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ニューホライズン

主人公不在の三人称になります。


更新が滞りまして申し訳ございません。

 ガンガール商会。創業から10年に満たない新興の商会だ。商会としての規模は中の上。決して小さくはないが、主に南部の新規開拓地を中心に商圏を広げているため、王都においてはそれほど知名度は高くない。だが、3年前に会頭が変わると貴族の間で密かに注目されるようになる。


 その日、王都にあるガンガール邸のサロンには多くの若者が集まっていた。それなりに良い身なりをした彼等は10代から30代の貴族の子息、令嬢である。


 その中心に立つのはマイクロフト・デイビス。デイビス侯爵家の次男で25歳。金髪に彫の深い顔立ちに太めの体躯。脳筋国家であるセンチュリオンで彼のような肥満の貴族は珍しいが、彼等の会合は肥満率がどうも高い。


 彼等は皆、使命感を帯びた顔つきをしており、目を輝かせてマイクロソフトを見つめていた。


「諸君!! 忙しい中よく集まってくれた!! これより我らニューホライズン第21回目の会合を始開催する!!」


 集まった者達から拍手を送られマイクロフトは満足そうに笑みを浮かべる。


 ニューホライズン。反体制を叫ぶ若手貴族による集会だ。


 我らはニューホライズン!! 新たな刻を紡ぐ者なり!! (自称)


(何が“忙しい中”ですか。無役の部屋住みが偉そうに……)


 脂ぎった男が多い中で、ひとりやたら身目麗しい男が拍手を送っている。表面上はにこやかに、心の内などおくびにも出さない。彼はルイン・ガンガール。ガンガール商会の会頭であり、この館の主である。


 ルインは表面上にこやかに拍手を送りながら内心では辟易していた。


 実際彼等のほとんどは部屋住みと呼ばれる、貴族の次男、三男達だ。彼等は当主になれる立場になく、されとて自ら一旗揚げる気概も無い。ただ鬱屈したものを抱えながら日々を過ごしている、言うなればニート貴族である。


 彼等は社交界でも相手にされず、家族からも期待されず、結婚することもなく、腐ってたところ、ルインに声をかけられて、ニューホライズンを立ち上げた。そこに、容姿や性格に自信が持てず、社交界に出られない引きこもり令嬢なども加わって、現在ニューホライゾンの会員は47名。


(まったく……子守をするのも大変なのです)


 改革の志士を気取る男達も煩わしいが、自分を見るご令嬢方からの視線にもルインは辟易していた。それでも視線に気づけばにこやかに笑みを返す。


 ルインはこの場にいる貴族の男性と比べると、飛びぬけて容姿が良い。白い肌に背中まで伸びた長い銀の髪を束ね、ぴしゃりと黒のスーツを着こなした姿は男装の麗人を思わせる。そんな彼に熱を上げる令嬢は多い。


(しかし鬱陶しい……お役目とはいえなんとかなりませんかねぇ?)


 ルインは今年28歳になるが未婚な上に財力もある。下級の貴族令嬢ならば、貴族籍を捨ててでも嫁ぐ相手として申し分ないだろう。そのため彼を目当てに会合に参加している令嬢も少なくなかった。


(まあ、使えそうなら結婚も悪くないですが、センチュリオン娘は気が強くていけない。やっぱり女は大人しくて従順でないと……ああ、早く本国に帰りたいですね)


 実はルインは帝国が送り込んだ間諜であり、ガンガール商会はその隠れ蓑である。その任務は情報収集と工作員の支援だ。元々ニューホライゾンは情報収集の手段として、暇そうな貴族の子息や、令嬢を取り込んでいたのが始まりである。ルインにしてみればおだてて、食わせ、情報を引き出せればそれでいい。それだけだったのだ。


(それが、どうしてこうなったのでしょう?)


 ニューホライゾンの目的は現王家を打倒して新しい体制を作ること。だが反体制派を気取り、言ってることは猛々しいが、実際は政治や家族の愚痴を漏らしながらお茶や食事をする。彼等の活動などその程度だ。


 貴族の身分はあるが、権限は無く使える金も多くない。拗らせた者同士が集まって愚痴を言い合い、大きな権力と戦っている気分に浸っているだけの集団。それがニューホライズンの実態だった。


 そう。2年前までは……


 壇上ではマイクロフトが拳を突き上げて熱弁を振るっている。


 内容は一昨年城壁が破壊され近衛騎士団も被害を受けたという事件についてだ。


 世間一般ではそれは反体制派が送り込んだ刺客が起こしたテロ事件とされている。


「王家は自ら城壁を破壊するという暴挙を行い、卑劣にもその犯行を対抗勢力へとなすり付けた!! なんと恥知らずな行為であろうか!? 彼等に国のかじ取りをする資格は無い!!」


 そこで、申し合わせたかのように、そうだ!! そうだ!! と煩いほどの合いの手が入る。


 ルインは耳を塞ぎたくなるのを必死でこらえた。


 城壁の破壊が王家による自作自演であると叫ぶマイクロソフト。彼等は、王家が夜烏ジーンを事件の犯人としてでっち上げたことを知っている。何故か? それは夜烏ジーンを雇ったのが彼等だからだ。


 事の発端は会員のひとりが偶然、第4王女が“夢魔の試練”を受けるため夜中に近衛騎士団の演習場に向かうことを知った事にある。


 第4王女は“遷都派”最大のターゲットながら、王家によって厳重に秘匿されていたため存在を疑われる程に謎めいた存在だった。


 突如舞い込んだ第4王女の情報に平和だったお茶会は一転して紛糾する。


 今こそ王家に鉄槌を下すべき!! 第4王女の首を取れ!!


(あの時は困りましたねぇ……)


 ルインの目的はあくまで情報収集でありテロを起こすことではない。ここで下手に手を打って自分の正体がバレるような真似は避ける必要がある。だが、血気にはやったマイクロフト達を止めることはできず、結局ルインは知り合いの伝手から暗殺者を雇うことになった。それが夜烏ジーンである。


 夜烏ジーンは暗殺者として腕はそこそこだが、無関係の人間も殺す癖があるため同業者からは酷く嫌われている男だった。


 正直、暗殺が成功するなどこれっぽっちも期待していなかった。むしろ失敗させるのが目的だったのだ。雇った暗殺者で第4王女を殺したとしても、帝国の利にはならず、むしろ帝国兵は暗殺者にも劣ると笑いものになるだろう。ニューホライゾンの連中に王家に対してやってやったという満足感を与えられればそれでよかったのである。


 予定通り、夜烏ジーンは失敗し、ルインはセンチュリオンで暗殺を請け負う業者との繋がりを手に入れた。


(まあ、彼等の手を借りる事はもう無いでしょう。外道とはいえ彼等もこの国の民。私が帝国の間諜と知られたら寝首をかかれかねません)


 立派にテロリストの仲間入りを果たしたニューホライズンの面々だが、これによってより連帯感を強めることになったようだ。


 それから2年。捜査の手が彼等に及ぶことはなく、また第4王女の情報が無かったことから彼等のお茶会は大人しいものになっていたが、先日起った城門前での騒ぎが彼等に再び火を点けた。


 メンバー達の声援や拍手を受けて、気を良くしたマイクロフトの演説は続く。


「先日城門前で近衛騎士団と帝国の工作部隊とで戦闘が行われたのは皆も耳にしていると思う。詳しい発表はなされていないが、我々はある情報筋から帝国の狙いが帰還する第4王女だったことを突き止めた!! 許されるか諸君!! 一般市民が王女ひとりの為に巻き添えを食らうことになったのだ!! しかもその情報を王家は今も隠している!!」


 許せない!!


 王家は横暴だ!!


 第4王女の首は我らの手で!!


 こんな連中でも、情報網だけは侮れないとルインは苦笑いだ。だからこそ、この馬鹿みたいな会合にも付き合っているのだが……


(なるほど。シーリア・ブレイウッドと第4王女は同一人物でしたか。これは下手に手を出せませんね。工作部隊も壊滅状態。アナハエムの協力者も捕まってしまいましたし……やれやれ。本国に伝えたら何と言われることやら……)


 王女を殺せ!!


 王家を潰せ!!


 そんな声があちらこちらから聞こえてくる。


 そんな異様な空気がが流れる中で、ルインはひとり嘆息する。


「ルイン!」

「これはこれはマイクロフト様。この度も素晴らしいご高説でした」

「うむ!」


 ルインの真意も知らず、マイクロフトがルインに声をかける。

 マイクロフトは実家では立場が低く肩身の狭い思いをしているため、久々に承認欲求を満たされて上機嫌のようだ。


「第4王女の行方は現在わかっていない。俺達はなんとかその行方を探ってみるつもりだ。見つけたらまた力を貸してほしい」


 実行力の無いマイクロフトにとってルインだけが頼りだ。また刺客の調達を頼みたいのだろう。


(嫌です!!)


 とは思っても言わない。竜が出るとわかっていて誰が藪をつつくものかと……


「はて? 第4王女は既に王宮にいるのではないのですか?」


 南部から戻ったならば王女は再び王宮の奥で厳重に護られているはずだ。第4王女としても、シーリア・ブレイウッドとしても彼女は命を狙われる理由がある。


(まさか、王宮に攻め込めとは言いませんよね? できるもんならとっくに我が国でやってますよ?)


 王宮の守りは固い。常に一騎当千の近衛騎士に護られ、侍女といえど侮れない戦闘力を持っている。城からも近く、応援も直ぐに駆けつけてくる。


 王宮を攻めるのは100人やそこらの諜報部隊では不可能だ。暗殺するにしても、侵入すら厳しい。出入りの業者や使用人のガードも固く、恫喝や金銭で内通者に仕立てようと接近すれば、逆にこちらの尻尾を掴まれかねない。


 王族が広大で頑強なセンチュリオン城から王宮に転居したのは伊達や酔狂ではない。10万の大軍ではなく、数人のテロリストから王族を護る為、必要に迫られての事なのだ。


 そんなところに、例え彼等ニューホライズン47士が完全武装で乗り込んでも、あっさり全滅だろう。そのくらいはわかってるはずだと、ルインは首を傾げる。


 だがマイクロフトは得意げに胸を張る。


「どうやら第4王女は王宮を出て市井で教育を受けているらしい。護衛も少数のはずだし見つけられれば首をあげるチャンスだ」


(それはそれは!! 貴方達も王女を見習うべきですね!!)


 とは思っても言わない。というか、本当に情報網だけは侮れない。


「畏まりました。その日に備えて人手を集めておきましょう」

「頼んだぞ」

「ええ、お任せください」


 いつも通り従順なふりをして頭を垂れる。


(精々うまく隠れてください第4王女。見つけてしまったら流石に仕掛けないわけにもいきませんからね)


 ルインは妖しく笑みを浮かべると、差し出されたマイクロフトの脂ぎった手を嫌々握った。

読んで頂きましてありがとうございます。今回ちょっと悪者について書かせてもらいましたが……こいつらで大丈夫か!? 


よろしければ感想やご意見などお聞かせください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私はこの「テロ組織」を笑います。 実はとても黒い話ですが、コミュニティ意識や生活のせいで極端になってしまう人たちが集まって、ほとんど役に立たず、敵に情報収集に使われているのはありがたいです…
[一言] 作者さん、更新はお疲れ様です! こんなのも存在しますかぁ。国内に悪者が多いですね。。。 而も主人公さんは何時も発見され狙われますね。。。
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