遷都派の刺客
主人公不在の3人称です。
話をまとめきれず短い話が続いています。申し訳ございません<(_ _)>
その日、遅い登城となった王を宰相のラーキンと近衛騎士団長であるグレッグ・アドラスが執務室の前で待ち構えていた。
「待たせてすまない」
「おはようございます。宰相様、アドラス団長」
王と一緒にいたエルドリアが嫋やかにふたりに挨拶する。
「これはエルドリア様。おはようございます。この度はエリュシアリア姫の加護の会得おめでとうございます」
「おめでとうございます。自分も遠目に拝見しましたが素晴らしい聖炎でした」
「うむ。ありがとう」
「ありがとうございます」
祝福を述べるラーキンとグレッグに礼を言う王とエルドリア。
それから執務室に入り、すでに仕事を始めていたふたりの秘書官にも挨拶を済ませる。
「では、早速ですがこちらを。昨夜捉えた賊についてです」
「うむ」
グレッグから紙の束を受け取る。それは昨夜城内で捉えられた不審者を取り調べた際の調書だ。
「夜烏のジーン? 何者だ?」
「王都のギルドに所属するフリーランサーで、過去何件か殺人に関与した疑いがあり、その筋ではそこそこ名が知れた男です」
「ふむ。殺し屋ということか」
普段穏やかな王の目が鋭くなり、口元が吊り上がる。
ああ、これは何かろくでもないことを思いついた時の顔だ。と、付き合いの長い宰相を始め、この場にいた誰もが心の中でため息をついた。
「夜烏……フリーランサーのふたつ名は洒落ているな」
「……左様でございますな」
「褒賞にふたつ名を贈るなど面白いかもしれんな。お前もどうだ? 荒鷲のグレッグなど」
「「ぷっ」」
エルドリアとラーキンが吹き出し、グレッグは恨みがましい視線を送る。
グレッグの鉤鼻でシャープな顔立ちは猛禽類を思わせる。王はそこから考えたようだ。
「……結構でございます」
「……ふむ」
さて、フリーランサーとは世界中に支部を持つランサーズギルドと呼ばれる組合に所属する派遣労働者である。
フリーランサーがランサーズギルドを通して受け付ける依頼は、ゴミ拾いからドラゴン退治まで多岐にわたるが、当然、人殺しなど犯罪にかかわるような依頼は扱っていない。また、相手が盗賊などの賞金首だろうと、やむを得ない状況でないかぎり、傷つけたり、ましてや命を奪ったりすることも禁止しており、賞金稼ぎともはっきりと線引きを行っている。
これは、人の命の重さは国によって価値観が異なり、また、賞金首が別の国では英雄である場合もあるからだ。国際組織である以上、ランサーズギルドはどこの国に対しても中立の立場を示さなければならない。その証としてランサーズギルドは所属するフリーランサーに人の殺傷を禁じ厳しい罰則を設けている。夜烏某はランサーズギルドとは別に、裏家業としてそういった依頼を引き受けていたのだろう。
「狙いはエリュシアリアか」
「はい。昨夜訓練場に訪れる子供を殺すようにと指示されたとのことで、相手が王族だとは知らなかったと言っていますが、まあ、余程愚かでなければ想像くらいはついた筈です。途中で諦めたとも話していますが、減刑の必要はないでしょう」
王族の命を狙うなど、未遂でも極刑待った無しだ。武器持って城に侵入した時点で有罪確定である。
「そのようだな。日中一般人を装って城内に入り、そのまま潜伏していたか。協力者は?」
「いないようです。厨房の従業員に紛れて脱出する手筈だったと話していますが、厨房だけでなくどこの部署でも、昨夜あの時間までに一般の従業員は既に帰宅しております。恐らくは……」
「ただの捨て駒か」
「はい。王族を狙うにしても、あれは小者すぎます。逆に何をしたかったのかわかりません」
王も頷く。夜烏ジーンは決して暗殺者としてとても優秀とは言えなかった。近衛騎士が相手をするどころか、精霊魔法のトラップに引っ掛かり、その場で情けなくひっくり返っていたというのだから。
「依頼主に関しては知らぬ存ぜぬか」
「はい。ですが城内で夢魔の試練を受ける対象は限られますから、城の関係者ならば昨夜エリュシアリア姫があの場に現れることを予想できます。まあ、仲介人を介して接触してたようですから、尋問してこれ以上情報を聞き出そうとしても無駄でしょう」
「うむ」
王はグレッグから差し出された夜烏ジーンの処刑を認める書類に印を押す。既に法務大臣の印もあり、夜烏ジーンの首は翌朝には罪状と共に城下に晒されることになるだろう。
「しかし、内部の者でエリュシアリアを狙うとなるとやはり遷都派の連中か?」
「それ以外に考えられないでしょう。大公家擁立は王家に反抗的な貴族家からも概ね支持されています。彼等にはエリュシアリア姫を狙う理由がありませんから」
現在センチュリオン王国では、国土拡大によって王都に近い地域と、新たに領土となった地方との格差が問題となっている。それにに対して国は地方分権を進めることで解決しようと、大公家の擁立を進めてきた。特にここ3年の進捗は著しく、大公領の領都として王都にも負けない新たな都市の開発が進んでいる。
しかし、それに異を唱える勢力も存在する。彼らは、国土が広くなったなら王都を国の中心に移すべきじゃね? という遷都計画を打ち出し、王が主導する大公家擁立に反発していた。それが遷都派と呼ばれている者達だ。
遷都という大胆な計画はそれだけで大きな魅力がある。しかも大きな金が動くだけに、遷都派は若い貴族や商家を中心に根強い支持層を持つ。
「どうせ大したことはできまいと、少し甘く見すぎていたかもしれんな」
「城内に賊の侵入を許した不始末。城の警備を預かる者として、面目次第もございません!」
「今朝になってエリュにまで逃げられてますものね」
頭を下げるグレッグにエルドリアが追い打ちをかける。
「お恥かしい限りでございます」
刺客に狙われたという報告を受けて、エリュシアリアには近衛騎士の警護がつけられた。ところが、今朝エリュシアリアは警護の騎士の目を逃れて病室から逃げ出してしまった。
裸足のまま病室のある3階の窓から飛び降り、あっという間に朝霧の中に消えたらしい。
「エルドリア」
王はグレッグの肩を叩き、目を通した調書をエルドリアに手渡す。
調書を眺め、それまでもやや不機嫌そうにしていた彼女の顔がさらに曇った。
「たかが暗殺者ひとりで王族を狙おうとするなんて、本当ずさんな計画ですわね。遷都派らしいといえばらしいですが」
「ああ。だからこそ、遷都派以外の可能性が考えられない」
三流暗殺者を何故起用したのか普通は解せないところだが、相手が遷都派だとすれば納得もできる。
彼らが唱える遷都には確かに夢がる。だが 実際に遷都などしたらセンチュリオン王国の王都だけ北西諸国連合の中心から大きく外れることになってしまう。また、王都は幾度となく帝国を退けてきた鉄壁の要塞都市だ。それを捨てるなど、軍事的にも経済的にもありえない悪手なのだ。
交通機関網や通信手段が発展し、帝国や共和国と友好的な関係が結べれば話は別だろう。しかし、それは今ではない。
深い考えもなく、ただ派手なことがしたい。目立ちたい。その心理を商人や、現王家に批判的な勢力に利用されているのが遷都派なのである。
そんな連中のため、王家は彼等を殆ど脅威として見ておらず放置していた。今回の襲撃未遂も、遷都派の一部が先走ったに過ぎないだろうというのが大方の認識である。
「とはいえ確証があるわけでもないのは事実だ。グレッグは引き続き調査を頼む。三流とはいえ最初から切り捨てるつもりで暗殺者を送るというのも気味が悪い。何か裏があるのかもしれん」
「はっ」
「それにエリュシアリアの警護も強化せねばならんな。あの子には今でも窮屈な思いをさせているだけに、心苦しくはあるが……」
「はっ! 姫様の身は我らが命に代えましてもお守りいたしますのでどうかご安心を」
「頼りにしているぞグレッグ。エルドリアからも何かあるか?」
聡明な彼女ならば何か思いついたことがあるかもしれない。それを期待して王は意見を求めた。
「侍女を変えましょう!」
「「「はあ?」」」
彼女の言葉はあまりにも予想外だった。王、ラーキン、グレッグが揃って首を傾げる。
「まさかシナリィを疑っているのか?」
「いいえ、そんなんじゃありません」
首を振るエルドリア。
シナリィ・ハーモニアは仕事ぶりも見た目も大変好ましい少女だ。エリュシアリアもよく懐いているし変える要素などどこにも無いように思う。彼女と面識のあるラーキンとグレッグも首をかしげている。
「では何故だ? シナリィは若いがよくやっているだろう?」
「あら、お優しい! あの子は若くて私と違ってお胸も大きくて、陛下の好みですからね!」
王は巨乳好き。それも幼い顔立ちの娘が好みであることは公然の秘密である。エルドリアはその対極にあり、シナリィはドンピシャだった。
エルドリアとは政略結婚だったとはいえ、王はエルドリアを他の王妃と区別して冷遇するような器の小さい男ではない。むしろ3人の妻の中で性格的には最も波長が合っていると思っている。
「私の好みはどうでもいいだろう!? 何かシナリィに不満でもあるのか?」
「ええ! 大ありですとも! シナリィったら、いっつも、いっつも、いっつーーもエリュを独占して! 私だってエリュを抱っこしてお昼寝したいの我慢してますのに!」
「そ、そうか……そうだな」
悔しそうに力説するエルドリア。彼女にしては珍しく子供っぽい理屈に脱力する。
ここに来る前、王とエルドリアはエリュシアリアに会うために、王とエルドリアは登城後すぐに医療院へと足を運んだ。そこで目にしたのは、シナリィに抱かれてすやすやと寝息を立てるエリュシアリアの姿だ。幸せそうな様子に彼女達を起こすことなくその場を後にした訳だが、エルドリアはずっとそれが不満だったようだ。
自分たちの出る幕は無いと視線を外すラーキンとグレッグ。
薄情な家臣と、ふくれっ面の妻に挟まれて王は内心溜息を尽く。
思えば彼女から娘と過ごす時間を奪ってきたのは自分だ。しかし、今は彼女の類稀なる外交力が必要な時である。エリュシアリアのためにも質実共に盤石な大公家の基盤を作り上げなければならない。
「お前の気持ちはわかるつもりだ。だがエリュシアリアから仲の良い侍女を取り上げるのは可哀そうだろう。あの子を王宮に閉じ込めているのは私達なのだから」
「私だってわかってます! わかってますけど!」
執務室の扉が叩かれたのはその時だ。
「失礼します。枢機卿がお見えになりました」
「うむ。わかった。……エルドリア。話はまた今度に」
「……わかりました」
席を立った王は素早く彼女を抱き寄せ、キスをする。
「埋め合わせは必ずする」
「必ずですよ?」
「約束する。お前にはいつも助けられているからな。そうだ! 私から賢蛇妃のふたつ名をやろう」
「結構ですわ」
そこで定番の咳払いするような野暮な家臣はこの場にはいない。
読んで頂きましてありがとうございます(≧▽≦)




