強襲奪還
ヒロイン視点に戻ります。
ほんの少しばかり痛々しい表現があります。
交戦中、私、レノア、ファーファはセフィリア様の張る霧の結界の中で戦闘の行く末を見守っていた。
「大勢は決したわね。平和が続いて訛ってるようだったら喝をいれてやろうようと思ったけど、その必要は無さそうだわ」
「恐れ入ります」
オバリー大尉を始め、兵士達の動きは流石だった。敵は既に散り散りになって逃げだそうとしているが、兵士達はそれらを次々と切り捨てていく。
一兵でも逃がせば帝国は再び襲ってくるだろう。残酷かもしれないが、私達の安全の為にも帝国兵の口は全て封じるしかないのである。
「敵だ! 敵兵が侵入しているぞ!」
馬車の方からリオン君の声が聞こえて、私達の中に緊張が走る。
「今のリオンの声?」
「馬車が襲われているの?」
レノアとファーファはすぐにでもリオンの元へ向かいたかっただろう。しかし、彼女達はセフィリア様とカノン。それに私の護衛を命じられていた。
実際のところ護衛というのは建前だ。彼女達はセフィリア様に護られるためにここにいる。その事をふたり共よく理解していた。
彼女達は兵士でありながら皆と共に戦えないことを悔しく思っている。それは私も同じ気持ちだ。
「行って!」
私はふたりにリオンの元へ向かうように促す。
もし何もせずここにいてリオンに何かあれば、レノアもファーファも一生自分を許さないだろう。ふたり共とても良い子で、真面目だから。
この子達にそんな後悔はさせたくない。
「いいから行きなさい! オバリー大尉には一緒に怒られてあげるから!」
軍での階級は同じだけど彼女達は私が王女だと知っている。私が命令口調で促すとふたりは一礼して声のした方へ走っていった。
間に合うといいけど……
最初に声が聞こえてから、その後彼の声が聞こえてこない。
残された私は結界の中でリオンの無事を祈る。リオン、レノア、ファーファは大人顔負けなくらい腕が立つ。帝国兵相手にもそうそう後れを取ることはないはずだ。
だけど、事態は悪い方へと向かっていた。
リオン君を人質にとった帝国兵がセフィリア様を出すように要求する声が聞こえてくる。
「私は出て行っても構わないのだけれど……」
「いけません。セフィリア様が出れば用済みになったグランス二等兵は殺されてしまいます」
「そうね。伏兵がまだいないとも限らないわ」
「はい」
人質をとったところで私達がセフィリア様を引き渡すはずがないことくらい、帝国兵も分かっているはずだ。恐らく彼等の目的はセフィリア様を炙り出すこと。のこのこ出ていけば控えている伏兵によってセフィリア様が狙われかねない。
本体を囮にセフィリア様周辺を手薄にし、その隙に人質をとって結界内に隠れたセフィリア様をおびき出すという作戦だろう。
彼等は決死隊だ。命を投げうってでもセフィリア様を討つ。その覚悟がなければこんな作戦は実行できない。
帝国軍恐るべし!
私は戦慄し、やはり帝国はエリュシアリア最大の敵なのだと背筋が震えた。
まあ実際は違ったんだけど、その時の私達は、エルフを求めるウェアウルフの執念など知る由もなかったわけで……
それにあの声、最初に襲ってきたケモ耳のおっさんじゃないか?
ウェアウルフがまだ残っているならば、なおさらセフィリア様に動いてもらうわけにはいかない。風に乗った残り香から、こちらの位置が察知されかねない。
本体はまだ戦闘が続いている。敵は数が多い。オバリー大尉もすぐには戻ってこれないだろう。
馬車には他にも数人の護衛がついていたが、リオン君が人質をとられて手を出せないでいるようだ。
そんな中、レノアとファーファがリオン君に変わって自分達が人質になろうとしている。敵にとっては人質にするなら女の子の方が良いと思ったのかもしれない。
相手の要求に従い彼女達は武器を捨てて服を脱ぐ。
裸にするのは武器を隠していないか確認するためと、羞恥心が聖炎の弱点だと知っているからだろう。流石長年戦って来ただけのことはある。
これもまあ、兵士がリオン君に嫉妬した変態だっただけなのだが、それもまた知る由もなかったわけで……
「セフィリア様。私、いってきます!」
「シーリアちゃんがいってどうするの? もしもあなたに何かあったら、ここにいる兵士達は何の為に戦っているのかしら?」
「皆が出来ることをやってくれています。そして、今人質を救えるのは敵の意識外にある私だけです。私もやれることをやります」
現状敵を奇襲できるのは私だけ。レノアとファーファがその身をなげうってチャンスを作ってくれているのだ。ここで動かずしてどうする。
止められるかと思ったが、セフィリア様は私の言葉に微笑んで頷いた。
「いいわ。後詰は私が引き受けるから思う存分やっていらっしゃい」
「ありがとうございます!」
私が結界の外に出ることで敵の伏兵が動きを見せれば、セフィリア様はそれを狙い撃ちにできる。
最悪なのは私が捕まることだけど、捕まえられるもんならやってみろ。
私は『バーニングマッスル』を全開にして地を蹴り駆けだす。
全力の私は馬より早く、猫よりしなやかに走ることが出来る。
スタミナが無いからあまり長くはもたないけれど、瞬間的なダッシュ力と、小回りの利く小さな身体で、警備隊最強の鬼ごっこの鬼と呼ばれているくらいなのだ。
敵の視界に入らないように、馬車を迂回し、身を低くして私は走る。
幸い敵の伏兵は動かなかった。実際はいなかったわけだけど、実際馬車まで接近を許し、リオン君を人質に取られるという失態を冒している以上、必要以上に敵を警戒するのは仕方がない事だった。
「ふふふ。子供達が必死に頑張る姿って素晴らしいわ。そう思わないカノン」
私を見送った後、セフィリア様は腕に抱く孫娘に囁いた。眠っていたカノンの目がうっすらと開かれる。
「……シーリアさま?」
✤✤✤
「えりゅたん稲妻きぃぃぃぃぃっく!!!!!」
「ぎゃわん!?」
丁度鼻の下を伸ばした顔があったので飛び蹴りを食らわせる。
不意打ちを受けてひっくり返ったウェアウルフのおっさん。私はその隙に気絶しているリオン君をウェアウルフのおっさんから取り上げると、味方の兵士がいる方向に向かって放り投げた。
慌ててそれを受け止める兵士達。
リオン君が救出されたのを確認すると、レノアとファーファはコルセスカを拾い、馬車を奪おうとしていたもうひとりの帝国兵に襲い掛かった。
ファーファがコルセスカに付いた幅の広いピックを男の胴体にひっかけて、強引に御者台から引きずり下ろし、レノアがその胸を踏みつけ喉元に鋭い穂先を向ける。
「お、おいやめろ!? 俺は帝国軍の仕官だ!! 投降する!! 投降するからやめてくれ!!」
命乞いする敵兵の喉を躊躇無く刺し貫くレノア。戦闘終了後に投降の意を示した者を殺すのは軍規に違反するが、まだ戦闘は継続中だ。
レノアは仲間が戦っている中、自分だけ助かろうとした敵兵を蔑むように見つめ、コルセスカを引き抜き血糊を払う。
小麦色の肌を返り血で染めたレノア。大人しそうな見た目に見合わぬ怪力を見せたファーファ。ふたり共よくやった。
人質を取り返し、敵兵も倒し、全てが上手くいったと思われた。その時……
「姫様危ない!」
「ガキがコケにしやがって!!」
「うにゃ!?」
しまった!? こいつ気を失ったんじゃなかったのか!?
気づいた時には遅かった。捕縛しようとしていた兵士を突き飛ばし、ウェアウルフのおっさんが私の腕を掴む。そして……
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
指を纏めて数本食い千切ぎられて、私は悲鳴を上げた。激しい痛みで遠のく意識。
……
………
…………
「シーリアさまっ!? いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
僅かな間意識を失っていた私の耳に、カノンの悲鳴が聞こえてくる。
……いけない。あの子を……助けなきゃ……
何やらヒロインらしからぬ声が……
続きが気になるという方、何卒応援よろしくお願いいたします。




