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ヘキサベース

そろそろロボットにまともな名前を付けたいところ。

 フィンレ。そこは、八角形のお皿の上に再現された世界のミニチュアのようなところだった。まるで地球が球体であることを知られていなかった時代に書かれた、世界の図式のようである。水は流れ落ちていないけれど。


 中心には地上と行き来する為のゲートが開いており、その上には、逆六角錐型にカットされた宝石のような形状の建造物が浮かんでいる。アスラネットワークサービスリデルタ支局庁舎。通称ヘキサベースだ。


 無事フィンレに到着した私は、その場でヘキサ様によってヘキサベースへと連れていかれた。


 宇宙人の住居の中と言っても、ヘキサ様達の感性は私達とあまり変わらないようだ。重力チューブで連れてこられた先は地球のお洒落なオフィスを思わせる落ち着いた部屋だった。


 重力チューブというのは力場で作ったホースの中を人や物を移動させる装置だ。歩く速さから亜光速まで速度を調節できて、惑星内など短距離なら転送より早く、安全で効率が良いらしい。何より、転送された人間は本人か否かという面倒くさい問題が起こらないのが良いのだとか。SFXー0に乗り込んだ時にも使われていて、私は初搭乗の時に一度経験済みだ。


 木から削り出して作られたソファーに腰を下ろす。テーブルも木と大理石と組み合わせ、ソファーに合わせたデザインで、どちらもエルフの匠による一品だそうだ。座り心地もデザインも素晴らしいの一言。王宮でお父様が使ってるのより遥かに上等だ。


「守護者様の故郷のお茶を再現してみました」


 そう言って勧められたお茶を口にする。甘くて飲みやすい冷たいミルクティーだ。


 私はこの味を知っている。日本でなら何処でも買えて、好きでよく飲んでいた。


 懐かしい味に、目頭が熱くなった。


 やっぱり、ヘキサ様は私が転生者だって知っているんだ。


 いや、恐らく私を転生させたのはアスラネットワークサービスなのだろう。


 彼等は何らかの事情で、地球人である私を守護者としてこの世界に転生させた。


 しかし、どうして?


「ヘキサ様は、私について何処までご存じなのですか?」


 恐らく全て知っているだろう。桜井あんずの記憶にあるものは全て。


 そうでなければここで、紅茶○伝が出てくるはずがない。


「申し訳ございません。その問については“未来”に関する事なので今は話すことが出来ないのです」


 なるほど。ゲーム『剣の国のエリュシアリア』の舞台は今からあと10年先。


 ゲームや私の転生にアスラネットワークサービスが関わっているならば、この世界でこれから起こる事柄を、ヘキサ様は把握しているはずである。それを話せないというのも仕方がない。


「時がくれば必ずお話いたします。守護者様はこの世界で自由に生きてくださってかまいません」

「それによってアスラネットワークサービスが知ってる未来が変わったとしても?」

「はい。もう既にセンチュリオン王国やあなた様に関わった人間の運命が大きく変化しています。例えば、あなたと一緒にいた子供達ですが……」

「レノア達ですか?」


 ヘキサ様は静かに頷く。


「はい。もしも、守護者様がこの時期あの地にいなかったら、あの子達は魔獣との戦いで死亡しています」

「そんな!?」


 ヘキサ様の指がテーブルをとんと叩くと、そこに以前デデスピオンの群れに遭遇した際の映像が映し出される。確かにあの時は、プロミネンス砲がなければかなり危険な状況だった。


 ゲームの世界ではレノアも、ファーファも、リオン君もあの戦いで死んでいた。他にも共に訓練した多くの仲間が死んでいた。私は知らないうちにそれらの命を救っていたのだ。


 今にして思えばあの時の訓練中隊は新人の中でも練度が高く、全員加護を受けた人員で構成されていた。教官にしてもベテランばかりで、指揮官はオバリー大尉。彼はああ見えて警備隊随一の剣の使い手なのだが、新人の面倒をみるような人ではない。


 通常の訓練中隊より優遇された編成は全て、私を護る為のものだった。私が南部に来たことで、既に多くの人間の運命が変化している。私はそれを理解した。


「逆に道中襲ってきた帝国兵は命を落とすことになりましたが」


 知らんよそんなの。


 この世界が外敵からの侵略を受ければ、私は守護者として帝国の民でも公平に護る。でも、エリュシアリアとしては国内に侵入している害虫を処理することを躊躇うつもりはない。


 だって私人間だもん。


「カノンにしてもそうです。あなた様に出会ったことであの子は二柱の精霊王の守護を受けました。その意思ひとつで、国が、世界が大きく変わって行くことになるでしょう。楽しみですね」


 楽しみですねって。そんな呑気な。


 実際ヘキサ様の言う通りで、この世界においてカノンの影響力は計り知れない。セフィリア様に嫌われた精霊信仰の国々や帝国において、風の精霊が人に力を貸さなくなったように、カノンに嫌われれば今度は炎と水の精霊が人々を見限る。


 私とカノンの友情が続く限り、私の敵はカノンの敵だ。精霊無しでもやっていける帝国はとにかく、精霊信仰の国々は将来大きな選択に迫られるだろう。


 信仰をとるか帝国をとるか。


 恫喝だね。これは。


「守護者さまは、楽しみではないのですか?」


 スケールが大きくて顔が引きつっていた私だけど確かにヘキサ様のいう通りだ。


 あ、そっか。


 私はヘキサ様達を、ルールに縛られたお堅い種族だと思っていた。


 なんでも出来る。なんでも叶えられるからこそ、己を律するために、ルールで縛っているのだと思っていた。でも違うのだ。


 なんでも叶えられる世界に生きていたら、目的が持てない。夢が持てない。疑問を持つこともなく、喜びも悲しみもない。ただ平坦で退屈な時間を無限に生きるだけになってしまう。だからわざとルールを作って不自由と限界を作り出しているのだ。


 悲しみや喜びといった感情を忘れない為に。


 人間であることを忘れない為に。


 何ともロマンチックで贅沢な話だ。そこのところ、寿命や物質文明に縛られて生きてきた私にはちょっと理解しがたいかもしれない。

読んで頂きましてありがとうございます。

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