相撲大会~水入り~
新年あけましておめでとうございます。今年も何卒宜しくお願いします。
バシッ!!!!!
私とカノン。ふたつの小さな身体が土俵中央で激突する。
私は最初から全力で行くと決めていた。だけどそれはカノンも同じだった。ぶつかった瞬間、会場に子気味の良い音が鳴り響く。
雪のように白い肌。うっすらとあばらの浮いた薄い胸。そして本気で私を負かそうとする強い気持ち。カノンの全身全霊を私は受け止める。
「っ……!?」
ぶつかり合った衝撃に背骨が悲鳴を上げるようにしなり、苦痛から逃れるように勝手に足が後ろへ下がる。
カノンは想像よりずっと強かった。私は完全に競り負けたのだ。
立ち合いから僅か1秒で私の自信は砕け散る。
王宮育ちのお姫様が、たかだか3ヶ月訓練でどうして強くなれたと錯覚した?
エリュシアリアのハイスペックな身体を過信したか?
前世の記憶を持つ自分に対し、相手は所詮ただの小娘と侮ったか?
チート? とんでもない! 同年代の華奢な女の子に力負けするくらい私は弱いのだと思い知らされた。
でも……まだ私は立っている!
悔しい……だけど、負けるもんかっ!
私はカノンの柔らかい頬に掌底を放つ。
この国の相撲のルールでは女の子や子供でも顔面張り手を禁止していない。
腫れたりあざになったらごめんね! 聖炎でちゃんと治してあげるから!
私の加護は天使級や救世級の完全上位互換だ。だから他人の傷でも治すことが出来る。
試したことないけど、エルフでもたぶん治せるだろう。馬とか動物にも有効なくらいだから。
翡翠の瞳が鋭く私を睨みつけた。お返しとばかりにカノンが張り手を繰り出してくる。
さっき話したときの大人しそうな印象は演技だった?
いや、そんなことは無い。子供らしく純粋なんだ。
やられたらやり返す。当然だろう。
感情が表に出やすい激情家。でもそれは素直で裏表がないということ。
そして負けず嫌い。
目標に向かって一直線に突き進む強さを持っている……
素敵な子じゃないか……絶対に負かしてやる!
私は彼女の張り手を躱して彼女の胸へと飛び込んだ。
力比べで敵わないと悟った私は作戦を変えた。
姿勢を低くして頭を脇へと潜り込ませ、絶対に放すものかとまわしを掴む。カノンが覆いかぶさるようにまわしを掴んで振り回してくる。強い力に身体が軋み、まわしが食い込んでお尻が痛いが、それでも足を開いて必死で堪えた。
長期戦に持ち込んでカノンの集中力、もしくはスタミナ切れを狙う。力で勝てなくてもガッツと根性の勝負でなら負けない!
がっちり組み合ったまま、カノンが強引に私の身体を持ち上げてくる。
「はうっ!」
一瞬、足が浮く。だけど、流石に体勢が悪い。結局投げることも吊り出すことも出来なかったようだ。冷やりとしたが足の裏に再び土を踏む感触が戻ってほっとする。
そうだ。もっと体力を消費しろ……
時にカノンの力が緩めば挑発するようにこちらから押してやる。押し合いならば私の方が体勢的に有利だ。ただ地力の差で押し切るには及ばない。
お互いに決め手に欠ける状態で時間が過ぎていく。
「はぁ……はぁ……んっ!」
じっとりと湿る肌。カノンの息づかいがだんだんと荒くなってくるのが聞こえてくる。けど私だって辛い。まわしを引かれるたびに擦れて痛いし、相手のまわしを掴む手も感覚が無くなってきている。体力だってそろそろ限界だ。
もう少し……
もう少しだけ……
自分に言い聞かせながら私はじっと待った。
カノンに限界が来る瞬間を……
だがそれは思わぬ形で中断されることになった。
「そこまで。両者離れて」
勝負に集中していた私は行司さんに背中を叩かれても気づかなかった。割って入った行司さんに強引に引きはがされてようやく我に帰る。
審判団の席には砂の落ち切った砂時計。
私達は土俵際の最初に礼をした位置まで戻されると、行司さんが水入りを告げた。
この国の公式大会では、取り組み時間が3分を過ぎると一旦休憩を挟むよう規定されているのだ。
もうちょっとだったのに!
私はカノンに体力を回復する時間を与えてしまったことを悔やむ。
しかし……
土俵を下りようとした私の膝がカクンと折れた。
膝をつくことはなかったが、私の足腰はガタガタだった。もしチャンスがあったとしても勝負を決めれたかどうかわからない。
水入りに助けられたのは私の方だったのかもしれない。
「大丈夫?」
「うん。……ありがとう」
心配そうに私を支えてくれたのはファーファとレノアだ。なお、まわしを燃やしてしまったレノアは、今はタオルをパレオのように巻いている。
ふたりの肩を借りて私は控え席に戻ると、今度はリオンが汲んでくれた水をありがたく頂戴して一気に飲み干した。
「ぷはぁ!」
「おかわりはいる?」
「ううん、大丈夫」
まるで付き人のようにかいがいしく世話を焼いてくれる幼馴染三人組。
また、反対側でもカノンが本業の力士少年達に囲まれて世話を焼かれていた。なにやら恨めし気な視線をこっちに向けている。
まあ、こっちは可愛い美少年に美少女だもんね。気持ちはわかる。でも、そっちの方がサポートとしては優秀なはずだぞ? そんな目で見ないで欲しい。
私と目が合うとプイっとそっぽを向かれてしまった。あれ? もしかしてヤキモチかな?
なんか場外戦で謎の勝利を得てしまった。そう思っているとリオン君が話しかけてきた。
「……良い試合だったよ。ずっと年下の君があんなに頑張ったっていうのに。僕は自分が恥ずかしい」
顔を赤らめながらもしっかり私に目を向ける彼はもう女の子の裸から目を背けていなかった。いや、それはどうかとも思うけど、目の前の相手から絶対に逃げないという、覚悟を感じる顔だった。
「うん……私も。レノアもシーリアちゃんもかっこよかった。私もふたりみたいに強くなりたい」
そしてもうひとり、敗北から一皮むけて成長した少女の姿があった。ファーファだ。
歳の割に発育のいい身体を隠すことなく、猫背になっていた背筋を伸ばして立っている。
実力を発揮できずに負けたことを悔やむ気持ちを吐き出すリオンとファーファ。私とカノンの取り組みが彼等の心に何らかの変化をもたらしたのだろうか?
私は、ただがむしゃらだっただけなんだけどね。
「ねぇ! 休憩の間、相手を指名して試合していいらしいよ? どうする?」
私とカノンの試合は最終戦だったから、休憩時間を埋めるための余興だろう。レノアの言葉にリオンとファーファが自ら名乗りを上げる。
「せっかくだし行ってくるよ。婚約者としてレノアの敵をとらなくっちゃ」
「なら私はリオンの敵をとってくるね」
「え? じゃあ私は?」
相手を指名しての試合は3試合行われた。
リオンはナユタ少年に、ファーファはセスカちゃんに対戦を申し込んで見事に負けて帰ってきた。それでもふたり共良い試合をしてたと思う。
惜しくも敗れ唇をかみしめるリオン。悔しさで泣いちゃったファーファを誰も馬鹿にしなかった。
後の1試合は力士少年がどうしてもとお願いしてシャーロットちゃんと試合をしたんだけど……シャーロットちゃん自分の倍くらい体重がありそうな相手に勝っちゃったよ。
流石未来の教官殿。半端ない……
あと、まわしが無いレノアには挽回の機会は与えられなかった。
読んで頂きましてありがとうございます。
お相撲大会まだ続いてますが流石に次回で終わります。どうか最後までお付き合いくださいませ。
こんな変態作者でございますが、もし続きが気になる方、えりゅたんが可愛いと思ってくれた方、よろしければブックマークをお願いします。




