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接近遭遇

「レノア? ファーファ?」


 その日、目が覚めた私は、いつもと違うことに不信感を覚えた。


 いつも私より早起きなふたりがまだ眠っていたからだ。


 おかしい。外はすっかり明るくなっている。普段なら早朝の訓練を終えて、朝食を用意している時間だ。


 オバリー大尉とリオン君は? まだ寝てるのだろうか?


 護衛の部隊と別れて精霊の森に入ってからというもの、私達は夜間に不寝番を立てていない。夜は皆揃って就寝している。


 もちろん、最初は交代で不寝番を行うつもりだった。いくら安全な森とはいえ、私達は休暇で遊びに来ているわけではない。私だって兵士として給料もらっている以上、特別扱いされたいとは思わない。不寝番だろうが糧食係だろうが、与えられた役割を果たすつもりだ。


 ところが、私も含めた軍人メンバーで不寝番のローテーションを組んでいたところ、セフィリア様に子供にそんなことはさせられないと言って止められたのである。


 精霊の森はセフィリア様の庭のようなもの。森での安全は自分が責任を持つと言って、セフィリア様は自ら精霊魔法での警戒を申し出て、オバリー大尉はそれを受け入れた。やはり、少ない人数で不寝番を回すのは厳しいと考えたようだ。


 夜間の警戒をセフィリア様にまかせたおかげで、夜ぐっすり眠れるようになった私達は、その分、早朝からの訓練に集中出来るようになった。そして自由時間には全力で遊ぶ。


 よく寝て、よく食べ、よく運動する。子供が健やかに成長するにはやっぱりこの3つが大事なんだよ。オバリー大尉もセフィリア様もそれがわかっている。


「カノン……はいないか」


 セフィリア様は馬車の方で寝起きしているが、カノンは女子用のテントで私達と一緒に寝起きしている。昨夜も女の子4人で団子になって床についた。


 カノンとセフィリア様のエルフ組は私達よりも早起きで、朝は暗いうちから起き出して修行をしている。彼女達の行う修行とは精霊に好かれるために己を磨くことをいう。水垢離をしたり瞑想をしたり、身体を鍛えるための武術や、狩りも修行の一環らしい。軍人組が訓練を始めると、体力お化けのカノンは私に付き合い、セフィリア様はそれを眺めていたり、二度寝したりしている。


 小一時間ほどの訓練が終われば、皆で協力して朝食の支度だ。


 お腹すいた。


 普段なら朝食を食べてる時間だ。空腹を抱えた私は、人を抱き枕にしているレノアの腕から抜け出してテントを出る。


 そして、見た。


 太陽と真逆の方角から、空を覆い尽くすくらい巨大な飛行体がこちらにむかって来るではないか!?


「オバリー大尉!? リオン君!?」


 男子用のテントを除くと、やはりふたりもまだ眠ったままだった。


「どうして……」


 明らかな異常事態だ。どうやら私以外の4人は何らかの手段で眠らされている。そんなことができるのは……


「あらあら。やっぱりシーリアちゃんには精霊魔法が効かないみたいね」

「セフィリア様!? カノン!?」


 背後からの声に振り向くと、そこにはセフィリア様とカノンが立っていた。どうやら皆を眠らせたのは彼女達らしい。


「おはようございます。シーリアさま」

「あ、うん。おはようカノン。セフィリア様……って、そうじゃなくてですね!! これはどういうことですか? それにあれは一体!?」


 現れた巨大UFO。仲間と思っていた人物が本性を現す。これってあれだよね? なんとかファイル的なやつ。


 まさか、カノンもセフィリア様も実はエイリアンの手先だったとか!?


 私が寝てる間にキャトルミューティレーションするつもりだった?


 パニックになった頭で空にある巨大飛行物体を指差すと、セフィリア様もカノンも驚いた顔をした。


「まあ!? 私達も精霊を通して感じることができるくらいなのだけど、シーリアちゃんには見えているのね」

「うわぁ、シーリアさまはフィンレを見ることができるのですね! すごいです!」

「あれが……フィンレ?」


 ああ、忘れてたよ。そういえばふたりは私をフィンレまで連れてくることを命じられた、エイリアン(ヘキサ様)の手先だったっけ。


 巨大な物体はどんどん近づいて私の頭上にまで到達する。


 それはまるで空いっぱいに広がった蜘蛛の巣のようだ。とにかく大きい。形状は多角形で、幾つもの浮島が規則正しく結合している。中心は空いており、そこから青い空が見える。


 やがて中心部分が霊峰ヘイロゥに達すると今度はゆっくりと降下を開始する。まるで山頂に雲がかかるかのような位置で停止する。


 精霊の森のどこかにあるとされていた森都フィンレは実は空にあった。


 そりゃ見つからんわけだと納得した私。しかも、他の人達には見えていないという。確かにあれだけ巨大なものが飛んでいれば、これまで発見されないなんてありえない。そういえば、完全に太陽を遮っているにも関わらず、森には全く影を落としていない。たぶん、光学迷彩のようなものがかけられているのだろう。だがそれも、私にだけは無効化されているらしい。アスラネットワークサービス。驚異の技術力である。


「順を追って説明するわね。今、シーリアちゃんが見ているそれが森都フィンレよ。見ての通り、フィンレは本当は空を飛んでいるの。それを気づかせない為に、皆には眠ってもらったわ。実を言うと、シーリアちゃんにも眠っていてもらうつもりだったけど、やっぱり、精霊魔法がかからなかったみたいね」


 なるほど。不寝番をさせなかったのはそのためか。


 起きてるときに眠らせようとすると抵抗される恐れがある。セフィリア様はそれを避けるために、夜は一同が揃って眠るように仕向けたのだ。


 もちろん、子供に夜ふかしをさせたくないってのもあっただろうけど。


「私に魔法がかからなかったのは何故でしょう? セフィリア様には心当たりがあるのですか?」


 エルフと違い、精霊の守護を受けることが出来ない人は、これまで魔法陣や呪文、杖などの媒体などを開発して、独自に精霊魔法を発展させてきた。その為、精霊の研究においては既にエルフを上回ってさえいる。しかし、それでも精霊魔法で戦えば、人はエルフに絶対に勝つことができないとされている。それは精霊が人よりもエルフの方が好きだから。人が精霊魔法でエルフを傷つけようとしても、精霊はエルフを攻撃することを拒んでしまうのだ。


 精霊魔法の強さは精霊との親愛度で決まる。そして、この世界で精霊に最も愛されているのがエルフであり、その頂点に立つのがハイエルフである。これまでハイエルフ以外に、精霊王の守護を受けた者が確認されていないことからもそれは明らかだ。しかし、最強の精霊魔法の使い手であるセフィリア様の魔法が私に通じなかったとなると、これまでの定説がひっくり返る。精霊がハイエルフであるセフィリア様の意思よりも、私を優先してしまったのだから。


「シーリアちゃん。あなた今精霊に避けられているのよ」

「精霊に避けられる?」


 思わず目が点になる。私、精霊に嫌われるようなことしましたっけ?


「これまで、精霊魔法は普通に使えましたけど?」


 元々私は魔法使いを名乗れるほどの精霊魔法は使えない。だけど、生活に使うような普通の精霊魔法。例えば火起こしなんかは、このキャンプの間にも何度か行っている。


 昔フィンレを攻撃しようとした帝国や精霊信仰の国々は、風の精霊王に嫌われて風の精霊魔法が使えなくなった。だからといって風の魔法が効かなくなったりはしない。帝国兵はその後もセフィリア様の魔法でばかすか吹っ飛ばされている。私が精霊に避けられているというのはそれとはまた違うのだろうか?


「避けるというより恐れられていると言った方が正しいわね。だから無視はしないわ。それに害するようなこともしない。私が呼んだ眠りの精霊も、あなたを恐れて逃げ出してしまったようね」

「私を、恐れている?」


 カノンの方を見ると、そんなこと無いと首を振る。


「私もシーリアちゃんのことは好きよ。でも、シーリアちゃんは炎の精霊王(サラマンドラ)を倒しているじゃない。だから、精霊達はあなたが怖くて仕方がないのよ。ねえ? そうでしょう? 風の精霊王(ウィンダム)


 セフィリア様の傍らに現れたのは、鮮やかなエメラルドグリーンの羽毛を持った竜、風の精霊王(ウィンダム)だ。風の精霊王(ウィンダム)はこの星の大気を司る者として相応しい威厳ある視線で私を見下ろす。


「無理しなくていいのよ。私には全部筒抜けなんだから」


 セフィリア様は小さく笑って、まるで弟を嗜めるかのような口調で言って、風の精霊王(ウィンダム)の翼をなでる。


 召喚者と召喚された精霊とは精神的に繋がっているらしい。だから、セフィリア様には風の精霊王(ウィンダム)が緊張を隠してやせ我慢しているのがわかるそうだ。しかし、風の精霊王(ウィンダム)にもプライドがあるのだろう。勝手にバラすなと言うように、セフィリア様に抗議の視線を送る。そんな様子が可愛くて、つい私も綺麗な羽毛に触れようとするが、手を伸ばした途端、風の精霊王(ウィンダム)は驚いたように、その場を後ずさった。


 え? まじで避けられてる?


「ほらね。精霊王でさえこれだもの。他の精霊は推して知るべしよ」


 精霊王が私のことを恐れている? この世界で神とも呼べるような存在が? だが、その様子から精霊に避けられてるってのは本当らしい。前世の頃からファンタジー世界が好きだった私としてはショックだった。


 確かに炎の精霊王(サラマンドラ)とは戦ったけど、それはSFXー0の力があってのことだ。生身の私はここにいる誰よりも弱い。


 風の精霊王(ウィンダム)を見上げると、ぷいっと目をそらされてしまう。


 いや、相手は精霊王。本来気安く接して良い相手ではない。私は風の精霊王(ウィンダム)の前で片膝をついて頭を垂れる。


「偉大なる風の王よ。気安く御身に触れようとしたご無礼、深く謝罪いたします。どうか、お心をお鎮めください」


 こうして丁寧に謝罪すると、風の精霊王(ウィンダム)も気を落ち着けたようだ。まあいいだろうとでも言うように、翼を撫でることを許してくれた。


 美しい羽毛は見た目より固く、あまりなで心地は良くなかった。口にはしないけどね。


「あんまり撫で心地は良くないでしょう?」


 あっさりと私の心の中をばらしてしまうセフィリア様。私が苦笑すると風の精霊王(ウィンダム)はいじけたようにお尻を向けてしまった。


 なんか可愛い。


「偉大な存在と聞いていましたが、思った以上に親しみやすいんですね」

「ええ、精霊が地上の生物を真似てその姿を形作ったとき、同時に心を持つようになったわ。それは精霊王も同じこと。生まれた時から敵なしだったせいかしら? 実は精神的には結構幼いのよ」

「精霊王が幼い?」

「ええ、精霊はまるで子供みたいよ。精霊王はガキ大将ね。だからとっても可愛いのよ」


 そう言ってセフィリア様は風の精霊王(ウィンダム)を撫でる。


「ほら、シーリアさま!」


 また、何処からか捕まえてきたのだろうか?


 いつの間にかカノンが何やら赤い鶏のような変な生物を抱いていた。燃えるような赤い毛並みは中々のもふもふ具合に見えるが、顔はどこか小憎らしくて、何やらこっちを睨んでいる。


「なに? この子? 今日の朝ごはん?」


 言葉を理解しているのか、変な生物の顔色が変わった。目を見開いて恐怖に慄くような表情を見せる。


「これ、炎の精霊王(サラマンドラ)です」

「へ?」


 なんだって? この赤いもふもふが炎の精霊王(サラマンドラ)


 偉大なる炎の王よ。どうしてそうなった?


 カノンの腕の中で固まっていた炎の精霊王(サラマンドラ)は、私が触れようとすると、一目散に逃げ出して消えてしまった。


 精霊王としての矜持をまったく感じさせない、清々しいまでの逃走だった。


 私はいったいどれほどのトラウマを与えてしまったのだろう?


「まったく、神殿の連中には見せられない姿だわ」

「はひ」


 確かに、精霊王が逃げ出す存在なんて人類の敵認定されること確実ですわ。お国の評判をこれ以上悪くしないためにも、今後関わらない方がいいだろう。


「さて、そろそろ行こうかしら。ヘキサ様も待っていらっしゃるわ」


 セフィリア様は空を見上げる。


 フィンレは一ヶ月で世界をひとまわりしているらしい。精霊の森に留まっているのも一日だけで、翌日の朝にはまた何処かへ飛び去ってしまう。セフィリア様が王都からの返事を待てなかったのは、この日を逃すと帰還が一ヶ月後になってしまうという事情があったのだ。


 普通はヘイロゥの山頂から行き来するらしいのだが、セフィリア様には風の精霊王(ウィンダム)がついている。セフィリア様専用馬車の屋根にあった取っ手のような柱は、ようなではなく、風の精霊王(ウィンダム)が後ろ足で掴むための取っ手だったのだ。


 私達は協力してテントを片付けて、荷物と眠ったままの4人を馬車に乗せる。椅子に座らせ、揺れた時落ちないように縄でしっかり縛り付けた。


 風の精霊王(ウィンダム)は馬車を後ろ足で掴むと、空へと舞い上がる。気流を自在に操作できる風の精霊王(ウィンダム)は羽ばたくことなく、離陸は静かなものだった。


 しかし。


 がたがたぶるぶる。


 飛行中、私はずっとカノンにしがみついていた。


「大丈夫ですかシーリアさま?」

「う、うん。もちろんダヨ」


 がたがたぶるぶる。


 高所恐怖症というわけじゃないけど、怖くないはずがない。頑丈に作られている馬車だけど、そこはやはり木製。そこかしこがみしみし音を立てているし、揺れる。


 正直、眠っている連中が羨ましい。


「大丈夫よ。何度もこうして行き来しているけれど、飛んでる最中に馬車が壊れたことなんて、これまでほんの数回あったくらいよ。それにもし壊れても、ちゃんと風の精霊王(ウィンダム)が助けてくれるわ」


 あったんかい!? しかし、それって、私も助けて貰えるんでしょうかね? 精霊に恐れてるというこの私を……


「でも、今日はやけに揺れるわね。風よけの結界が弱まっているわ。シーリアちゃんを乗せているからかしら?」


 この揺れ、私のせいですか?


 気密性の低い木製の馬車で、3000メートル以上の高度を飛行していて平気なのは、気圧や気温が地上と同じになるようにセフィリア様が結界を張って調節しているからだ。


「あらいけない! 結界が持たないわ! 風の精霊王(ウィンダム)! 急いで!」 


 速度を上げて急上昇する風の精霊王(ウィンダム)。馬車はフィンレの中心から上空へと抜ける。


 急上昇に馬車はみしみし音を立てて更に揺れる。


「ぴぎゃぁぁぁぁぁあああああ!!」


 悲鳴を上げる私を乗せて、馬車はなんとかフィンレにたどり着いたのである。

読んで頂きましてありがとうございます。

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