ソイ・ソース
チート食材「醤油」登場! 異世界グルメで主人公大活躍……しませーん!
その日、エルフの里の広場では、カノンが二柱の精霊王の守護を受けたことを祝う宴が行われていた。
エルフの里は100人程が暮らす小さな村だ。大人数が入れるような大きな建物は存在しない為、宴は野外で行われる。
陽が傾き始める頃、広場には篝火が焚かれ、卓上に料理が並べられる。見たことのない料理ばかりで、センチュリオン組は料理に興味津々だ。
セフィリアの音頭の元、グラスを掲げた後、各々一斉に料理に手を伸ばし舌鼓を打つ。
主役として一番上座に座らせれられたカノンも、大口を開けて肉にかぶりついている。ヘキサにエリュシアリアを連れて行かれてしまったことで、ずっと臍を曲げていたのだが、大好物の肉を前にして機嫌を直したようだ。
「美味いなこれは! こんなソースは初めてだ!」
オバリー大尉が絶賛する子牛のステーキは肉質、焼き加減共に見事だが、かけられたソースが素晴らしかった。
黒く、サラサラとした粘りの無いそのソースは、食欲をそそらせる芳醇な香りを放ち、口にすれば豊かな風味のある塩辛さが肉の味を引き立てる。
もしも、この場にエリュシアリアがいれば、「醤油だー!」と叫んだことだろう。
「ありがとうございます。こちらのソースは、ソイソースと申しまして、ヤチヨ皇国で食されていたものを、師が長い年月をかけて再現し、改良を重ねたソースでございます。肉だけでなく魚にもよく合うので是非お試しくださいませ」
そう言ってソースの入った小瓶を渡すのは、三十路に入りたてくらいの年頃の、おっとりとした風貌をした羊系獣人の女性だった。
彼女の名はケイト。羊系獣人の料理人で、料理を学ぶためにエルフの里で暮らす者のひとりだ。エルフはその長寿さ故に、各分野で高い技術と知識を身に着けている。エルフの里に暮らす者の半数くらいは、エルフから技術を学ぶ他種族の弟子達だ。ケイトの師は、美食を求めて世界中を渡り歩いたエルフである。
「ヤチヨ皇国か。そういえば昔、連中が作ったライスボールを食べたことがあるけど、あれも美味かったな」
「まあ! ヤチヨ皇国をご存じなのですか?」
「ああ。ヤチヨ皇国とセンチュリオンは結構昔から付き合いがあるんだ。あの国も剣術が盛んで、センチュリオンにも道場を開いてる。ライスボールといい、このソイソースといい、こんな美味いんだから、ヤチヨ料理も広めればいいのにな」
遥か極東の島国であるヤチヨ皇国は海上貿易が盛んな国だ。センチュリオン王国とはかなり距離があるが、妙にウマが合ったことから細々とだが交易が行われている。
「ヤチヨ皇国の文化は食を始め独特でございますから、そのまま持ち込んでも大陸では受け入れられないと判断したのかもしれません。師も大陸の人々の舌に馴染むようにと、このソイソースの開発と改良には苦労したそうでございます」
フィンレにある兎系獣人の里では農業。羊系獣人の里では放牧が盛んに行われており、食材も豊富だ。肉や野菜だけでなく、近くの川や湖からは魚も獲れる。だが、ヤチヨ皇国にある食材と同じものが手に入るわけではない。
ケイトの師は、材料について栽培できるものは栽培し、難しいものは代替えの材料を使用するなどしながらヤチヨ皇国の料理を再現した。また、大陸の食文化は小麦と肉が主流だが、ヤチヨ皇国は米と魚が主流の食文化だ。その対極とも言える食文化のすり合わせの為に、味付けや食べ方などの研究にまた長い年月を費やしたという。
その集大成が、今彼等に振る舞われている料理なのだ。
彼女の言う通り、黒いソイソースは魚にかけても美味かった。
オバリー大尉だけでなく、リオン、レノア、ファーファも料理に満足しているようだ。
「この茶色いスープは塩っけが程よくて、とても温まりますね。なんだかほっとします」
「この白くて柔らかい塊なんだろう? 優しい味でスープによく合う」
「ねばねばのお豆……おいしぃ」
エリュシアリアがいれば、これまた「味噌だー!」「豆腐だー!」「納豆だー!」と騒いだはずだ。実際それは前世の彼女が慣れ親しんだ和食そのものだったのだから。もっとも桜井あんずは納豆だけは少し苦手だったのだが。
貧乏田舎令嬢であるレノアとファーファは、将来財産になりそうなこれらの料理のレシピについて、早速ケイトに質問を始めた。
「気に入ってくれたみたいで何よりだわ」
彼等の様子にセフィリアも笑みを浮かべる。センチュリオンから来たオバリー大尉達がナイフとフォーク、それに匙を使っているのに対して、彼女の手には漆塗りの美しい箸が握られている。セフィリアは手慣れた様子で箸を扱い、皿に乗った白身魚はたちまち綺麗に骨だけになっていく。
「お下げいたします」
セフィリアが食べきったのを見計らって、ケイトが空になった皿を片付ける。
「ありがとうケイト。美味しかったわ」
「恐縮でございます。それでは、いつものをご用意いたしますか?」
「お願いするわ」
「畏まりました」
ケイトがセフィリアに用意したのは、白飯の上に米ぬかで漬けた胡瓜を乗せ、上から緑茶を注いだお茶漬けだった。
「はぅ……」
お茶漬けを流し込んだセフィリアの口から、幸せそうな息が漏れた。
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