかけようとしたんじゃ……」
「かもしれんな」
思い出されるのは、連れて行けないと言われてへそを曲げたラピナの顔。多少我儘なところもあるラピナならば、無茶をしでかすことも考えられなくはない。
「おそらく母さんや、里の者も同じことを考えているだろう。大丈夫。きっと見つかるさ。セフィリア様。自分はこれより急ぎ里へ戻ろうと思います」
「わかったわ。デビットも気を付けるのよ」
「はい。それで、しばらくの間、ラピアを預かってもらってもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ」
「ありがとうございます」
「そんな!? いやだよ! ボクも行く!」
自分は連れていってもらえないと聞いて、ラピアが声を上げる。頭から伸びた長い耳が垂れ下がるように下を向き、目に涙を溜めて父親を見る。
「駄目だ。ラピナはお父さんがきっと見つけてくるからお前はここで待っていなさい。いいね」
急ぐ上に夜道を行くことになる。獣人は夜目が効くが、それでも子供のラピアには危険との判断は仕方がないものだった。ラピアも内心では足手まといになることを理解していたのだろう。デビットに窘められて小さく頷く。
「でも……魔獣がいるかもしれないんでしょう? お父さんひとりじゃ危ないよ」
「それなら俺が一緒に行こう」
デビットの動向に名乗りを上げたのはオバリー大尉だ。
「ランド? いいのか?」
「魔獣の痕跡っていうのもひっかかる。俺は一応魔獣討伐の専門家だからな。力になれるかもしれん」
「すまない。助かるよ」
一緒に酒を飲みかわし、オバリー大尉と長達は既に名前で呼び合うくらい馴染んでいた。頼もしい同行者にデビットもほっとした様子をみせる。
実際デビットは魔獣と戦ったことなど無かったし、セフィリアやエルフに助力を願うのも気が引ける。彼にとって本当にありがたい申し出だったのだ。
「すまないな。俺も行ければよかったんだが」
「仕方ないさ。気持ちはありがたく受け取っておくよ」
そうデビットに謝るのは獅子系獣人族のライアンだ。燃えるような金髪が特徴の美丈夫だが、今はデビットの前で筋肉質で恵まれた体躯を猫背にして申し訳なさそうにしている。
デビットとライアンは長同士上手くやっているが、兎系獣人族や羊系獣人族の中には獅子系などの肉食系獣人を酷く恐れる者もいる。その為、フィンレに住む獅子系獣人族は彼等の里には近づかないという暗黙のルールが存在しているのだ。
「ランド。今日会ったばかりなのに悪いが、デビットを頼む」
「いいさ、任せろ。そうだな。グランスは一緒に来い。姫様がいつ戻るかわからんからバネットとシュガリーはここで留守番だ」
「「「了解」」」
オバリー大尉に同行を命じられたリオンに、驚いたのはラピアだ。
「キミ、大丈夫なの? 魔獣が出るかもしれないんだよ?」
「うーん。絶対大丈夫とは言えないけれど、魔獣とはこれまでにも戦ったことはあるからね。他国とはいえ、困ってる人を放っておくことは出来ないよ。これでも僕は兵士だから」
リオンは自分とひとつしか変わらない歳で、体格だってそんなに変わらない少年だ。それなのに、大人に交じって立派に戦力として期待されている。
ラピナはボクの妹なのに、ボクだって探しに行きたいのに……
自分と彼、何故こんなにも違うんだろう?
「あの……やっぱりボクも……」
「駄目」
一緒に行きたい。そう言おうとしたラピアだがその肩を掴まれた。ファーファだ。
「でも! ラピナもお父さんも心配で……っ!?」
「駄目」
掴まれた手を振り払おうとしたが、その手はピクリとも動かなかった。
(凄い。これがセンチュリオンの兵士の力……こんなのずるい!)
相撲をとった時、ラピアは彼等に勝利した。でも、あの時デビットに言われた通り、本当は全然敵わないくらいの力を持っている。
強い視線と力に、ラピアは抵抗を諦める。確かにこんな力を持っていたら大人達にもついて行けるだろう。だからラピナはリオンの事をずるいと思った。
どうして!? 同じ子供なのに!!
悔しくてついに堪えていた涙が零れて頬を伝う。
「オバリー大尉とリオンなら大丈夫。魔獣がいてもやっつけるし、ラピアちゃんの妹さんだって見つけてくれる。だから任せて」
そう言ってレノアがラピアの手を優しく握る。
「あ……」
「どうかした?」
「ううん。なんでもない」
レノアの形よく伸びた指は、女の子らしくとても綺麗だ。しかし、手のひらの方は皮が厚く、ざらざらとした感触があった。
ラピアは似たような手を知っている。それは大人の手の感触だ。
お父さんやお母さん。大人の人の手は皆こんな風に皮が固くなっていた。
ラピアは昔、肌に触れるデビットの手の感触が痛くて嫌がった事がある。その時、母親から、その手は毎日一生懸命働いてきた証なのだと叱られた事を思い出した。
そっか。
僕は兵士だから。
リオンの言葉がラピアの胸にストンと落ちた。
彼らは力があるからもあるだろうけど、それだけで認められているわけではなかったのだ。
同じ子供でも、彼等は一生懸命危険な魔物と戦うために鍛錬している戦士だから認められているのだ。
途端にすべすべで柔らかい手をした自分が恥ずかしくなったラピナは、隠すように自分の手を握りしめる。そして、オバリー大尉とリオンに向けて、深く頭を下げた。
「皆さん。お父さんを……ラピナをよろしくお願いします」
読んで頂きましてありがとうございます(_ _).oO




