シーリア・ブレイウッド~前編~
新章に入ります。
作風がかなり変わります。
主人公不在の3人称です。
その日、王はある報告書を受け取っていた。
それはアイアンラインと呼ばれる、魔界との緩衝地帯を警備する駐留軍司令官からのもので、エリュシアリアのことが書かれている。
あの歴史に残る裁判から2年。現在王宮に第4王女の姿は無い。
彼女は今遥か南の地で日夜魔獣と戦っている。報告書には彼女の著しい戦果が記されていた。
「派手にやっているようだな」
報告書を読んで王は言った。娘の活躍と成長に王の表情は実に楽し気である。
「はい想像以上の成果です。ですがやること成す事派手過ぎて隠しきれません。既に帝国に目をつけらていることを想定すべきかと」
報告書には宰相も既に目を通している。だが王と違い、こちらはやや困った顔をしていた。
宰相の指摘に王も表情を曇らせる。
「ふむ……そうだな。軍の方に取り込まれてもやっかいだし、そろそろ呼び戻す時期かもしれん。力の制御の方も問題ないのだろう?」
「はい。問題無いようです。ただ呼び戻すにしても、王宮に戻すというのもいかがなものかと」
「そうだな……あの子には王宮に閉じ込めておくよりも、もっといろいろな事を学ばせたい」
「引退した騎士が開いている城下の道場にでも預けますか?」
「うーむ。何かあったとき、市民を巻き込みたくはない」
「ですな。奥方様方や、殿下達がお忍びで遊びに行くのも目に見えています」
王はしばらく考えて、面白いことを思いついたかのようににやりと笑みを浮かべた。
「私にいい考えがある」
宰相はとても嫌そうな顔をした。
「無関係な者が普段近づかず、腕の立つ連中が揃ってる場所があるではないか」
王の言葉に宰相もそこが何処かを思い至ったようだ。
「なるほど。しかしよろしいのですか? 一国の姫を預ける場所とは思えませんが?」
「アイアンラインの兵舎よりマシだろう。それにあそこの連中をただ遊ばせておくのも惜しいしな」
「確かに……では準備を始めますか」
「頼む」
そう言って王は窓の外を見上げる。
2年前、僅か6歳の娘を国内で最も過酷と言われるアイアンライン警備隊へと送り込んだことを、王はずっと気にしていた。
幼くして強力な加護の力を得たエリュシアリアだが、暴走の危険がある以上王都に置いておくわけにはいかない。
そこで散々迷った挙句、王は彼女を軍に預けることにした。魔法のコントロールを覚えるにはそれを遺憾なく発揮できる環境が必要だったのだ。
ろくに剣も握ったことの無い細くて白い腕をした娘が、笑顔で手を振りながら馬車に乗り込む姿を思い出しては罪悪感にさいなまれる日々を送っていたのである。
だが王の心配に反してエリュシアリアは僅か2年で想像以上の成長を遂げたらしい。
「本当にたいした娘だ」
思わず零れた王の言葉を耳にして、その場にいた者は皆隠すことなくにやけ顔を王に向ける。
「可笑しかったか?」
「ええ。割と」
✤✤✤
王国南部はとても環境に恵まれた場所だ。豊かな広い平地、穏やかな気候。
しかしとある事情によって、地方の中でも南部は特に開発が遅ている。
だだっ広い平原に真っすぐ伸びた田舎道を、鷲鼻の中年の男が馬に跨りぽっくりぽっくり進む。
立派な剣を腰に差し目つきもやたら鋭いが、彼は騎士でもなければ腕利きの冒険者というわけでもない。
彼は城の厩舎に務めるしがない馬丁である。
グレッグ・アドラス。一昨年近衛騎士団団長を辞した彼は、現在新たな人生を満喫している真っ最中だ。
馬には同じく厩舎で働く少年、テイオが相乗りしている。
王都を出発して圧巻の麦畑を眺めながら3日。それから未開拓の平原を3日。頂に白く雪の残る山々に囲まれた高原をさらに1日歩く。
そこは広大な牧草地帯だった。
王国南部のはずれにあるスカーレット男爵領は王国随一の馬の産地として知られている。
おそらく男爵領と呼ぶよりも、スカーレット牧場と呼んだ方が通りが良い。
グレッグとテイオは馬の買い付けの為に牧場……否、男爵領を訪れていた。まだ幼いテイオだが、たまには城の外を見て来いというボージャンの言葉で同行が決まった。
「グレッグさん。こいつすっごい良い馬だね」
「ああ。そうだな」
テイオが嬉しそうに馬を褒める。
こうして試し乗りをさせてもらった感触ではグレッグも全く同意見だ。
「体格に似合わず気が優しい。俺としてはもう少し気性が荒い方が好みだが、城で使うならこのくらい大人しい方がいいだろう」
南部の広い土地でのびのびと育ったせいか、馬の気質も穏やかに感じられる。それだけに狭い城の厩舎に入れるのは少し可哀そうな気もしないわけではない。
「馬を育てられたスカーレット卿の人柄もあるのかもしれないな」
馬を育てたスカーレット男爵は貴族でありながら自分で馬の世話をする事で有名だ。それこそお産から付き合うらしい。
本来は伯爵になるのに十分な業績を残しているのだが、牧場経営が忙しくて陞爵できないと笑いながら話していた。人よりも動物が好きすぎるが故、家族にも愛想をつかされて後継者にも困っているという。そっちの方は笑っていられないようだった。
今回、5頭の馬を王都へ連れていくことになっている。その準備が整うまでの間、グレッグは男爵から馬を借り、テイオと隣にあるウェビック伯爵領にある町を訪れていた。
男爵領は本当に牧場だけで、人が住んでいる場所は、男爵邸と従業員宿舎しかないからだ。
王都と違い開放的で呑気な雰囲気をテイオは気に入ったようで終始機嫌がいい。
グレッグもまた孫くらいの歳であるテイオとの旅を楽しんでいた。
男爵領から町までは移動に1日。町で2日過ごし、その帰り道のことだった。
「うん? あれは?」
「どうしたのグレッグさん」
「道に何かある」
道の真ん中に何か黒いものを見つけたグレッグが不審に思い馬を止めた。
「動物の糞じゃない?」
「いや、違うな」
テイオを残し、自分だけ馬から下りるとそれを調べる。
「これは……赤煙筒か」
赤煙筒とは封を切るとそこに仕組まれた精霊魔法によって着火し赤い煙を発生させる携帯用の狼煙のことだ。
何らかの危機に陥った際に警戒と救助を呼びかけるために使用する旅の必需品である。当然グレッグも携帯している
慎重に指で触れてみると、筒状の燃えカスは中身が夜露でじっとりと湿っていた。
「一晩以上は立っているな。使ったのは昨日か一昨日か」
来たときと同じ道を通っているが、最初来た時にこんなもの落ちていなかったのは間違いない。
「これを使った人はどうなったの?」
「わからん。だが使った者がその場に止まれないような状況だったのは確かだろう。そこから何か変わったものは見えるか?」
「ううん。何もないよ?」
グレッグに言われてゆっくりと馬上から周囲を見回したテイオだが、何も見つからないと告げる。
使った赤煙筒はできる限り回収し処分するのがマナーだ。そうしなければ今のグレッグ達のように戸惑う者が出てしまう。
(盗賊か? いや、人を襲った痕跡を残すつもりがなければ一緒に片付けているはずだ)
グレッグは注意深く周囲を観察する。
「このあたりは魔界にも近い。はぐれ魔獣に襲われたのかもしれんな」
「魔界って魔獣が住んでるっていう場所?」
「ああそうだ。ここから南西に3日くらいのところにある」
魔界とは魔族や魔獣の生息地として認定されている場所だ。中でも世界4大魔界と呼ばれる地域は危険度が高く国際的に不可侵地域と指定されている。
魔神が眠るといわれる氷の大地。北の魔都オトロチア。
数多の魔物が生息する樹海。西の魔森ヘルヘイム。
巨大な海洋生魔獣が支配する南の魔海バミューダ。
謎のベールに包まれた神秘の島。東の魔境グンマー。
センチュリオン王国の南部は一部魔森ヘルヘイムに接している。その地域はアイアンラインと呼ばれ国軍による厳重な警戒が行われているが、警戒網を突破した魔獣によって人里が襲われることは決して珍しいことではない。
南部の土地は豊かだ。しかし、魔獣への不安がある為、入植者が増えず開発が遅れている。
「魔獣って本当にいるんだ……」
「うむ。テイオも騎士か兵士になれば戦うこともあるだろう」
「グレッグさんは戦ったことがあるの?」
「勿論だ」
魔獣との戦闘経験を積むため、アイアンラインの警備には近衛騎士団も定期的に参加している。そこでグレッグも何度か魔獣と戦ったことがあった。
不安そうな顔をするテイオにグレッグは笑いかける。
「心配するな。常に軍が警戒しているから大きな魔獣が国境を越えてくることは無いし、この俺がついてる」
「そうだよね! グレッグさんすげー強いもんね!」
「ああ、任せておけ」
元は泣く子も黙る騎士団長だったグレッグも、今ではすっかり気のいいおっさんだ。テイオは、グレッグが2年前まで近衛騎士団の団長を務めていたことまでは知らなかったが、周囲の反応から相当な実力者であると感じて信頼していた。
テイオの前では笑ってみせたものの、グレッグは内心笑っていなかった。
彼の直感は警鐘を鳴らし続けている。何かに狙われている。そんな気がしてならないのだ。
(テイオにはああ言ったが、もしも魔獣の仕業なら人間を痕跡なく連れ去ることができるやつだ。小型のものではない。だがアイアンラインの連中が大型の魔獣を見逃すとも考えにくい。これはもしかすると……)
人間を難なく連れ去ることが出来て、アイアンラインの駐留軍も手を焼く魔獣……程なくして彼はその魔獣に思い至る。
「空か!?」
咄嗟に見上げた空。そこで彼は見つけた。何かが飛んでいる。かなり上空にいて今は小さな点のようだが、グレッグはそいつが何者かを瞬時に理解する。
(俺もまだ鈍っちゃいないな)
彼は自分の嗅覚がまだ鈍っていなかったことを確認して口元に笑みを浮かべる。
「ワイバーンだ!」
「えっ!?」
グレッグは素早く馬に跨ると馬の腹を蹴った。馬はいななきを上げて走り出す。
読んで頂きありがとうございます<(_ _)>




