王家の人々~お母様~
エリュシアリアの瞳の色が空色→暁色に変更されました。
ここでゲームでのエリュシアリアについて少し詳しく説明しておこう。
本名はエリュシアリア・ミュウ・センチュリオン。センチュリオン王国の第4王女だ。
柔らかな色調の淡い金色の髪に暁色の瞳。尖ったところが無い、野花のように可憐な容姿をした、それはもう天下無敵の美少女だ。
身長165cm。
体重54kg。
スリーサイズ86(Ⅾ)/58/85。
ゲーム開始時は15歳。スタイルも良くて、学院の制服やドレス姿の他に、イベントで見せるちょっとエッチな格好でもバッチリ決まる。その上成績優秀。運動神経抜群で剣術や体術の腕は男勝り。性格は普段は呑気でおおらかだが、やるときはやる。ゲーム中では猫科の猛獣に例えられていた。
強くて優しいまさに理想のお姫様。それでも彼女は落ちこぼれのお姫様だった。それは彼女が物語開始時に女神の加護を持っていなかったからだ。この国の人々は女神から与えられる加護の力、聖炎をその身に宿すことで、何倍もの力を発揮したり、様々な魔法を扱うことが出来る。平和な時代が続き、加護を持つ者は減ってきてはいるものの、王女でありながら加護が無いことにコンプレックスを持っていたエリュシアリアは独学で剣を学び、強くなろうと頑張っていた。
ゲームだと序盤に覚醒イベントがあって、エリュシアリアは非常に強力な加護を得る。彼女の活躍はこうして始まるのだ。
また、エリュシアリアは王族の中でもかなり特殊な立ち位置にいた。
母親は第3王妃エルドリア。第3王妃から生まれた第4王女ということもあって、エリュシアリアの王族としての序列は低い。だが、エルドリアは国内最大の軍事力を持ち、武闘派上がりの貴族達に絶大なカリスマを持つバーテック辺境伯家の長女だった。王家の権力とバーテック辺境伯家の軍事力を後ろ盾に持つエリュシアリアの影響力は序列で上の兄や姉よりも遥かに大きい。そこで困るのがエリュシアリアの結婚相手である。
王族の結婚相手など政略結婚が当たり前。恋愛結婚なんて夢か童話の中くらい。それが王家に生まれた者の宿命というもの。しかし、エリュシアリアの場合はあまりにも実利が大きすぎて、強権で結婚相手を決めると絶対に反発が起きる。そこで国王はエリュシアリアに自由恋愛を認め、結婚の暁には新たに大公家を興すことを宣言したのである。
それは太平の世にあって変化に乏しく、マンネリ化した貴族社会に新たな風を吹き込みたいという国王の目論見もあってのことだった。
当然エリュシアリアの元には国内外から求婚者が押し寄せてくる。だが、色恋に奥手のエリュシアリアは逃げ回ってばかりで一向に相手が決まらない。
呆れた国王は、エリュシアリアにある条件を突きつけた。
「王立修学院での3年の間に相手をみつけろ。できなければ修道院へ行ってもらう」
物語はこうして始まる。
始まるのだが……
始まるんかなーー?
正直始まらないでほしいエリュシアリアinあんずです。
✤✤✤
その人は唐突に現れた。
どんっ! と音を立てていきなりドアが開いて、すらっとした美女が部屋に入ってくる。金色の髪をアップにまとめた、ゲームのエリュシアリアによく似た女性。
「エルドリア様!?」
驚くシナリィに目もくれず、美女は私をロックオンすると、駆け寄って抱きかかえる。
「エリュ! 私の可愛いエリュ! もう会いたかったわ!」
はい。この人は、私の母親で第3王妃その人です。
めっちゃ若くて、確か今22歳だっけ? 見た目はエリュシアリアを理知的にした感じで、背が高く体型はスレンダー。タイトなスカートのスーツ姿がよく似合っている。
非常に仕事ができるようで、外交の達人と呼ばれているらしい。
今夜帰ってくるって聞いてたのに……なんでいんの?
偽物ってことは無いよね?
お母様に化けた暗殺者なら、私の第二の人生はここで終了です。
まあ、その心配はなかったようで、私はハグされて、頬ずりされて、ほっぺたやおでこにキスの嵐をうけています。
お母様に間違いないけど苦しい……激しすぎる愛情に潰れそう。やっぱり、私の第二の人生ここで終わるんじゃないかな!?
ちょっと、シナリィ! 助けなさいよ!
目で訴えかけると、伝わったようだ。
「あの……姫様が苦しそうにしていますけれど」
「がるるるるる!!!」
「ひぃ!」
威嚇されて縮こまってしまうシナリィ。でもよく頑張った!
ちょっとお母様。シナリィをいじめないでよ!
「おかあたま! 苦しぃ、はなちて!」
「あら? あらあら、私ったら!?」
私が必死に訴えると、お母様も腕の力を緩めてくれた。
「ごめんなさいエリュ。シナリィも。いけない。つい本能のままに動いてしまったわ」
獣ですか? それでよく王妃やら外交やらが務まるものだと不思議でならない。
正気に戻ったお母様だが、私のことはだっこしたまま離すつもりはないようだ。
「あの……エルドリア様? 今夜お帰りになるはずでは?」
「晩餐会をキャンセルして1日早く帰って来たの! エリュに早く会いたくて! 本当は昨日の夜には帰ってきてたんだけど夜遅かったし、城で陛下に報告して、そのまま……ね」
ドタキャンの上に朝帰りですかお母様。わからないと思って子供の前で平気で口にしないでください! シナリィだって若い娘さんなんですから! ほら真っ赤になってるじゃないですか! 可愛いなぁもう!
勿論、私は気づかないふりをするけどね。
「えっと……おかえりなたい、おかーたま」
「ええ、そうよ! ただいま! やっと帰ってこれてわ! エリュはちゃんとおかえりも言えるのね! 偉いわエリュ! ああ、エリュ……私はもうあなたを離さないわ!」
お母様。それ前にも聞いた気がします。でもすぐに仕事に行って、今日まで1ヶ月ほったらかしでしたよね?
お父様も王宮に帰らずお城で寝泊まりすることが多くてあまり会えない。まあ、王様だから仕方ない。
まあいいんだけど。親が忙しいのは前世の頃から慣れてるし。愛されてるのも、大切にされてるのも分かるから。
それに、桜井あんずとしての意識が目覚めているせいか、親子と言われてもいまいち実感がわかない。
いや、身体が甘えたがってるのはわかっている。だが桜井あんずの意識がそれを阻んでいるのだ。
親子だという実感がないこともあるけれど、何より私はお母様の運命を知っている。
ゲームにはお母様は登場していない。エリュシアリアが10歳の時に事故で死んでしまうのだ。
この世界でお母様がこのままゲームと同じ運命を辿るのかははわからない。
でも、家族と別れるのって辛いんだよ?
一度死んで、桜井あんずの全てを前世に置き去ってきた私はそれをよく理解している。
だから私は今の家族にどこか心を開けないでいるのだ。
「シナリィ。悪いんだけど、この子の顔を拭くものを持ってきてくれるかしら?」
私の顔は今お母様の口紅の跡でべたべたですからね。
「はい。すぐに」
部屋を出ていくシナリィ。早く戻ってきてーー!
私は心の中で叫ぶ。
「おかあたま、今度はいつまでいるの?」
お母様のことは嫌いではない。決して嫌いではない。ただ 正直どう接していいかもわからないのだ。それで子供らしからぬドライな対応になってしまうのだけれど、それを周囲は大人びた反応ととらえて勝手に神童だと思い込んでいたりする。
こうしてたまにしか会わないくらいで丁度いいのだ。
親は元気で留守がいいって言うでしょう?
「行かない。私はもう何処にも行かないわ! ずっと貴方と一緒よ!」
はい嘘ですね! 前にも同じこと聞きました!
「エリュのためならなんだってするわ! 友好国の国王の誘いくらいぶっちしてやるわよ! 息子の嫁にエリュをよこせって訪問中に何度も言われたわ! エリュを外国にやれるわけなんてないのに、何処へ行ってもうちの子とうちの子とってそればっかり! わたしはエリュを政治の道具になんか絶対にさせない。エリュは絶対幸せな結婚をするの! そのためなら友好国だろうが帝国だろうが宣戦布告してやるわよ!」
お母様……わからないと思って怖いこと言わないでください。でも、ありがとう。愛してくれてるのはわかっているよ。っていうか、私大人気だね。こりゃ下手に政略結婚させられないってのも仕方ない気がする。
「大体、エリュのことをどこから掴んだのかしら? ほんとこの国は情報戦となると駄目ね。筋肉ばかり鍛えてないで、他国の強かさをこの国の貴族達も見習ってほしいわ」
あ、はい。私が秘匿された王女って設定はゲーム通りなんですね。たしか設定では、エリュシアリアの存在は12歳になるまで国民に公表されなかった。
エリュシアリアの影響力がそれだけ大きいってことだね。
今は私のことなんだけど……
ほんと、私にエリュシアリアが務まるのかね?
「おまたせしました!」
お湯の入った桶とタオルを持って、シナリィは思った以上に早く戻ってきた。流石、王族に使える侍女さんだけあって仕事が早い。
「おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました。ハンナさん。ココ。シナリィも私が留守の間エリュの面倒を見てくれてありがとう」
部屋に入って来たのはシナリィひとりではなかった。年配の女性と、10代後半のややふっくらした女性を連れている。どちらも王宮に務める侍女で、年配の女性は侍女長のハンナさん。ふっくらしてるのはココさん。ココさんはとっても力持ちで、お母様の暴走を物理で止めるために連れてこられたようだ。
「恐れ入ります。ただ、今後は先ぶれより早く帰るような真似は控えていただくようお願いします」
「え、ええ。気をつけるわ」
「それから門前での騎士への対応ですが……」
ハンナさんに叱られるお母様を尻目に、私は温かいタオルでシナリィに顔を拭いてもらう。お母様はハンナさんよりこっちが気になるようだ。本当は自分でやりたいのだろう。
「エルドリア様? 聞いていますか?」
そーだ、そーだ! お母様はちゃんとお説教聞いててくださいね。私も顔を拭いてもらうならシナリィの方がいい。お母様は色々豪快すぎるのだ。
王妃とはいえ、前触れもなく突然帰ってきたのだから、皆さんびっくりしたことだろう。王宮の警備をしている近衛騎士樣を相当困らせたみたいだ。
本人か確認しようとした騎士様に向かって、私の顔を見忘れたか! で押し通したらしい。暴れん坊にも程がある。
そんなこんなしているとドアを叩く音がした。
ノックの後、スーツ姿のパリッとした女性が入ってくる。お母様の秘書官を務めるパメラさんだ。
今日はやけに来客が多いなぁ。普段はシナリィと、兄さま達が遊びに来るくらいなのに。
「失礼します。エルドリア樣はこちらに?」
パメラさんは王宮の人間ではなく外務局の役人だ。お母様は外交であちこちの国を飛び回っているから、普通の侍女では補佐が務まらないらしい。外交機密とかあるし、王宮の侍女は皆、良いところの貴族の令嬢だから、ほいほいと国外には出せないのだ。
「パメラ? どうしました?」
これ幸いと、お説教から逃げ出すお母様。王宮までわざわざお母様を探しに来たのだから、緊急なのだろう。ハンナさんも咎めたりはしなかった。
「失礼いたします」
パメラさんはお母様と部屋を出る。すぐに戻ってきたが、そのときにはもうお母様の顔つきが変わっていた。私の前で見せていただらしない顔つきじゃなくて、やり手の女性の顔だ。そしてまた何処か行っちゃうときの顔だ。
わたし、お母様のその顔好きです。
「ハーベル法国で大司教様が倒れられたそうです」
侍女さん達の顔が曇る。
大司教とはセンチュリオン王国で国教とされている女神信仰のトップである。
センチュリオン王国を含む北西諸国連合の国々は女神タグマニュエル樣から加護を受けて発展してきた。その信仰の中心人物である大司教は事実上北西諸国連合の盟主と呼んで過言ではない。
「私は陛下の名代としてすぐにハーベル法国へ向かいます。ココ、準備を手伝って。シナリィ、エリュをお願いね」
「「畏まりました」」
ハーベル法国とは、女神信仰聖地であり、神殿がある都市国家だ。大司教は神殿の最高司祭であると同時に国家元首でもある。
センチュリオン王国の王都アルゴノーツから、ハーベル法国までは急いで向かっても10日はかかるらしい。情報がもたらされるまでに数日が経っていることを踏まえると、既に大司教様が亡くなられているという事態も想定して動かなければならない。
迷わず自らハーベルへ赴く意思を固めるお母様。母様が外交で成果を出し続けているのは、このフットワークの軽さも大きいだろう。テキパキと支持を出すお母様は、正に王妃の姿である。私にはそれが眩しい。
私、やっぱりこの人好きです。
ぐいぐいとココさんを引っ張っていくお母様。本来逆のはずだったのに……ハンナさんとパメラさんもそれに続いて部屋から出ていった。
そして私は……
「それじゃあ姫様。私達はお散歩に行きましょうか」
「あい」
別に予定は変わりませんよ? 子供だもん。
因みに、お母様がハーベルについた頃には、既に大司教様は天に召されていたそうだ。お母様は葬儀と新しい大司教様の就任式にぎりぎりで間に合い、国の株を大いに上げたとのこと。
読んで頂きましてありがとうございます。m(_ _)m