女の子の秘密
しゃりしゃりしゃり……
センチュリオン王国の食卓にはパンとマッシュポテトが欠かせない。
夕食はミーティングも兼ねて馬丁達が全員集まって取るため、毎日最低でも50個の芋が必要になる。
芋の皮むきは見習いの仕事だ。子気味の良い音を立てて芋の皮をむいていく。前世でも料理は得意だったし、軍でもさんざんやらされたから今ではナイフの扱いも手慣れたものだ。皮がつながったまま奇麗にむけたことに満足して次の芋に取り掛かる。
しゃりしゃりしゃり……しゃりしゃりしゃり……
私の横ではテイオも同じく芋の皮をむいている。私が来る前はひとりでやっていたらしい。私と比べても遜色ないくらいのペースで皮むきをこなしている。出来栄えも奇麗で8歳の少年の仕事にしては大したものだ。
自分のノルマを果たした私は彼の作業を眺める。今は私とテイオで協力してやっているが、ひとりで全てむくのは大変だっただろう。
「テイオ上手いね」
「ったく……嫌味かよ」
せっかく褒めたというのに、テイオは不機嫌そうに悪態をつく。いつも私の方がちょっとだけ早く終わらせるのが気に入らないようだ。
「くそっ! 何なんだよお前は……」
「お前じゃなくてシーリアだよ」
「じゃあなんで“サージ”って呼ばれてるんだ?」
「それは秘密」
「またそれか! 俺をいつものけ者にして!」
確かに秘密を抱えたまま友達になるのは難しいかもしれない。こっちから歩み寄っても結局疎外感を持たせてしまっている。
私はそれを“ごめんね”と心の中で謝ることしかできない。
テイオが最後の芋をむき始める。でも私を意識しているのか手つきが荒い。
もう、負けず嫌いだなぁ……
「あ、そんな慌てなくてもいいのに。危ないよ?」
「う る さ い! ……痛っ!?」
「あ!? もう! 何やってるの!?」
「な、何でもないよ!」
だから言わんこっちゃない。テイオは隠そうとしたが、左手の指先から血が出てるのを私は見逃さなかった。
「ちょっと、テイオ! 指切ったんでしょう? 見せなさい!」
「いいよこんなのすぐ治る!」
「いいから見せろ!」
「くそっ! 放せ馬鹿力!」
私は逃げようとするテイオを捕まえて左手を確認する。思った通り、左手の人差し指が1センチ程切れて出血していた。幸いそれほど深い傷ではなさそうだ。けどこのまま皮むきを続けるのは無理だろう。
「ほら! やっぱり怪我してる!」
「こ、これくらいなんでもないよ!」
「無理しないの」
「そんなことないし! ほっとけよ!」
テイオは頬を膨らませて睨んでくる。そんな顔したって可愛いだけだぞ?
流石に口にはしないけど、緩んだ表情で伝わったようでテイオはそっぽを向く。
その様子が可愛くて私の中に悪戯心が湧いてくる。
「もう、しょうがないなぁ。そんなこと言う子はこうだ!」
私は彼の怪我をした指先をはむっと咥えた。
「う、うわぁぁぁぁぁ!?」
驚いたテイオが手を引っ込めようとするが、私はそれを許さない。
「ほりゃ! ふごふな! (こら! 動くな!)」
私だって恥ずかしいんだぞ。でも私のせいで無理させてしまったし特別だ。
舌で血を舐めとるのと同時に聖炎で傷を癒す。魔法が使えることを隠すために口の中で聖炎使うという、我ながらいい作戦である。
テイオには私が既に女神の加護を得ていることは隠している。またバレないように口裏を合わせてくれるよう他の馬丁の皆にも頼んであった。
「熱っ!?」
聖炎の熱さでテイオが顔をしかめた。
私はしっかり掴んでいたテイオの手を開放する。小さな傷だしもうこれで治ったはずだ。
「おおおおお、お前っ!? ななななな何するんだよ!?」
声を上げるテイオ。腕をぶんぶん振り回す。こら、そんなばっちいモノを触ったような反応をするな。まったく、君はどれだけ美味しいイベントに遭遇したかわかってないな。
「傷が早く治るおまじないだよ。もう血も出てないし、痛くないでしょ?」
「あ、ああ……ほんとだ」
テイオは出血していたはずの指先をまじまじと見る。傷は跡もほとんど目立たないくらい奇麗に塞がっていた。
「ほら、早く手を洗いなよ」
私も水瓶から柄杓で水をすくい口の中をゆすぐ。流石に舐めとった血を飲み込む趣味は無い。
「ああ……って、お前、今魔法使っただろ?」
「魔法? なんのことかな?」
「とぼけるなよ。人の傷でも治せる人がいるんだろ? 知ってるんだぞ?」
すっとぼけようとしたが、どうやらテイオは天使級の存在を知っていたようだ。
他人にの傷でも癒すことが出来るのは天使級以上の加護を持つ者だけだ。だが天使級以上の加護を持つ者は極めて少なく、その能力や特性については一般にはあまり知られていない。
これもまた由々しき問題なのだが、テイオは読み書きができないくらい勉強の方は進んでいない。だから正直テイオがその存在を知っているとは予想外だった。
あーあ、これはバレちゃったな。
「まったく。魔法まで使えるなんて、お前は幾つ隠し事してるんだよ」
その言葉が胸に突き刺さった。
テイオは私の正体を自分だけが知らないことで疎外感を感じて苦しんでいる。私が思っていた以上にだ。
厩舎の人達はテイオにとって家族だ。でもそこにひょっこり現れた私と厩舎の人達で自分の知らない隠し事をしているとわかれば、そりゃ寂しいし、悔しいだろう。
「ごめん。テイオ」
私はこれ以上の隠し事は出来ないと感じて加護を持っていることを正直に打ち明けることにした。
「うん……実は私は加護を持ってるよ」
私がテイオに加護を持つことを隠していたのは対等に話せる友達になりたかったからだ。
大人社会でも加護が持つ人間と、無い人間では能力に差があり過ぎて関係を保つのが難しい。子供同士だと尚更で、通常まず一緒には遊べない。
加護を持てば子供でも大人以上の力を発揮する。そのためただ遊んでいるだけのつもりでも、ふとしたことで相手に大怪我をさせかねないし、喧嘩にでもなったら大変なことになる。
当然対等な関係なんて作れるわけがない。
「……もしかして私の事、怖くなった?」
テイオは今まで通り接してくれるだろうか? 私は不安に思いながらテイオを見る。
だがテイオは怖がるどころか馬鹿にするかのような顔を見せた。
「は? なんでお前を怖がるんだよ? 加護なんて皆持ってるじゃないか! くそっ! 持ってないの俺だけかよ!」
何やら悔しがっていた。
私はその気になればテイオを拳ひとつで殺してしまえる。加護を持った人間というのはそういう存在だ。
だけどテイオの周りにいるのは全員加護持ちで、超一流の騎士や兵士ばかり。その中で育ったテイオは感覚がマヒしているらしい。
どうやら心配する必要は無かったようだ。私はテイオが世間知らずに育ったことに感謝する。
「ねぇ、天使級の加護の持ち主なんて滅多にいないのに何で知ってたの?」
「ああ? あんじぇくらす? そういうのは知らないけど以前王宮の侍女って人にぶつかった時、擦りむいた傷を治してくれたんだ」
シナリィか……
王宮の侍女で他人の傷を治せる天使級の加護を持っているのは知ってる限り彼女しかいない。
「それに傷を治すおまじないも聞いたぞ。痛いの痛いの姫様のところに飛んでいけって言うんだろ? その女の人が言っていた。あ、これは秘密だから誰にも言うなよ?」
あん? なんだって? あいつそんなこと言ってたのか!? これは今度詳しく聞かせてもらわないといけない。
「それよりお前が強いのはやっぱり加護の力のせいだったのか?」
男の子としてはこれまで私に体力で負けてたのが魔法のせいだったのかが気になるようだ。しかし残念ながらそれは違う。私はこれまでずっと加護の力は使わずにいたからだ。それを証明する方法もある。
「うん? 違うよ。私は今までここで魔法は使ってこなかったもの」
「本当か?」
「うん。これを見て」
私は腕に巻いたミサンガを見せる。茶色いそのミサンガはおしゃれというには地味なデザインだ。
ミサンガには一部焦げて黒くなっている部分がある。私はそれをテイオに見せる。
「このミサンガは聖炎を使うと燃えてしまう魔獣の毛から作った糸で出来てるの。ほら、ここが焦げてるのは今私が聖炎を使ったからだよ。だから、見ててね?」
わたしは皮むきの途中だった芋を手に取ると、『バーニングマッスル』を発動して握り潰す。
「!?!?!?」
テイオの顔が凍り付く。あ、やりすぎた? でも見てほしいのはそこじゃない。
「ほら、見て」
私の手の中で生のマッシュポテトが出来上がるのと同時に、ミサンガに火が点いて、あっという間に燃えて無くなってしまった。
「ね? わかったでしょ? このミサンガが燃えずにいることが加護の力を使っていない証になるの」
元々このミサンガは聖炎による魔法を使ったかどうかを監視するためのアイテムだ。
通常は子供や咎人に用いられるが、ファッションで身に着ける者や、加護持ちであることを示すため進んで身につけている者も多い。
私が付けていたのも強力な加護の力を監視下に置くためだ。
今日ミサンガを失ったことで何故聖炎を使ったのかお父様に報告しなければならなくなった。けれどそんなの別に大したことじゃない。これまで私は魔法は使っていなかったのだとテイオが納得してくれるなら些細なことだ。
多少驚いたようだがテイオの目に恐怖は無かった。むしろ子供らしい好奇心に火を点けたらしい。
「お前本当に何者だよ?」
「知りたい?」
「ああ。どうしたらお前みたいに強くなれるんだ?」
“強くなりたい”か……男の子だね。
私の秘密は軽々しく教えることはできない。でも彼の疑問に応える方法はある。
言葉だけじゃ伝えられない本気の想いの通し方。それを私はこの世界で知った。
「だったら勝負しよう」
「は?」
数日前“軍師”が授けてくれた仲良くなるための策。それはテイオが欲しているものを与えることを条件に、決闘を申し込むことだった。
思い切り全力でぶつかればお互いの事が理解できるでしょうと“軍師”と“将軍”は笑った。
番長かよ!
あまりにも汗臭い策に乗り気ではなかった。けれど私が持つ秘密をテイオが知ることを望むなら、確かに決闘に勝ってみせるくらいでなければならない。
ゲームでエリュシアリアとベルフィーナが将来を賭けて戦ったように、決闘にはそれだけの意味がある。
「シーリア・ブレイウッドはテイオに決闘を申し込みます。テイオが勝ったら、私の事全部教えてあげる。でも負けたら私のことちゃんとシーリアって名前で呼ぶこと。いい?」
私が今のテイオに負けることはほぼ考えられない。自分の望みを圧倒的に優位な状況で突きつける。
我ながら汚いね。
読んで頂きましてありがとうございます。
えりゅたんに決闘を挑まれたテイオ君。ボコボコにされて終わるのかそれとも……?
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