サクライアンズ
相撲大会が終わった後、私はレノア、ファーファ、リオン君の幼馴染3人組と共にボルド提督の部屋へと呼び出された。
きっと私達は、これからどえらいお偉いさんに会わさせられるのだろう。
オバリー大尉の指示で、私達はいつもの兵衣ではなく、式典などで着る制服を着ている。お風呂にも入らせてもらって、土と汗に塗れた身体を綺麗にした後、女性仕官に髪型まで整えてもらった。
王侯貴族といえど、軍籍にある者は軍服が正装である。官給品だし、生地も仕立ても王宮で来ていた服に比べれば見劣りする。でも、王女の身分と共にドレスを全部王宮に置いてきた今の私には一張羅だ。
一般兵士用の制服は、白いシャツに濃紺のシンプルな四つボタンのブレザーだ。女性はタイトスカートで男性はスラックス。
襟元の赤いスカーフがお洒落ポイントだがそこは軍隊。結び目の大きさまできっちり揃えなければならず、当然歪みなんて許されない。
将校用の飾りのついたオバリー大尉の制服姿は流石に決まっているが、私やレノア達はサイズが大きめで袖を余らせている。まだまだ成長期だからね。
「失礼します」
オバリー大尉を先頭に入室すると思った通り、セフィリア様が私達が来るのを待っていた。一般人の格好で観客に紛れていたボルド提督も今はしっかりと正装をしている。
セフィリア様もカノンも、本来なら国を挙げて歓待すべき要人なわけだから正装は当然なんだけど、さっきまで裸でどつきあいをしてたのだから、今更取り繕っても仕方ない気がしなくもない。
「はぅ……」
場の空気に呑まれて泣きそうなファーファをレノアとリオン君が支えているけど、ふたりも緊張で足が震えている。なんで自分達が呼ばれたのかわからないらしい。
うん。私もわからん。
3人は一応貴族令嬢、令息である。でも、外国の要人が来ているからと言ってわざわざ呼び出されるには不自然な立場だ。警備隊にはより3人より家格の高い家柄の貴族が数多く在籍しているのだから。
だけど、それを言ったら私だって同じだよ。
せめて私の歳がもう少し上で、普通に公表された王女だったなら、外交的な折衝を求められることもあったかもしれない。だけど今の私は何の権限も無い6歳児で二等兵だ。
もしかして、カノンが言っていた守護者というのが関係しているのだろうか?
来客用のソファーではセフィリア様に膝枕されたカノンが寝息をたてている。優しくその髪を撫でるセフィリア様。
尊い……
お祖母ちゃんに膝枕してもらってる孫の図なんだけど、セフィリア様が若々しいので親子にすら見えない。少し年の離れた姉妹のようだ。
「これから耳にする事は全て機密とする。決して口外しないように」
眠っているカノンへの配慮だろう。ジョイ大佐がわざわざこっちへやってきて小声で箝口令を敷くと、レノア達の緊張がさらに高まった。ファーファとか可哀そうなくらい怯えていて涙目になっている。
そんな若い新兵などお構いなしに、ジョイ大佐は私を丁寧な態度で私をセフィリア様の対面の席へと案内する。
「エリュシアリア姫。どうぞこちらへ」
……そういうことね。
私を姫と呼んだジョイ大佐。彼等は王女としての私を望んでいる。
私はシーリア・ブレイウッド二等兵から、センチュリオン王国第4王女エリュシアリア・ミュウ・センチュリオンに頭を切り替えるとセフィリア様の前に立つ。
レノア達が驚いているのが気配で伝わってくる。オバリー大尉は知っていたのか動じた様子は見えなかった。彼の場合単に図太いだけかもしれない。
「センチュリオン王国王女、エリュシアリア・ミュウ・センチュリオンでございます。再びお会いできて光栄です。セフィリア様」
私は軍人ではなく王女としての所作でセフィリア様に挨拶するとソファーに腰を下ろした。
セフィリア様はカノンの頭を撫でる手を止めて微笑んだ。
「あら。しっかりしていらっしゃるのね。カノンにも見習わせたいわ。ごめんなさいね。この子、昨日からずっと気を張っていてあまり眠れていなかったみたいだから」
セフィリア様がカノンの髪をすくと伸びた耳がぴくりと動く。可愛い。尊い。
「お気になさらず。カノン様はどうかそのまま寝かせておいてあげてください」
「ふふ、いいのよ。そんなに固くならないで。エリュシアリア姫にはカノンと普通の友達として仲良くして欲しいと思っているの。エルフの里には他に子供がいないからこの子はいつも寂しい思いをしているわ。孫を心配するお婆ちゃんの他のみを聞いてはもらえないかしら?」
「いえ、こちらこそ願ってもないことです。私もカノン様……いえ、カノンと友達になりたいと思っていますから」
「ありがとう。エリュシアリア姫。ここまで来た甲斐があったわ」
私が答えるとセフィリア様が笑顔を見せる。眩しい……その顔でお婆ちゃんはないわ。
「セフィリア様。私のことはシーリアとお呼びください。私は王都で問題を起こし、償いのためにシーリア・ブレイウッドとして軍に所属しているのです」
セフィリア様はすっと目を細め真剣な顔になる。
「問題というのはあなたが持つ大きすぎる力のことかしら?」
どうやって調べたのか、やはり彼女達は私のことをよく知っている。セフィリア様の言葉に私は頷く。
償いなんて言うと大げさだけど、実際王都で事情を知る者の間ではそういう認識を持たれている。
『プロミネンス砲』を暴発させ、城と近衛騎士団に大きな損害を出したあの事件。裁判の結果、私は無罪になったが、全くお咎め無しでは納得できないという意見も根強かったらしい。そのためお父様は考え抜いた挙句、私をこのアイアンライン警備隊に送ることを決めた。
南部の国境を監視するアイアンライン警備隊は、現在国内で最も過酷な現場と呼ばれ殉職率も高い。その判断には判決に批判的な考えを持っていた貴族や官僚達も驚いたようで、それ以上は何も言わなくなった。
加護の力を完璧に制御できるようになるまで、王都に戻ることは許さん。
その時お父様は左右の頬には、お母様達にひっぱたかれたと思われる跡がしっかり残っていた。
加護を発動すれば、それくらいすぐに回復するんだけど、あえてお父様はそのままにしていたのだろう。
まあ、軍に入るのは私としても願ったりな話だ。
私が自身の加護の力。『プロミネンス砲』使いこなせるようになれば、魔獣の被害を抑え多くの人を救うことができる。
強くなりたい。この力に負けないくらい強くなりたい。
そんな私の希望を叶えるにはアイアンラインはうってつけの場所だった。
軍に入隊して3ヵ月。幾度かの発射試験を行い、実戦での運用も経て『プロミネンス砲』は確実に使いこなせるようになってきている。けど同時に自分が何者なのかという疑問は、前にも増して強くなっていった。
今でも『プロミネンス砲』への恐怖が完全になくなったわけではない。
私の中には少しでも気を緩めればこの世界ごと容易く飲み込んでしまうような力が秘められていて、『プロミネンス砲』はそのほんの一部を利用しているに過ぎない。
全く全容の見えないこの力は何なのか?
エリュシアリアとはなんなのか……?
「シーリアちゃんと呼ばせてもらうわね。私とカノンはフィンレの盟主ヘキサ様の命によってあなたを迎えに参りました。フィンレに来ればおそらくあなたの問題を解決することができるでしょう」
「私の持つ加護のことを知っているのですか?」
「ええ。あなたの力は守護者として与えられたものよ」
また守護者だ。やっぱり私のことで間違いないらしい。
「守護者? それは天使級や救世級のような加護の階級を表すものなのでしょうか?」
私の加護の力が何なのかという点については、女神信仰の大本山であるハーベルが何も言ってこない以上、勝手に名前を付けて公表するわけにもいかず、救世級の上位と認識されたうえで保留されている。
私の投げかけた疑問をはっきりと否定するようにセフィリア様は首を振った。
「いいえ。守護者とはアスラがあなたに求めた役割であり、この世界を護るためにあるもの。詳しいことは実際ヘキサ様にお会いすればわかるはずよ」
「アスラ? タグマニュエル様ではないのですか?」
「アスラとは異界の神の名で、ヘキサ様はその一柱。アスラとシーリアちゃん達が信じる女神信仰は無関係ではないわ。でも今はハーベルが唱える女神信仰とは切り離して考えてほしいの。詳しい話はヘキサ様から聞けると思うわ」
私は言葉の意味が分からず小首をかしげる。しかし、どうやらセフィリア様はここで宗教談義をするつもりは無いようだ。
アスラ。確かに加護を受けたとき、そんな言葉が聞こえてきた気がする。
それにゲームの中でもどこかにあった……あれ? どこだっけ?
おかしいな。ゲームに関わることならこれまで昨日のことみたいに思い出せたのに。
それにヘキサとは何者だろう? ゲーム中にはそんな人物登場しなかった。
森都フィンレの盟主? 異界の神様? エルフの長であるセフィリア様を使い走りにする存在など王宮でも耳にしたことは無い。
益々よくわからないという顔をした私に、セフィリア様は小さく微笑む。
「話を戻すわね。シーリアちゃんは【地上に守護者生まれしとき、フィンレにてあらゆる外敵を打ち払う天空の剣を授け賜う】という言葉を聞いたことがあるかしら?」
「いいえ……」
私は首を振った。
だけど実は似た言葉なら知ってる。【地上に守護者生まれしとき、冥界の竜よりあらゆる外敵を打ち払う力を授かる】というものだ。『剣の国のエリュシアリア』の中で、城の地下迷宮の奥にあった石碑に彫られていた言葉である。
天空の剣なんて聞いたことも無い。聖樹の剣なら騎士団の詰め所に飾ってあるけど。
「フィンレがセンチュリオン王国と同盟を結んだ際に交わされた盟約よ。もっとも1000年も前に結ばれたものだから、忘れられていても仕方がないわね」
天空の剣が何なのかは分からない。でも、ゲームで冥界の竜はセンチュリオン滅亡の原因になった。
放置していたら、今度はその天空の剣がセンチュリオンを滅ぼすのだろうか?
「あの……守護者というのは本当に私で間違いないのですか?」
「ええ。それは間違いないわ。フィンレではあなたが『プロミネンス砲』を使用するところを確認しています。『プロミネンス砲』を放てるのは守護者だけ。まあ、私もヘキサ様から聞いただけなんだけど。間違いないわよね?」
「はい」
『プロミネンス砲』を知っている。どうやらヘキサ様とやらは私以上に私のことを知っているらしい。でも私が『プロミネンス砲』を撃つところを遠く離れたフィンレからどうやって知ったのだろう?
亜人種が暮らす森都フィンレは、ここから西へ半月程進んだ先にある、精霊の森のどこかにあると言われている。フィンレは強力な結界に守られていて、正確な位置がわかっていないのだ。
幾つも疑問が生まれて頭の中を巡る。
ゲームではたどり着けなかったエリュシアリアの秘密を知る手がかりだ。冥界の竜に対抗する手段を得られるかもしれないし、もちろん興味はある。
カノンは可愛いし、友達になりたいという気持ちに嘘は無い。
でも……
本当に信じて良いのだろうか?
私は本当に彼女達が求める守護者なのだろうか?
そんな私の葛藤を見透かしたようにセフィリア様はソレを口にした。
「サクライアンズ」
その名前を聞いた途端、胸が締め付けられるように苦しくなって目頭が熱くなった。それは私の……
まさかその名前をこの世界で聞くなんて!
「……どうして……その名前を」
涙がこぼれて頬を伝う。
もう吹っ切れたと思っていた。なのに……
「あらあら、ごめんなさい。私はこの言葉が名前であることすら知らなかったわ。もしあなたが私達の言う事を信用できず、同行に応じてくれなかった場合、そう言えば納得するとだけ聞かされていたの」
それは違う。私はセフィリア様やカノンを疑ってなどいない。信用できなかったのはセフィリア様ではなく自分だ。本当のエリュシアリアではない。中身が桜井あんずの偽物のエリュシアリアで、彼女達の期待に応えられるかが不安だったのだ。
「それもヘキサ様が?」
「その通りよ。納得してもらえたかしら?」
「……はい」
ああ、もう! 前世の名前で呼ばれたら行かないわけにいかないじゃないか! 桜井あんずでいいならフィンレでも何処でも行ってやるよ!
溢れ出る涙。さりげなくハンカチを差し出したのはオバリー大尉だ。ありがたく使わせてもらう。
当然、涙を拭いた後、鼻をかむことも忘れない。様式美だからね。
オバリー大尉が「うへぇ」って顔するまでがテンプレである。
私はボルド提督に視線を送ると、これまで黙って成り行きを見守っていた彼はゆっくりと頷いた。傍らに立つジョイ大佐もだ。だけど、それでも私は簡単には頷けない理由があった。
「しかし、行きたくても私の立場では、決めることはできません。この件、お父様はご存じなのですか?」
「連絡は既に向かわせてあります。事後承諾となるでしょうが……」
「あの……それ、大丈夫なんですか?」
「覚悟は既にできておりますよ。ははは」
諦めたように笑うボルド提督。
今の私は軍人だ。上官である彼等には私を戦地へ送る権限がある。けれど、王族である私を、勝手に外国へ送ることは外交的な問題であり、明らかに権限から逸脱した行為だ。下手すれば首が飛ぶ。物理で。
「大丈夫なのですか?」
「姫様がカノン様に負けてしまったときに覚悟は決めております」
「負けたって……まさか!? 提督は私の身柄を賭けてカノンと競わせたというのですか!?」
センチュリオン王国において相撲は女神に捧げる神事である。賭け相撲なんて言語道断。マジで打ち首案件じゃねーか!?
私が声を荒げると、ボルド提督は気持ちよさそうに眠っているカノンを見て。しーっと指を口に当てた。
寝た子を盾にするとは貴様それでも軍人かーーっ!!
「まあ、落ち着いて。賭けは私から提案したのよ」
「セフィリア様が?」
「ええ。ここに来るまでシーリアちゃんが王女であることを私達はしらなかったの。提督から聞かされた時は驚いたわ。だからといってセンチュリオン王の返事を待っていては後何日もかかるでしょう? 私はこれでもエルフの里の長よ。そう長く里を留守にすることはできません。そこで当初私はこっそりあなたを連れ去ろうと考えていたの」
そりゃだめです。例え私が王女でなかったとしても誘拐はよくないです。
「提督にそれだけはやめてくれと懇願されてしまって、それならばと賭けを持ちかけたのよ。あなたとカノンで勝負をしてあなたが勝てば、私はセンチュリオン王からの返事を待つか、改めて出直すか考えましょう。しかしカノンが勝てば協力するようにと」
提督の溜息が聞こえた。
「フィンレとの盟約もありますし、セフィリア様直々に出向かれてのこととなればなんとか言い分は立ちます。それも姫様が無事お帰りになればの話ですから、自分はそれまで胃を痛くしながら待ち続けることになりますな。ははは……はぁ……」
それで提督は私に稽古をつけさせたのか……無駄だったけど。
「この子はね、もし自分が負けたらヘキサ様からの役目を果たせなくなるって心配していたわ」
カノンは穏やかな顔でよく眠っている。なるほど。義務を果たせたと安心したのだろう。
「先に話してくれていれば……」
相撲勝負なんかしなくたってフィンレに向かうと決めただろう。例えお父様やお母様が駄目と言っても何が何でも説得した。カノンを心配させたり、ボルド提督の首なんか賭ける必要は無かった。
「見たかったのよ」
彼女は言った。満面の笑みを浮かべて。
「カノンとあなたがお相撲しているところが見たかったの。幼い少女が身体を押し付け合って絡み合うなんて素晴らしいじゃない! でもこの子は理由が無いときっと本気にはならないわ。だから賭けをしたの。おかげで期待以上に良い試合が見れて大満足よ! ね、提督?」
「はい! 結果は残念でしたが悔いは全くございません!」
熱く語るセフィリア様。ボルド提督も大いに同意するように頷く。
私は言葉を失うしかなかった。
読んでいただきましてありがとうございます。
えりゅたんの秘密にようやく迫り始めました。続きが気になる~。お相撲もっとやれ。えりゅ×かの幼女百合が見たいという読者の皆様。何卒応援よろしくお願いいたします。




