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フィンレへ……

三点リーダー症候群? 知ったことかです!

 ある晴れた昼下がり。フィンレへと続く道。私達の乗った馬車はゴトゴト荒野を進む。


 インヴィンシブル要塞を出てから5日。風景の変わらない荒野の旅は退屈で、お喋りしてるかこうして眠っているかのどちらかだ。


 御者台ではオバリー大尉があくびを噛み殺しながら手綱を握り、隣にはリオン君が座る。


 馬車の中では、私とカノン。レノアとファーファが互いにもたれるように寝息を立てている。


 そんな私達を微笑みを浮かべながら眺めているセフィリア様。


 フィンレへ派遣されるメンバーは私、オバリー大尉、リオン、レノア、ファーファの5人。


 セフィリア様は、本当は私ひとりを連れていくつもりだったらしい。だけど、ボルド提督が必死に懇願したことで従者を付けることが認めさせたのだ。


 私をフィンレに向かわせること自体問題なのに、その上、従者ひとりつけずに預けたと知れたら、間違いなくお父様に殺されるからね。


 腕の立つオバリー大尉はわかるけど、レノア達が選ばれたのは、同期で私と親しかったというのが大きな理由だが、どうやらセフィリア様が、どうせ従者をつけるなら子供をよこせと提督に迫ったらしい。


 彼女は大層な子供好きであらせられる。なんでも、エルフの里には現在カノンしか子供がおらず寂しいのだとか。そんな理由を口にしていた。


 可愛そうに3人とも数日は緊張でガチガチだったよ。


 それでも面倒見の良いレノアにカノンが懐き、お胸の大きいファーファに私が懐き、リオン君はそれに引っ張られるように慣れていった。


 ふと目を覚ました私は、後ろを馬で護衛する兵士と目が合った。笑顔で敬礼する彼に私も敬礼を返す。幌馬車の中は美女、美少女、美幼女が揃っているからね。さぞ目の肥やしとなったことだろう。


 私達の乗った2頭立ての馬車は、護衛の兵士が乗る幌馬車4台と騎乗した兵士に挟まれるように、隊列を成して進んでいる。護衛につくのは2個小隊総勢50名。


 本当なら精霊王の守護のあるセフィリア様がいる限り、護衛なんていらない。セフィリア様は長年帝国と戦ってきた猛者であり、数万の敵兵を相手にしても負けないくらい強いのだとか。


 護衛を手配したのは勿論ボルド提督だ。これもお父様へのアピールの一環なのは言うまでもない。


 そんな、私と提督の都合に巻き込まれてしまった護衛の兵士達だが、一見して彼らが兵士であると気づくものは少ないだろう。何故なら、彼らは全員軍服を脱いで国章を外し、統一性の無い各々好き勝手な格好をしていたからだ。


 アイアンラインは魔森ヘルヘイムとの緩衝地帯であるため、厳密にはセンチュリオン王国の領土ではない。また大陸の東西を行き来する近道でもあるため、様々な国の人間が訪れている。また、森都フィンレは精霊信仰の聖地だ。異教徒であるセンチュリオンの軍人が軍靴で踏み入れるといらぬトラブルを起こしかねない。そこで私達は精霊信仰の聖地へ向かう巡礼者の一団に偽装することにしたのである。


 町人風の格好をしたオバリー大尉に、子供組は巡礼者っぽく白のケープを身に着けている。兵士達はその護衛として雇われたフリーランサーというわけだ。


 順調な旅路。今日中にはアイアンラインを抜けるだろう。精霊の森までいったらそこで護衛の兵士達と別れることになる。彼等と再び出会うのはフィンレでの滞在を終えた半年後だ。


 だけど……


 そんな私達を遠くから追跡している者達がいることを、今は誰も気づいてはいなかった。




***




「間違いないか?」


 追跡者のリーダーである中年の男は言った。彼の名はマルコ・ガンガール。センチュリオン王国で活動するイグレス帝国の間諜である。


「ああ、どんなにうまく隠れても、俺達の鼻は誤魔化せねぇよ」


 答えたのは30代半ばの男だ。野性味溢れる逞しい体躯、爛々と輝く金の瞳。異様に伸びた犬歯。彼は人と狼の特性を併せ持つウェアウルフと呼ばれる獣人種であり、名はポチロー。


 帝国が従えるエルフ狩り部隊。彼はそこに属している。


 彼らの狙いはエルフの長セフィリアだ。


 マルコの配下からセフィリアの情報がもたらされると、ポチローはウェアウルフの仲間10人を率いてセフィリアの匂いを追跡した。そして、ポチローはセフィリアが乗っているとみられる馬車の一団を発見する。


 巡礼者と思われる一団は、多くの護衛を雇っているようだ。身体能力が優れるウェアウルフとはいえ、こちらは少数。しかもセフィリアがいるとなれば、襲撃を仕掛けたところで返り討ちにあうのは明らかだ。そこに100人の手勢を率いたマルコが合流する。


 彼等の半数は、背中に薄く伸ばしたオリハルコンでコーティングされた大盾を背負っている。オリハルコンは精霊魔法をはじめとする、あらゆる超常を払う力を持つ金属だ。強力な精霊魔法を扱うエルフに対抗するために不可欠な装備であり、この盾の力で、彼等はこれまで幾人ものエルフを屠ってきた。


 帝国が現在でもエルフ狩りをしていることは有名だ。帝国は皇帝を神とし、人こそが神に選ばれた神民であることを教義とした神民主義を掲げている。 


 帝国にとって人の上位種であるエルフは抹殺対象であり、センチュリオンに協力的なセフィリアは数百年間追い続ける宿敵だ。彼女によって帝国は幾度となく辛酸を舐めさせられている。


「どうやら巡礼者の馬車に潜りこんだようだな」


 遠眼鏡を覗くマルコがほくそ笑む。


 エルフ達は得意の隠形術で旅の馬車に勝手に乗り込んで移動する。対価として金品を置いていったり、トラブルがあればこっそり手を貸したりするらしい。


 まるで寄生虫だとマルコは思った。


 帝国の民の多くはマルコのように、エルフを人に寄生して生きるしかない劣等種族だと考えている。


 馬車には50人程の護衛が付いている。どうやらフリーランサーのようだ。護衛が邪神の加護を得たセンチュリオンの人間ならば厄介だが、精霊信仰の巡礼者が、異教徒であるセンチュリオン人の護衛を雇うことは無い。対してこちらはウェアウルフ10人と、マルコの手勢を合わせて100人を超える。身体能力の高いウェアウルフを加えて倍の戦力。楽勝だろう。


 セフィリアを打ち取れば俺は帝国で英雄になれる!


 彼は頬を緩ませて人生を頭に思い描いた。


 皇帝陛下から直々に叙勲を受けることは間違いない。これまで俺を馬鹿にしてきた貴族共の悔しがる顔が目に浮かぶ!


 間諜など閑職もいいところだ。敵国で下げたくもない頭を下げて相手に取り入り、心身をすり減らしながら情報を手にれ、日々任務をこなしているというのに実入りは多くない。マルコは一刻も早く功績をあげ、本国へ帰りたかった。


 だが逸る心が彼を破滅に追いやることになる。


 実際セフィリアと共にいるのは偽装したセンチュリオンの兵士。それも魔獣退治でならしたアイアンライン警備隊の精鋭2個小隊だ。


 もっとも、見抜けなかったマルコをただ無能と言い切ることはできない。


 彼はセフィリアが孫娘を連れて物見遊山で謝肉祭に訪れていたと報告を受けていた。


 気まぐれに現れ、用が済めばいつの間にか消えているというのがエルフである。セフィリアにしてもそれは同じだ。むしろセフィリアは人の国とは一定の距離を置いており、送迎を受けることは無いという話だ。


 そして、気が逸っているのはマルコだけではなかった。


 ご馳走を前にしたかのように舌なめずりをして幌馬車の方角を見つめるポチロー。


 ポチロー達ウェアウルフは帝国に飼われる猟犬だ。亜人種であるウェアウルフも帝国では蔑まれる存在である。それでも彼等は帝国に従う道を選んだ。それは種族としての誇りを失うよりも欲しいものがあったからだ。


「なあ? 首と心臓以外は貰っていいんだよな?」

「ああ、好きに食うがいい」

「孫娘は?」

「好きにしろ」


 ウェアウルフ達から歓喜の声を上がる。


 エルフの肉はウェアウルフにとって最高級のご馳走であり、まるで麻薬のように一度食べたらその味が忘れられなくなるらしい。エルフの肉を求めた彼等はいとも簡単に帝国にしっぽを垂れた。


 ふん! 所詮獣か!


 捕らぬ狸のなんとやら。妄想に浸っていた自身のことなど忘れて、マルコは涎を垂らすウェアウルフ達を蔑んだ目を向ける。


 本当は孫娘は生け捕りにして皇帝に献上したかったが、功績としてはセフィリアだけで十分過ぎるほどだ。それに例え捕えたところでポチロー達を抑えておくのも難しいだろう。


 指の一本、腕の一本と要求してくるに違いない。


 はっきり言って面倒だ。


「さて、いよいよだな」


 彼方で赤い煙が上がる。


 セフィリアは強力な精霊魔法の使い手だ。彼女を抑えるためにマルコは部下に先回りさせ、トラップを仕掛けておいた。


 赤煙筒の煙はトラップが発動したことを示すものだ。


 遠眼鏡で確認したマルコは叫んだ。


「さあ、狩りの時間の始まりだ!」


 馬に乗ったマルコの号令に、彼等は雄たけびを上げて駆け始めた。

フリーランサー:他作品でいう冒険者。


次回はカノンが大活躍します。幼女がんばれ! よろしければ応援してあげてください。


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