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剣鳴りて、剣聖悩みて、華来る

出だし部分は怒られたら変えます。中盤視点が変わって3人称になります。

 キン! キン! キン! キン!


 子供の頃の夢は色々あったけど、強い女に憧れた。


 助けられるのではなく、助ける存在になりたかった。まあ、あんずとしてその夢は叶えることが出来なかったわけだけど……転生して私は夢を叶えるチャンスを手に入れた。


 ゲームのエリュシアリアは剣の腕と『プロミネンス砲』という圧倒的火力によって、総合的な戦闘力では並ぶものがいなかった。実は今の私、火力ではゲームのエリュシアリアを既に上回っていたりする。


 でも、剣の腕や体術ではまだまだ及ばない。それら技術はこれからの努力次第なんだろうけど、一番不安なのは精神面だ。


 本当のエリュシアリアじゃなくたって……中身があんずの私だって……彼女のような強さを手に入れられるだろうか……?


 そして、いつか立ち塞がるであろうベルフィーナに勝つことができるだろうか?


 グレッグさんとボージャンさんはセンチュリオン王国でも10指に入る剣の達人だ。将来のベルフィーナとの決闘に備え、彼等の手ほどきを受けられるのは幸運だった。


 箒を構えた私は、ハタキを構えたグレッグさんと向かい合う。


「我を王女と知りながら剣を向けるか左遷騎士! 今日という今日は成敗いたす! 覚悟しろ!」

「ふははは! 姫様! お手向かい致しますぞ! ……誰が左遷騎士じゃい! まったく誰のせいで退職が早まったと……まあ、それは願ったりな事でしたが、退職金がちょこっとばかり減りましたぞ!」

「問答無用! 天誅!」

「笑止! 10年早いわ!」


 私が振るった箒をハタキで受け流し、掛け合いにもノリ良く付き合いながら、チャンチャンバラバラチャンバラごっこに興じる左遷騎士……もといグレッグさん。


 そう。今私がやってるのはただのチャンバラごっこだ。私はまだ本当の剣術を学ぶことは許されていない。軍で2年間を過ごしたが、体術やナイフの扱いは学んだものの剣術に関してはほとんどノータッチだ。


 まあ、これには理由がある。


「ちぇすとぉぉぉぉぉっ!」

「あまい!」


 上段から全力で打ち込むが、難なく受け止められて逆に吹っ飛ばされる。まったく大人げない! 普通の幼女だったら死んでるぞ!?


「なんのっ!」


 しかし普通の幼女ではない私は吹っ飛ばされながらも空中で姿勢を変えると、箒を真っすぐグレッグさんへ向けて虚空を蹴る……食らえ! 牙凸!


「単純すぎるわ!」


 最低限の動きで躱したグレッグさんに背中を叩かれて、びたーんと私は地面にダイブ。


「ぴぎゃ!」


 牙凸敗れたり……


「どうした! もう終わりか? 馬小屋姫」


 誰が馬小屋姫じゃこらぁ!


「まだまだっ!」


 立ち上がった私は箒の柄をふたつに折って両手に持つ。


「ほう……」


 面白そうに笑みを浮かべたグレッグさんが、電光石火でハタキを振るう。グレッグさんから打ち込んでくることは滅多にない。


 箒の柄を交叉させて受け止める。衝撃に獲物を取り落としそうになりながらもなんとかしのぎ切り、反動とバックステップで後退する。


 追撃は無かった。私が受け切ったことでグレッグさんは満足したようだ。


 今度はこっちの番だ!


「はっ!」


 距離をとった私は、折れた箒を投げつける。二刀流なんてしないよ? そんな難しいの今の私が出来るわけないじゃん。箒を折ったのは投擲するためだ。飛び道具にするなら弾数は多い方が良いからね。


 とはいえ、そんなのが通用するはずもなく、簡単に叩き落される。


「もう一丁!」

「おっと!」


 二本目も難なく防がれる。しかし投擲はフェイント! 私は拳に聖炎を宿し、必殺の鉄拳を繰り出す。


 えりゅたんぱぁぁぁぁぁんち!!


「おおう!?」


 咄嗟に防御したグレッグさんだが、私の拳はハタキをへし折ってグレッグさんの鳩尾を捉え……って、固ぁ~~っ!?


 大穴の開いた服から割れた腹筋が覗く。加護の力で底上げされているとはいえ、所詮は幼女のパンチ。鍛えられた肉体には通用しない。


「熱ぃ……」


 聖炎の熱を受け彼の肉体から湯気が立ち上る。折れたハタキ、穴の開いた服。


 やべ。やりすぎた!?


 怒られるのを覚悟した私だが、グレッグさんは満面の笑みを浮かべる。


「次からは訓練用の剣を使いましょうか」

「はい!」


 やった!


 それはチャンバラごっこを卒業して、本格的に剣術を教えてくれるということ。 


 チャンバラごっこをしながらグレッグさんは私が本格的に剣術を学べるかどうか見極めていたのだ。


 センチュリオンの剣は通常の鋼の3倍の重さを持つ、玄鋼という特殊な金属でできている。非常に重く強力だが、身体に大きな負担をかけるため誰でも扱えるものではない。センチュリオンの剣術の習得にはまず加護を持っていることが大前提であり、その上で心・技・体が十分に備わっていると判断されて初めて学ぶことが許される。


 ゲームのエリュシアリアは加護の会得が遅かったため、国外から伝わった流派の剣術を学んでいた。エリュシアリアが太刀を愛用していたのはそういった理由である。


 私は年齢的に体の部分に不安があったためこれまで見送られてきたが、ようやく認められたのだ。


「さていつから始めますかな」

「今から!」


 すかさず答えるとグレッグさんは首を振る。


「仕事が優先です。テイオにまた怒られますぞ?」

「うっ……」


 そうなんだよね。真面目なテイオは仕事に煩い。


「それに陛下の許しもいりますし、姫様の予定もあるでしょう?」


 今さらだけど、王女ってのはなんて面倒なんだ。剣術ひとつ学ぶのにも色々と手続きが必要になる。


 まあ、王族の剣術師範は誰でもいいってわけにもいかないからね。グレッグさんならだれも文句言わないだろうけど、やっぱりお父様の許可がいる。それに、厩舎での仕事の他にも私には王女としての習い事もある。


 ぶー、とむくれる私を見てグレッグさんが笑う。


「おーい。そっち掃除は終わったのか?」


 そこへ馬房の中を掃除していたテイオが顔を出す。そうだ。テイオのことも忘れてはならない。


 結局、彼の読み書きについては私が教えることになったのだ。


 やばい。これから凄く忙しくなる気がする……


 だがテイオはそんな私の心のうちなんか知ったことかと声を上げた。


「あーーっ! 箒もハタキも折れてるじゃないか! “団長”の服も破けてるし!? 何やってんだよ!?」


 私は視線を逸らし、グレッグさんは私に視線を向ける。裏切ったな左遷騎士!


「お前かーーっ!!」

「ひゃあ! グレッグさん! 助けてーー!」

「まあ、箒とハタキを折ったのも、俺の服を破いたのも“サージ”だしなぁ」


 その後私はテイオに捕まり、がみがみとお説教されることになった。



✤✤✤



 その様子を遠くから眺めている者達がいた。


“親方”ことボージャンと“将軍”それに“軍師”である。


「戯れとはいえグレッグから一本取るとはな。ゼファードが騎士団に入団したばかりの頃より上だろう。いやはや末恐ろしいものだ」

「確か10歳で入団したんだったな。姫様は今8歳だから才は十分。これはもしかすると、将来初の女の剣聖が生まれるかもしれん。楽しみじゃないか!」

「左様。長生きする目的が増えましたな」


 過去女性の剣聖が誕生したことは無い。彼等がその快挙をエリュシアリアに期待するのは無理もない事だ。


「だが“親方”。“サージ”のスピードは“団長”だから難なくしのげてたが普通は無理だ。完全な初見殺しだろあれ……しかもあの歳で『インパルス』まで使ってるし、俺じゃ教えるの無理だからそっちで何とかしてくれよ?」

「同意。自分も()()()()の方はさっぱりですからな」


 指揮官としてはともかく、“将軍”と“軍師”は別に剣が得意というわけではない。


 近衛騎士団を基準にすると“将軍”は準騎士程度。“軍師”は見習いよりはちょっとマシくらいの腕である。それでも世間的には十分な強さなのだが、彼等は自分達がエリュシアリアを教えるには力不足であると認めていた。


 因みに『インパルス』とは足の裏で聖炎を爆発させることで加速したり、空中で軌道を変えたりする魔法……というより技術だ。非常に制御が難しく、戦闘中でも自由に行えるようになるには長い修練が必要になる。だが、使えるのと使えないのでは大きな差となるため、『インパルス』を自在に使えることが一流剣士の証とさえ言われている。


「そうだな。まあ、俺やグレッグで何とかなると思うが、一度あいつにも声をかけてみよう」


 ボージャンの言うあいつとは彼の息子であり剣聖であるゼファードだ。


「おいおい。いくら何でも剣聖様を呼ぶのはどうよ……」

「左様。第一、南部の一件で近衛も駆り出されて人手が足りないはずである。忙しくてそれどころではないのではないか?」

「まあそうなんだが、なんか最近どうも悩んでるみたいだから気分転換にでもなればいいと思ってな」


 近衛騎士団の副団長であるゼファードは、当然厩舎の面々とも顔なじみである。特に“将軍”や“軍師”はゼファードが見習いとして近衛騎士団に入隊した頃から知っている。その頃からゼファードの剣の腕は同期の中で抜きんでており、また年齢に似合わないくらい落ち着いた正確に加え、流し目ひとつで相手に敗北感を与える美貌持つ。まさに魔王……いや、剣聖になるべくして生まれてきた。そう思わせるような少年だった。


 そんな男が思い悩む姿を想像できず、“将軍”は首を傾げる。


「あの顔で悩みねぇ……そういえば剣術大会もうすぐだろう? そのせいか?」


 センチュリオン王国で3年に一度開催される剣術大会。今年は開催年であり二ヶ月後に迫っていた。過去、連覇を成したものは数えるほどしかおらず、全大会の優勝者であるゼファードにかかる期待は大きく、プレッシャーに感じていてもおかしくない。だがそれを父親であるボージャンが否定する。


「ないな。三度の飯より剣を振ってるのが好きな奴だ。誰よりも楽しみにしてるだろう。あの顔でな」 


 クールに見えて誰よりも剣が好きな息子が、大会が近づきそわそわと浮つくことはあっても、思い悩むことはありえない。


「ならば……女ですかな?」

「なっ!?」


 “軍師”の言葉にボージャンが固まる。全くその可能性を考えていなかったからだ。


 眉目秀麗な剣聖、ゼファード・スタリオンがこれまで一度も女性と付き合ったことが無いというのは一部で有名な話である。


 どれだけ言い寄られても、見合いを世話しても「剣技を極めるのに一生を捧げるつもりのため結婚するつもりは無い」などと宣い断り続け、ついには男色疑惑がかけられてもすました顔をしているようなあの剣術馬鹿が女だと!?


 ゼファードに初めて剣を与えた日のことはボージャンもよく覚えている。ゼファードの喜びようと言ったらなく、寝るときやトイレに行くときさえ、剣を手放そうとせず呆れたものだ。修練はしっかりするので特に何も言わなかったが、ボージャンはゼファードが、密かに愛剣に名前を付けていることを知っている。まあ、案外そういった輩は多いのだが……


 確か初代はメリッサ。次はリリーナだったか……


「あいつが女に興味を持つなんて想像がつかん……俺はいつかあいつが剣を伴侶とすると言い出すんじゃないかと思っていた」

「“親方”よ……あんた父親としていったいどんな教育してたんだ……」

「う、うむ……いや、すまん。だが、それなら喜ばしいな。俺としては。いい歳なのに浮いた話ひとつない剣術馬鹿にもようやく……ははは!」


 それからしばらく、3人はゼファードの想い人を勝手に予想して盛り上がったのだった。



✤✤✤



「ひゃっほーー!!」


 服も褌も脱ぎ捨てて生まれたままの姿になると、早速水を汲んでざっぶーーんと頭からかぶる。


 何だかんだで、仕事後は井戸で水浴びをするのが日課になっている。


 お城に行けばお風呂にも入れてもらえるし、公衆浴場だってある。でもね、夏の厩舎は暑くて臭い。汗もたくさんかくし、掃除してると汚れるからね。少しでも早くさっぱりしたいのだ。


 最初は渋い顔をされたのだが、テイオもいるし、男の子の前で汚い格好はしたくないという乙女心をわかって欲しいと、もじもじしながら訴えたら許可が下りた。


 うーん! やっぱり仕事明けの水浴びは最高だね!


 そして何より外で素っ裸になれる自由がそこにある!


 何処までも青い空の下、風が全身を撫でまわすように包み込み、まるで世界と一体になったかのような気持ちになれる。


 目を閉じて、解放感に浸る。


 私は今自由。自由なんだ……


「えっ!?」


 目を開けた時、正面にフードを被った人影があった。


 気配を全く感じなかった。それに今周囲はボージャンさん達が警戒していたはずなのに!?


 私は抵抗する間もなく押し倒される。


「シーリアさま……」


 懐かしい声、私と変わらない小さな体躯。私はこの子を知っている。


 どうして……ここに?


「姫様っ!?」


 けれど私がその名を呼ぼうとしたとき、幾本もの剣が私にのしかかる人影に突き付けられた。ボージャンさん、グレッグさんを始めとする馬丁達だ。だけどもし、暗殺者による襲撃だったら私はとっくに死んでいただろう。彼等は間に合わなかった。センチュリオン王国でもトップクラスの達人がものの見事に出し抜かれたのだ。


「まって! この子は!」


 膨らむ殺気に私は叫ぶ。そして言葉よりも確かな手段で彼等を止めるために、彼女のフードを取り払った。


 露わになったのは私と同じくらいの年頃の女の子だった。それも、ものすごい美少女だ。


 緑がかった白い髪と細長く伸びた耳。現実離れした美貌。それら人と異なる特徴が彼女が何者であるかを如実に表していた。


「エルフの子供!?」

「なんでこんなところに?」


 彼等が驚くのも無理はない。エルフは亜人種の中でも特に数が少なく、人と関わることも好まない。


 長い年月を生きるエルフはこの世界で人の上位種族と捉えられ、敬われている存在だ。彼等は警戒しながらも一旦剣を引く。


「で、あの……知り合いなんですか?」

「ええ、まあ……」


 周囲の状況など全く気にした様子もなく、ぷにぷにのほっぺが混ざり合うのではないかというくらい激しく少女は私に頬ずりしてくる。


 彼女はハディス・セフィリア・イゼルダ・ルージェ・スリヴァン・セリカ・カノン。


 私の姉弟子にして、この世界で初めて出来た親友だ。

読んで頂きましてありがとうございます。


カノンさん幼女の姿で再登場です! 覚えてない方は幕間2を読み返してくださいませ。今後レギュラーとして百合の花咲き乱れてもらいますのでえりゅたん共々よろしくお願いします。

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