聖女の真実
今回も主人公不在の3人称になります。
センチュリオン王国を始めとする北西諸国連合の国々で国教とされている女神信仰、通称タグマニズム。その聖地であるハーベルは、ハーベル法国として独立しており、大司教を頂点とした議会政治が行われている。そのため外交も各国に派遣された司祭によって行われ、その長として政治と宗教の橋渡しを行う役目を担うのが枢機卿である。
センチュリオン王国に派遣されたドラコル枢機卿は齢70過ぎの老人だった。
ピンと伸びた背筋に、丸顔で人のよさそうな顔立ちで、センチュリオンの国民からも長年愛されている司祭である。
「ご足労感謝します。ドラコル枢機卿」
王は自ら扉を開けて執務室へ彼を招いた。
王は部屋の主として年配の聖職者に当然の敬意を示しただけで、その行為に特別な意味は無い。その場にいる誰もがそれを自然なことと受け止めている。
「恐縮でございます」
招かれたドラコルもまた王に謝意を表する。
「いえ、お呼び立てしたのはこちらです。どうぞこちらへ」
「失礼いたします」
王は来客用のソファーへとドラコルを促す。エルドリアとラーキンも挨拶を済ませてそれに続いた。
それぞれ席に着く前に、ドラコルは王とエルドリアの前に立った。
「アルフォンス三世陛下、エルドリア様。まずはエリュシアリア姫が女神の加護を得られたこと、お祝い申し上げます。姫の未来に幸多からん事を」
「ありがとうございます」
祝福の言葉に礼を言う王とエルドリア。
「天にも届くほどの猛々しい炎だったとか。いやはや、老体故に床に就くのが早く、見逃してしまいましてな。拙僧もこの目で見たかったものです。全く惜しいことをしました」
悔しそうに語るドラコル。
彼は子供のようにころころ表情を変える。それが宗教者特有の胡散臭さを軟化させ、長年愛される要因となっていた。
「ドラコル枢機卿。今日来て頂いたのはそのことなのです。どうやらエリュシアリアは規格外に大きな加護を得たようです。おそらくは……いえ、そこでハーベルが、あの子をどのように扱うのか意見をきかせて頂きたいのです」
「ふむ。それは我々がエリュシアリア姫を救世級と認定し、聖女として姫を迎え入れるつもりがあるかということでございますかな?」
ドラコルは真面目な顔になると、王の懸念をずばりと言い当てた。加護は勇者級、天使級、救世級の3段階の階級に分けられていて、救世級は加護の中でも最上位に当たる。昨夜エリュシアリアの聖炎を見た王は、エリュシアリアが救世級だと本能的に感じていた。炎の規模もさることながら、自身の心まで熱く響くような炎。それは、他者の聖炎を増大させる救世級の特徴と一致していたからだ。
「はい。その通りです。エリュシアリアはこの国を担う大事な娘、手放すことはできません。しかしハーベルが召喚を求めれば一概に無視することもできません。家臣や国民の意見も分かれるでしょう」
「なるほど……。確かに大きな加護を僅か6歳で得たともなれば、素質は十分ですな……」
「ふむ。やはり」
王は腕を組んで顔をしかめた。宰相として王を補佐するラーキンも同様だ。
こと北西諸国連合に至ってはほぼ全ての住人が女神タグマニュエルを信仰している。エリュシアリアが聖女となれば国民は諸手を上げて歓迎するだろう。だが、国としては先んじて進めていた計画がある。
大公家の始祖となるのは、後の混乱を避けるため王家とバーテック家との間に生まれた長子とすると決めたうえで、エルドリアを娶った。
エルドリアはまだ25歳と若いため、今から第二子を産んで育てることもできるだろうが、それでは大公家の擁立が10年は遅れることになる。
なにより王は聡明なエリュシアリアに期待しており、今の時代ただ象徴として崇められるだけの聖女にするにはあまりにも惜しいと考えていた。
「……ですが」
ドラコルは続ける。そして王の傍らに立つエルドリアを見た。実母である彼女が全く動じていないことから、ドラコルは彼女はハーベル側の事情を知っているのだと悟った。
「……エルドリア様から聞いておられないのですか?」
「エルドリアは何か考えがあるようなのだが、何も話してくれないのです」
「ほう……」
「それを私の口から説明するのもどうかと思いまして」
エルドリアは困ったように小さく苦笑する。
「いえ、エルドリア妃のご配慮に感謝いたします。確かにそれは拙僧の口から説明させて頂いた方がよろしいでしょう。……陛下、申し訳ありませんがお人払いをお願い致します」
皺を深くして人払いを求めるドラコル。
その様子から、何か深い事情があると察した王はそれを受け入れることにした。
「私はいても構いませんか?」
「ええ、宰相殿は知っていた方がよろしいでしょう」
「わかりました」
王が目配せするとグレッグと秘書官が退出する。やがて執務室には王と宰相、エルドリア、そしてドラコルが残された。
それから静かにドラコルは語りだす。
「確かに陛下の危惧する通り、エリュシアリア姫は僅か6歳にして強大な加護を受けられた。当然ハーベルは大神殿への召喚を求めるでしょう。聖人、聖女として相応しい加護を受けた者であれば、例え大国の姫であろうと例外はありません。ですがそれは建て前であり、実のところ、ハーベルは今後聖女を招く意思はないのです」
「つもりが無いとは? それはどういうことなのだ枢機卿? 」
確かに今のハーベルには聖女も聖人もいない。だが、かつて何人も存在していたのは確かだ。
「陛下30年前に聖女となったセイナ様の事は覚えていらっしゃいますか?」
王は頷く。宰相もだ。
「うむ」
「美しい娘でしたな」
聖女セイナは記録に残る最後の聖女である。30年前、彼女はセンチュリオン王国へも巡礼に訪れていた。
その頃王は王太子で、ラーキン共々10代前半。またセイナも同じ年頃ということもあり、友人と呼べるくらい親しくなった。
「ラーキンはかなり入れ込んでいたよな。何とか嫁に出来ないかと父上のところにまで押し掛けたほどだ」
「よしてください。若気の至りですよ」
「セイナ殿が国を離れるとき、お前が送った詩があったな。確か書き始めが、僕は君の心臓になりたい……」
「止めてください陛下!」
やんちゃだった若き日々を思い出して語りだす王と宰相。
「それ長くなります?」
エルドリアが笑みを浮かべる。
「う、うむ」
「申し訳ございません」
その様子を孫をドラコルは微笑ましそうに聞いていた。そして小さく息をつく。
「そうですな。宰相殿に嫁いで入れば、あのような事にはならなかったかもしれません」
「どういうことです?」
「セイナ様は若くして亡くなりました。帝国の手の者にかかり殺されたのです」
「なんだと!? 馬鹿な!? セイナ殿は役目を終えて還俗したのではなかったのですか?」
「そうです! そんな話は聞いたこともありません!」
ドラコルの言葉に王とラーキンは驚き声を上げる。
「確かに、表向きはそのように発表いたしました」
聖女セイナは還俗後、庶民の男と結婚し市井での生活を始めた。当人の希望により、居場所については公表しない。
そのように言われていた。どこかで彼女は幸せに暮らしている。王もラーキンもそう思っていた。
それが違うだと?
「陛下。他者の聖炎を鼓舞し高める救世級は帝国にとって最も排除すべき存在なのです。帝国は救世級を探し出し排除するために北西諸国各地に暗殺部隊を送り込んでいるのですよ」
セイナの暗殺のために帝国は精鋭部隊を決死隊として送り込んだ。彼等はとても残虐な手口でセイナを殺した。そして誇示するように彼女の亡骸はモズのはやにえのように木の枝に串刺しにされていたという。
民衆の間で帝国への報復の声が高まることを恐れた当時の北西諸国連合の為政者達は、すぐさま戒厳令を敷いた。
それが真実だった。
「何故です!? そんな重要な事を何故隠す必要がある? エルドリア。何故そんな重要な事を教えてくれなかったのだ!」
「私はそれを父に教わりました。クランシェラ様や先王陛下もご存じだったことでしょう」
「母上達が? 何故私には教えてくれなかったのだ」
「知ってどうなりましたか?」
冷静なエルドリアの口調に王は怒り狂いそうだった。だが悔し気に顔をしかめることしか出来なかった。
「確かに、どうにもできんか……」
それは歳を重ねた今だから言えたことだ。
確かに長年争ってきた帝国との戦線は共和国へと移り、北西諸国連合は平和になった。だが、帝国と和平が成立したわけではない。相変わらず帝国は敵国なのだ。抗議したとしても、送った使者の首が返ってくるだけ。そんなのわかりきっている。
もしも当時知っていれば、例え帝国の刺客を血祭りに上げたところで怒りが収まるはずがない。当時はまだ血気盛んな貴族が多く、王太子が報復の狼煙を上げれば追随した者も多くいたはずだ。
そうなればどうなっていただろう?
先王、アルフォンス二世は帝国に兵を送っただろうか? それとも友人の復讐に燃える王太子を更迭しただろうか?
「当時の父上達も同じ気持ちだったのだな。すまないエルドリア」
「構いませんわ」
当時の為政者達は屈辱に耐えて、国の安定と平和を優先したのだ。今の自分が妻に八つ当たりして何になる。
「見苦しい姿を見せてしまいました。申し訳ございません枢機卿」
「いえいえ。セイナ様の事を思っての事でしょう。拙僧はそれが嬉しく思いますよ。陛下、宰相様」
ドラコルはセイナが眠る墓の場所を教えた。
彼女の亡骸は帝国の手の者に荒らされないように故郷の人里離れた場所に極秘裏に埋葬されたという。
ラーキンは死ぬまでに必ず訪れることを約束した。
セイナが暗殺されたことでハーベル法国では聖人、聖女を受け入れないことが非公式に決定したという。それから30年が経過したとはいえ、帝国が方針を変えたわけではない。
北西諸国連合は女神への信仰によって団結している。帝国の脅威があった時代ならば聖女は神輿として必要な存在だったが時代は変わった。平和な時代に聖女は必ずしも必要ではないのだ。
センチュリオン王国の王女を聖女に? とんでもない!
セイナの暗殺のために帝国は精鋭部隊をひとつ使い潰した。聖女の暗殺のためならば帝国はそこまでやるのだ。それだけの価値がある。
北西諸国連合は女神タグマニュエルへの信仰で結びついている。帝国の狙いは信仰の中心であるハーベル法国の権威の失墜だ。
ハーベル法国の権威が失墜し、信仰による結束が崩れれば北西諸国連合内で覇権をめぐり争いが発生することになる。
でも女神の加護が実在する以上、信仰が揺らぐことなどありえないんじゃないか? と思うかもしれない。
実は女神タグマニュエルの加護を受けるのに信仰は必要ない。
女神の加護を受ける条件は北西諸国連合を含む一定範囲内で生まれ育った者。ただそれだけであり、信仰心など関係ないのだ。
食べる前にお祈りをする。悪いことはしない。日々加護に感謝し、女神が好む筋肉を鍛える。それがタグマニズムの教えだ。
だが本当はお祈りを忘れても、悪人であろうとも、女神タグマニュエルを駄女神と罵ろうとも、骨川筋右衛門だろうと加護は得られる。
皆それをわかっている。だが、それをしないと結束が崩れてしまうのだ。
帝国の脅威が薄れた今、加護を得た同胞同士で争う日が来るとを、北西諸国連合各国の為政者達は恐れていた。
聖女の暗殺はその引き金になりかねない。セイナの時は戒厳令で抑え込めたが、王女エリュシアリアだったらまず無理だろう。
「ハーベルにはエリュシアリア姫をお護りする力はありません。エリュシアリア姫にどれほどの加護が与えられていたとしても、我々は聖女として不適格としてお返しすることになるでしょうな」
「なるほど」
王はドラコルの言葉に頷く。
全く不名誉な話である。ならば最初からハーベル法国になど送らない方がよい。
「我々もそのようなことしたくありませんからな。法国への報告は不要でございます。エリュシアリア姫は陛下やエルドリア様の元で大切に育てられるのがよろしいでしょう」
その後は秘書官やグレッグを呼び戻して和やかな談笑が続いた。その中で今夜予定されている晩餐会の話になり、ドラコルも出席することになった。ドラコルは高齢なため夕方以降に予定をほとんど入れてないらしい。また是非エリュシアリアに会いたいというドラコルたっての願いもあった。
今夜の晩餐はエリュシアリアが女神の加護を得たことを祝うためのものだ。司祭であるドラコルが参加しても何ら問題は無い。王もエルドリアもドラコルの参加を喜んだ。
だが……
突如大きな音が響き渡り、振動が城内を振るわせる。
「何事か!?」
「見てまいります。皆様方はこちらでお待ちください」
執務室を出ようとするグレッグ。しばらくして執務室に血相を変えた若い騎士が飛び込んできた。
国王、王妃、宰相、枢機卿という顔ぶれに、おろおろと律儀に臣下の礼をするその騎士に王が叫ぶ。
「何があった!? 早く言えっ! グレッグは?」
王にどやされ、声を裏返しながら彼は叫んだ。
「は、はひっ! 大規模な爆発によって近衛騎士団壊滅! 騎士団長はその場にいた第4王女殿下を重要参考人として逮捕なさいました!」
晩餐会は中止になった。
読んで頂きありがとうございます。
次回はエリュシアリア視点でわちゃわちゃさせますのでどうか、どうか見放さずにいてくれると嬉しいです(´・ω・`)




