弁護人ハクラ・エルベン
5月24日加筆修正しました。
僕の名前はハクラ・エルベン。法務局に努める役人だ。一応エリート官僚なんだけど色々あって出世に程遠い窓際部署で日がな一日を、欠伸を噛み殺して過ごす毎日を送っている。
楽な仕事でそこそこの賃金が出るんだから良い職場だよ。うん。
そんな僕に弁護人としての仕事が舞い込んで来たのは一週間前のこと。
官僚としてより弁護人として名が知られているから、依頼だけならよくある話なんだけど、それが今注目の先日起きたテロ事件の容疑者の弁護だというから驚いた。
注目度抜群な上に、簡単で誰でも無罪を勝ち取れそうな事件だ。他の連中だってやりたいだろう。なんで僕に?
そう思っていたけれど事件の大まかな概要を聞いて納得した。
なんと依頼は陛下直々で、逮捕されたのは名は伏せられているが王家の人間らしい。
それで捜査を担当したのが近衛騎士団で、原告が近衛騎士団で、法廷でも近衛騎士団が検察として法廷に立つとかなんだよこれ!? 全く、この国の司法大丈夫か? こんな面倒な仕事誰もやりたくないわな。
王都の守護神たる近衛騎士団相手に喧嘩売るなんて、平民出身の官僚には荷が重過ぎる。
それでも僕は依頼を受けることにした。
元々出世に縁も興味もなかったし。これまでの担当してきた事件で近衛騎士団に睨まれるのも今更だ。
何より王家に近づければアリスティン様、クリスティン様のおふたりにお会いできるかもしれないし!!
双子姫の大ファンだった僕は間近でお目にかかれるかもという期待だけで依頼を受けた。でも後にその期待は良い意味で裏切られることになる。
弁護を引き受けた僕を出迎えたのはなんと王太子殿下だった。僕は騎士団の留置場の一角、政治犯なんかを拘留する特別な部屋に案内される。
そこで僕は天使と出会った。
女神タグマニュエルは僕に加護を与えてはくれないけれど、素晴らしい出会いを与えてくれた。
容疑者として拘留されていたのは双子姫の妹であり、秘匿されていた王家の四女だったのだ。
「エリュ、彼が君の弁護を引き受けてくれた弁護人だよ」
王太子殿下に呼ばれて小さなお姫様が顔を上げる。
王太子殿下のものより淡く上品な輝きを放つ金色の髪、僅かに朱が差し白いふっくらとした頬は、白桃のようで思わず食べてしまいたくなる。
まだ6歳だというが年齢以上に強く、大人びた感じを受ける暁色の瞳。
ああ、見つめられただけで背中がぞくぞくする。
僕は一目で堕ちた。
「弁護をお引き受けいただきありがとうございます。センチュリオン王家が四女エリュシアリア・ミュウ・センチュリオンです」
えりゅたん!!
桜色の唇から零れる声もまた愛らしい……
ああ、センチュリオン国民でよかった。
「べ、べべべ弁護人を引き受けることになりました! ハクラ・エルベンでございます! 貴女様を一分一秒でも早く開放するため、誠心誠意弁護を努めさせていただきまっする!」
人生でこんなに緊張したのは、近所に住んでたノエルちゃんの勉強を見てあげた時以来だ。
あれは確か7年前。僕が国立学院の試験を受ける直前で、彼女が10歳の時だ。思えばあれが僕の初恋だった。こないだ帰省した際に立派なおばさんになった彼女から彼氏を紹介された時は、時間の流れの残酷さに涙したものだけど……そんな思い出も吹き飛んだ。
「妹の事頼んだよ?」
「た、頼まれました!」
王太子殿下に言われるまでもない。
えりゅた……いや、エリュシアリア姫は必ず開放してみせると僕はこの舌筋に誓おう!
そう。どんな手段を使っても!
✤✤✤
意味が分からない。ハクラは何がしたいのだ?
騎士団の人達は容疑を取り下げると言っているのだ。何故それに異議を唱える?
そう疑問に思ったのは私だけではなかったようだ。裁判長を始め、陪審員の貴族達も疑問に満ちた顔をしている。
「弁護人。理由を説明して頂けますか?」
「はい。裁判長。第一に騎士団側が容疑を取り下げる理由に納得がいきません。王族だからという理由で無罪となるような前例を作ることは我が国の司法の信用にかかわります。次に弁護側はそもそもエリュシアリア殿下にかけられた国家反逆罪という容疑が不当なものであると考えて準備をしてきました。例え無罪になるとしても、騎士団側が王家に一方的な貸しを作る形で裁判に幕を引こうとする行為を断じて認めるわけにはいきません」
空気から一転。滑らかかつ堂々たる口調で語るハクラ。
なんだこいつ? 急にまともになりやがった。
ハクラが言い終えた後、法廷内がしんと静まり返る。そして……
「弁護人の異議を認めます」
裁判長の言葉にざわめきが起こる。だが裁判長はこれまでのようにすぐに木槌をならさなかった。ここにいる者皆、考えを整理する時間がいるだろう。
私もだ。そっとお父様の袖を引く。
「お父様、どういうことです?」
私の疑問にお父様は身をかがめて小さな声で答えてくれた。
「いいかエリュシアリア。将来お前は女大公として国の半分を統べることになる。それは前に話したな?」
それは確か5歳の誕生日に聞かされた。設定通りなんだなとしか思わなかったけど。
帝国の侵略を防げなければその未来もないからね。
「今はお前の存在を伏せているが、それでも取り入ろうとする者はこれから増えていくだろう。忠実な家臣といえど例外ではない」
「ですがお父様。近衛騎士団は王都を護る騎士の中の騎士。何も辺境へ行く私に取り入る必要は無いと思われますが?」
王都から辺境勤務へ。そういうのって左遷って言うんじゃないだろうか?
「そうだな。だがお前が女大公になるのは少なくとも15年後だろう?」
「あ……」
私が女大公になる頃となると、今二十代の騎士が丁度引退を考える時期だ。
そうか! あいつら大公家を天下り先にするつもりか!?
四十に差し掛かれば第一線で騎士を務めることは厳しくなる。だけど幹部になれるのは一握りで、多くの騎士は引退を余儀なくされる。
尤も近衛騎士ともなれば十分な年金は貰えるし、剣術指南や警備など再就職先にも困りはしないだろうが、そこで余生をと枯れるには早い年齢だ。
そんなときに新進気鋭の大公家が発足するとなれば、仕官したいと考えるのは無理もない。
頼もしく思っていた鷲鼻の騎士団長が急に老獪で胡散臭い存在に見えてきた。
私の視線に気が付いたグレッグ騎士団長が申し訳なさそうに小さく目を伏せる。
彼自身は大公家に再就職を願うようなことはないだろう。全ては部下を思ってのことだ。
「お前は優しい子だし、世話になった者や師の頼みを拒みづらいだろう。だが周囲はお前のその優しさを甘さととらえてつけこんでくる。気を付けることだ」
「はい。お父様」
それは一粒種で生まれながらに権力を持ち、大人の思惑に巻き込まれながら生きてきたお父様自身の経験からの言葉なのだろう。
近衛騎士団は大切な家臣だ。けれど彼らが王家のためにと差し伸べた手をお父様は私のために振り払った。
グレッグ騎士団長がこのような茶番を仕掛けたのも、王家と部下を想ってのことだ。どれほど権力を持っていても、どんなに筋肉を持っていても、結局は清濁併せ呑む狡猾さがなければ周囲に利用されるだけで組織の長は務まらない。
王族として生まれたからには私も学んでいかなきゃいけないんだ。
帝王学か……お父様もアルフォートお兄様も似合わないもんね。苦労したんだろうな。
普段お母様達の尻に敷かれているお父様。しょうもない悪戯しては侍女に叱られて喜んでいるアルフォートお兄様。最近オーゼルお兄様巻き込むことを覚えたようだ。
どっちも支配者に向いてるようには見えないものね。
「しかし、お父様。このままではお父様がその罪に問われてしまいます」
裁判は振出しに戻り、私には再び国家反逆罪の容疑がかけられることになる。国家反逆罪は重罪だ。娘の私が処罰されればお父様が国王でいることも難しくなる。下手をするとセンチュリオン王家は王位継承権を持つ公爵家当主に王家の座を譲ることになるかもしれない。
そうなれば国は混乱し、その隙を突いてイグレス帝国が何をしてくるかわからない。
「それはアレに任せておけば問題ない」
アレとはさっき見事な弁舌をふるい、見事私を被告人に戻してくれた弁護人のことだ。
本当に大丈夫なのだろうか?
私と目が合うとハクラは慌てて顔を背けた。最初会ったときからこの調子で、彼は私とまともに目を合わせようとしない。
なんだか意識しないようにわざとやっているような……
まてよ? これって……
私はじーっとハクラの顔を見つめ、彼の意識がこちらに向いた瞬間にこりと微笑みかける。
彼の顔は一瞬で沸騰したかのように真っ赤になった。
中学生かお前は。
初心な反応に私は心の中でツッコミを入れる。
なるほど。だが今ので分かった。こいつただのロリコンだ。
「心配するな。裁判が終わればアレは一切近づけさせん」
ハクラの性癖を知ってて使ってたのかお父様!?
読んで頂きありがとうございます。次回また頑張ります<(_ _)>




