テイオと女の子
前半と後半で視点になるキャラクターが違います。
俺の名はテイオ。姓は無い。
物心ついて間もない頃に家族を亡くした俺は、城の厩舎に預けられて馬丁見習いとして暮らしている。
姓が無いのは一応里親募集中だかららしい。
まあどうでもいいけど。
親方や他の馬丁の人達が可愛がってくれるし、親はいないけど俺はきっと幸せなんだと思う。
たまに見習いの騎士と話すことがあるけど、その人達がすっごい俺の事を羨ましがるんだ。
騎士を目指のは恵まれた環境に育った“えりーと”って呼ばれる人達だ。全員ってわけではないけど大抵はそうだ。
そんな“えりーと”が羨しがるくらい俺は恵まれているらしい。
普段一緒に暮らしてるとわからないけど、実はここにいる人達はすっごい人ばかりなんだってさ。
で、そのすっごい人達が最近俺の事を羨ましがっている。
原因は最近やってきた新入り。
俺と同い年の女の子で、やたらと俺に構ってくる。
幼馴染ってなんだ?
でもそれが男の浪漫らしい。大の男が拳を握って羨ましがっている。
何がいいんだか。
そいつのおかげで俺は朝ひとつ仕事が増えた。
「おい! 朝だぞ起きろ!」
新入りを遅刻しないように叩き起こすのが俺に任された新しい仕事だ。その分早く起きなくちゃいけなくなったから俺はちょっと機嫌が悪い。
強くドアを叩くがいつも通り無反応。
どうやらまだぐーすか眠っているようだ。ここへ来てもう一週間になるが、そいつは俺が起こしに来るまでに起きていたためしが無い。
仕方なく俺はドアを開けてそいつの部屋に入る。
せっかく付いてる閂もかけられている様子は無い。まったく。こいつが来るっていうから新しく付け直したってのに。
中に入ると俺や他の部屋と違うなんだかいい匂いがする。
昔嗅いだことがあるような、懐かしい匂いだ。
女の子ねぇ……
最初女の子が寮に来るって聞いた時、親方や厩舎の皆からは護ってやれ、気を使ってやれって散々言われた。
女の子というのは砂糖菓子より甘くて繊細で、壊れやすいそうだ。だから男のお前が護ってやるんだぞってさ。
騙された……
実際に会った女の子は俺よりずっと強かった。護る必要ないじゃん。
それに謎だらけだ。
馬丁の皆はそいつの事を“サージ”と呼ぶ。でも確か名前はシーリアだったよな? “サージ”ってどこから出てきたんだよ? ここにいる人達は“しょーぐん”とか“だんちょー”とか愛称で呼ぶことが多いから“サージ”も愛称なんだろうか?
意味を聞いても誰も教えてくれない。
それにいつも朝掃除が終わるといなくなる。どこ行くのか聞いても教えないし、こっそり後を追ってもすぐに見失ってしまう。
晩飯の前に帰ってくることもあれば、そのまま夜まで姿が見えないこともある。
けれどいつの間にか帰ってきて、朝には部屋で寝てやがる……
ほんと。なんなんだ?
ベッドの上で眠るそいつを見る。まあ見た目は俺が見たことある女の子の中で3番目くらいには良いんじゃないだろうか?
俺はいつものようにそいつの肩を揺さぶる。
「おい。早く起きろ。遅れるぞ?」
「んっ……く~、すやぁ……」
まったくしょうがないな。俺はそいつのおでこにデコピンをする。
「ひゃあっ!?」
流石に目が覚めたらしい。そいつは悲鳴を上げてびっくりした顔で俺を睨む。けど俺の指も痛かったぞ。石頭め。
「あいたぁ! もうっ! テイオ~~!?」
「起きたか? 時間だぞ?」
起きたのを確認すると、俺はさっさとこの場を退散することにする。
デコピンの仕返しとかされたらたまらないからな。
こいつは俺によく“ぷろれすわざ”とかいう妙な技をかけてくる。でも今は勘弁してほしい。遅刻すると俺まで怒られるからな。
「待ってテイオ」
「な、なんだよ?」
俺は恐る恐る振り返る。“ぷろれすわざ”は勘弁だ。
だがその心配はなかった。そいつはまだベッドの中にいたからだ。
「おはよう! 起きたらまずおはようだよ」
なんだよ。起こしてもらったくせに偉そうに。
「いいだろそんなの。早くしろよ」
「だめ! おはよう!」
ったく。しょうがねぇな……
「……お、おはよう」
「うん! おはようテイオ!」
……まったく。嬉しそうにしやがって。
いつの間にか俺はこいつの思い通りに動くようになってしまっている気がする。よし決めた。もうこいつの言うことを聞くのを止めよう。俺の方が先輩なんだからきっちり示しってのを付けないとな。
「ねぇ、テイオ」
「なんだよ?」
「そこの服取って」
ほら来た! もう聞いてやらないぞ!
「自分で取れよそんなの」
「えーー! 裸見られるの恥ずかしい……」
シーツを握ってもじもじしてるのはそういうことか。まあ、暑いからな。裸で寝てるのは不思議じゃない。
寝間着なんて上品なもの着る奴ここにはいない。暑ければ脱ぐ。それだけだ。
「いまさら……」
「あん?」
睨まれた。面倒だな女って。
俺は畳んでおいてあった服をベッドに放ってやる。
「これか? ほら」
「ありがと。じゃあ出てって」
「まったく。急げよ?」
「はぁい」
ん?
ドアに手をかけて気が付いた。
最初から俺が出てけばよかったんだよな? 服取ってやる必要なかったよな?
くそっ! やられたっ!
「お前!! いい加減にっ!?」
振り返ると、そいつはベッドから出ようとしているところだった。薄暗くてよく見えないが、確かに裸で寝てたようだ。
目が合う。やべ……
「テイオのすけべ!!」
「いや、まて!? ぐふぁっ!?」
案の定、俺は飛んできた枕を顔で受けことになった。
理不尽だ……
枕からは懐かしい……女の子の匂いがした。
✤✤✤
「お疲れ様でした!」
朝、厩舎の掃除が終わると私達は一時解散になる。馬丁達は水浴びして食堂へ行くなり、馬の運動と称して乗り回すなり、昼前までは各々好きに時間を使っている。
日中には馬の半数は出払っているし、城にいるのは3歳以上の調教済みの馬ばかりで実はあまり手間もかからない。
城の馬丁とは本当に馬好き倶楽部状態なのだ。
給料は殆ど出てないみたいだけどね。元々十分な稼ぎがあり、年金貰ってる人達だからそれでもかまわないのだろう。気の合う連中と城にいる最高級の馬を任されて彼等は幸せなのだ。
暇になったところで私はテイオに声をかけた。
「ねー、テイオ! 一緒に遊ぼう?」
「ん? お前いつもどっか行くじゃないか。今日はいいのか?」
「うん。今日はお昼過ぎまで暇なの」
今の私は馬丁見習いのシーリアと、王女エリュシアリアのふたつの顔を持っている。
ダブルフェイスとか言うとちょっとかっこいいよね。軍人としての顔も入れるならトリプルフェイスで公安のあの人と一緒だ。
普段は午前中に王女として城で勉強しに行くんだけど今日は都合で午後からだ。だから厩舎の方の仕事はお休みさせてもらうことになる。
厩舎は夜が早いし、夕飯は皆でとるからその準備とかで午後の方が忙しい。
「ふうん。遊ぶってなにするんだ?」
「何でもいいよ? かけっこでもチャンバラでもお相撲でも」
テイオが呆れた顔をする。
「お前本当に女かよ?」
「悪かったね。ままごとなんて生まれてから一度もやったことないよ」
一般庶民と違って一夫多妻が当たり前の王侯貴族の女子はままごとをやらない。やっても修羅場にしかならないからね。
前世の記憶にもないな。物心ついた頃にはひとつ上の兄とポ〇モンやってた気がする。
でもかけっこ、チャンバラ、相撲をした経験はどっちにもある。
剣術、相撲、早駆けは貴族の嗜み。これセンチュリオンの常識ね。ティーカップより重いものを持ったことが無いような深窓のご令嬢なんてこの国にはいないんじゃないかな?
女の子の遊びは平民の方がよく知っていると思う。
だがテイオは私と遊ぶことを断った。
「俺は忙しいんだ。これから獣舎に手伝いにいくからな。お前と遊んでる暇はないんだよ」
テイオは時々獣舎の方へ手伝いに行ってお肉や卵を貰っている。別に食うには困らないし、子供だからもっと遊べばいいと思うんだけど、城には他に子供もいないからね。テイオも暇を持て余して手伝いを始めたらしい。
「えー、なら私も行っていい? 手伝うよ?」
「駄目だ。お前馬鹿力な上にがさつだし、絶対卵割って怒られる」
「そんなことしないよ~」
「いいや。お前はやる。それにお前だっていつもどこ行くのか教えてくれないだろ? だから俺もお前をつれてってやらない。じゃあな」
そういってテイオは獣舎へと走っていった。
「ふーむ」
獣舎へ向かうテイオの背中を私は大人しく見送る。まだテイオとは心に距離がある。それを強引に詰めようとするのは逆効果だろう。
特に今日は仕事中も機嫌が悪そうだった。毎朝幼馴染に起こされるイベントを満喫している私だが、流石に今朝はやりすぎたかもしれない。
私はテイオと仲良くなりたい。でもテイオもそれを望むだろうか?
私が頭を悩ませていると背後から笑い声が聞こえてきた。
「ふはははは! テイオめ“サージ”の誘いを断るとはやはり子供であるな」
「左様。10年後に後悔しても遅いというのに」
そこにはアラフィフくらいのおっさんがふたり、木の影に隠れるようにして立っていた。ふたりとも厩舎に努める馬丁で、見るからに豪快そうなのが“将軍”。やや神経質そうなのが“軍師”と呼ばれている。
勿論本名はちゃんとあるが、この厩舎では身分や序列に関係なく皆愛称で呼び合うのが普通だ。愛称は引退前の肩書から適当につけられるらしい。“将軍”と“軍師”は元騎馬兵団の将軍と参謀本部の指令だった人達だ。
因みに私は軍曹だったことから“サージ”と呼ばれている。
どうやら私達のやり取りを生暖かい目で見守っていたらしい。
「“将軍”に“軍師”見てたのですか」
「うむ。“サージ”がテイオに袖にされるところ。しかと見届けた」
「同じく」
「もう! 袖になんてされてないし! ちょっと時間が合わなかっただけだし!」
「ははは。“サージ”はテイオのような男が好みか。まあ、成長すればそこそこ見れる面にはなりそうではあるな」
「左様。将来顔だけの男に騙されぬよう気を付けた方がよいですぞ?」
「もう揶揄わないでください!」
私はプイっとそっぽを向く。
そんな私をニタニタ笑みを浮かべていた“将軍”と“軍師”だったが、やがて笑みは消えて真面目な顔つきになる。
私もその理由は分かっている。皆、私とテイオが親しくなることを心の底では好ましいと思っていないのだ。
「“サージ”……いえ姫様。お言葉ですがあまり親しくし過ぎるのもいかがなものかと。別れがつらくなりましょうぞ」
あえて私を姫と呼んだからには真面目な話なのだろう。私も頭を王女エリュシアリアに切り替える。
“将軍”の言葉は尤もだ。王女と孤児の馬丁では身分に差がありすぎる。会えるのは今だけ。それが終わればもう二度と会うことは叶わないだろう。
私が厩舎の寮に預けられているのはお父様の都合であり、その要件が片付けばすぐにでも王宮に戻されるか、軍に復帰するか。もしかしたらまた別の場所に預けられるかもしれない。
たぶんここにはそう長くはいられない。
“将軍“が“軍師”に何か目配せすると、“軍師”は頷き重々しく口を開く。
「……彼の親は爵位を剥奪された元貴族なのです。もし姫様と親しくしていると知ればいらぬちょっかいをかけてくる輩がいるかもしれません」
私ははっと息をのむ。そういえばテイオに姓が無い意味を深く考えていなかった。
「それは!? 知りませんでした……」
“軍師”はテイオの両親が大罪を犯し家が取り潰しとなったことを語った。その両親も獄中で既に病死しているそうだ。
テイオに姓が無いのは名乗る家名を失っていたからだったのだ。
センチュリオン王国は連座制を廃止しているが、このように残された親族にペナルティが無いわけではない。また身内に犯罪者が出れば世間の風当たりが厳しいのはこの国でも同じである。貴族の生まれならばなおさらだ。
彼もまた心無い者からの迫害から護るために厩舎に保護されていたのである。
私は彼の事情にこれまで気が回らなかったことを恥じた。
それでも……
「せっかく同年代の子供と触れ合う機会を得たのですから、私はそれを楽しみたいのです。それが誰であっても、私は出会い無駄にしたくありません。我儘を言っているのは重々承知でお願いします。彼と友達になることを許してくれませんか?」
「あの子が悲しむことになってもですか?」
“軍師”の鋭い視線を受け止めて私は頷く。“将軍”や“軍師”が懸念するのも当然だテイオは厩舎の皆に育てられ愛されているのだから。
「勿論です。私だけ寂しい思いをするのは嫌ですから。テイオには悪いですが同じ思いをしてもらいます。ああ、彼が私の為に悲む事を今から考えるのはあまりに自惚れが過ぎますね」
もしかしたら将来皆を救えないかもしれない。その時後悔しないために、大切な思い出をいっぱい作っておきたかった。
今思えばゲームでのエリュシアリアにはそれがなかった。ずっと王宮で隠されて育ったが故に、戦に敗れ仲間も失った彼女は、もう家族の亡骸の前で死ぬことを望むしかなかったのではないだろうか?
ゲームのキャラのことだし、それもシナリオと言ってしまえばそれまでだが。
「どんな事情があろうと私は彼と友誼を結びたいと思います」
「姫様……」
「おふたりはこの国に10年後があると思いますか?」
その言葉に“将軍”は目を見開き、“軍師”は目を細めた。流石長年軍の中枢にいただけのことがある。今の平和の危うさに彼等も思うところがあるようだ。
「御免なさい戯言を申しました。ただ、私は常に心残りがない生き方をしたいと考えているのです。何時、何があってもいいように……」
死んでから後悔なんてもううんざりだから。
自分が一度死を体験した転生者だから言ってるわけではない。軍で何度も死線を潜り抜け、城門前で暗殺されけて、自分の無力さを知った。その経験の方が今は大きい。
だからこそ、元軍人である彼等の理解が得られるのではないかと期待した。
だけど“将軍”と“軍師”は緊張した面持ちを崩さない。いや、むしろ皺が増したように思う。
まあ、簡単に理解してくれってのも無理な話だろう。
にらみ合いが数秒間続いた。流石歴戦の軍人凄い威圧感だ。
駄目か……そう思ったとき。ふたりの老兵はがっくりと膝をついて涙を流し始めたのだ。
……なして?
「なんということだ! 幾多の戦場を経験した兵士が言うならばまだしも、斯様な言葉を貴方のような幼い娘が口にするのを聞くことになるとは……陛下も軍もなんとも酷な真似をする」
「左様。姫様の言う通り、この国の平和は上辺だけのもの。実際辺境では魔獣が跋扈し、帝国との戦は小康状態なだけで未だに数多の血が流れております。幼い姫様をそのような地に送らねばなならなかったのは我ら大人の力不足であるが故。かつて将だった者として謝罪いたします」
ちょっと。何よそんなの今更言われても!? 辛気臭いのは勘弁だ。私はひとりの女の子として楽しもうと思ってるだけのに!
「あ、頭をあげて下さい! もう! 私はお父様も軍も嫌ってはいませんよ! おかげで色んな事学べましたし! 良い出会いもありましたし!」
私が慌てて取り繕うと、“将軍”も“軍師”も頭を上げた。
「やれやれ、これではどっちが子供かわかりませんな。姫様の方が我らより余程大人に思えてきますぞ」
「左様。テイオの前での無邪気な姿と今の姿。とても同一人物とは思えませんな……王家が隠す鬼才の姫と噂だけは耳にしていましたが、姫様は本当に子供なのですかな?」
「当たり前ではありませんか」
鬼才の姫って何? どこでそんな噂が立ってたんだろう?
でもふたりが不気味に思うのも仕方がない。今の私は思春期に命を落としたあんずの記憶と、王家で受けた教育が絡み合って人格が形成されている。
子供としての姿も、王女としての姿も全て私なのだ。
「私はこれまであまり同年代の子と接した事がありません。それは彼も同じだと思うのです。ですからどうか知恵を貸してください。どうやったらテイオと仲良くなれるでしょうか?」
“将軍”が私の目を見て問う。
「本気なのですね?」
「ええ、本気で彼には私の幼馴染になってもらいます!」
「ふむ……」
ふたり後ろを向いて何やらごにょごにょ話し始めた。
(ふう……姫様は罪作りでありますな)
(全く、我らもあと40年若ければ……本当に悔やまれる)
(左様……焦らずともテイオなどすぐにでも……)
(それはそれで奴が不憫だが……いや初恋などそんなものだろう)
(ふむ。“将軍”も覚えがおありで?)
(それは“軍師”もであろう?)
(ははは。では決まりですな)
(うむ。我らは姫様を全力で手助けしようではないか!)
(御意。やれやれ。テイオもとんでもない方に目を付けられたものですな)
話がまとまったのか、打って変わって爽やかな顔をした“将軍”と“軍師”がこちらに向き直る。
「我ら姫様の力となりましょう」
「左様。そこで自分に妙案がございます」
「本当ですか!?」
さすが“軍師”と呼ばれるだけのことはある。目を輝かせる私に彼は言った。
「決闘です。欲しいものは力尽くで得ればいいのですよ」
「は?」
腕組して頷く“将軍”。
やっぱり、相談する相手を間違えたかもしれない。
悪役令嬢のフレーズに騙されて来てくださった読者の皆様。ごめんなさい。
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