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ランド・オバリーの回想 ~燃える世界~

『アンリミテッド』からのオバリー大尉視点の続きです。えりゅたんが寝てる間や、SFX-0で暴れてる間のあれやこれやを、そのうち書こうと思いながら先送りしていて2年も経ってしまいました。

 まったく。もうくたくただって言ってるだろう……


「総員退避!!」


 カノン様を包み込むように顕現した炎の精霊王(サラマンドラ)。拡大していく炎を前に俺は叫んだ。


 俺は右手の指を失い、血塗れのブレイウッドを抱えてとにかく走った。他の連中もそれぞれ散り散りになって逃げる。


 これが炎の精霊王(サラマンドラ)だと!? さっきと全然違うじゃねーか!


 ギガスクイードを倒したときの美しい火竜の面影は全くない。燃え盛る岩山のような巨躯から溶岩が血のように絶え間なく流れ出す異様な姿だ。


 遥か高みから、赤い瞳が俺を捕える。いや、俺なんか眼中に無いだろう。カノン様が見ているのはブレイウッドだ。


 空へ向けて咆哮を上がる。赤い眼から溶岩の涙を流し、まるで泣き叫ぶかのように。


 泣いているのか?


 友達を傷つけた者への恨みか? はたまた護れなかった者への失望か?


 どっちにしてもクソったれな世界を焼き払うには十分な理由だろう。


 怒りと悲しみは炎に変わり、雄叫びは特大の炎の柱となって茜色の空を焦がし、炎弾の雨となって地上に降り注ぐ。


「待ってくれカノン様! ブレイウッドはまだ生きている!」


 必死で呼びかけるが、炎の精霊王(サラマンドラ)が止まる気配は無い。


 炎の精霊王(サラマンドラ)の眼が再び地上へと向けられ、灼熱の炎を湛えた顎が開かれる。


 ブレスか!?


「すまん。ブレイウッド」


 ブレイウッドを庇うように抱きしめる。炎の精霊王(サラマンドラ)のブレスだ。到底庇いきれるはずはない。だが、俺にできるのはそれくらいだ。


 大気が震え、轟音が響く。首筋に感じる炎の熱。


 死を覚悟した。


 だが……


「諦めるな! 立ちなさい!」

「セフィリア様!?」


 見上げると、髪をなびかせた絶世の美女がいた。


 炎に照らされ、美しい身体のラインが、薄い生地のドレス越しに浮かぶ。絶望的な状況を忘れて、俺はその姿に見惚れる。


 俺達を護るかのように炎の精霊王(サラマンドラ)の前に立ち塞がる、若草色の美しい羽毛を持つ巨大な鳥……風の精霊王(ウィンダム)! ブレスから俺達を護ってくれたのか!?


 これが風の精霊王(ウィンダム)の守護を受けたセフィリア様の力!


風の精霊王(ウィンダム)! 結界を!」


 異渦巻いた大気が巨大な繭を作り出し、炎の精霊王(サラマンドラ)を包み込む。対抗してブレスを吐こうとする炎の精霊王(サラマンドラ)だが、口の中で炎は凝縮せず、やがて消える。


 真空状態を作り出して炎を沈静化させてるのか!?


「ここは私と風の精霊王(ウィンダム)で抑えるわ。あなたは早くシーリアちゃんの手当を! もうシーリアちゃんだけが頼りなのよ!」


 そうだ、四の五のいうより、まずブレイウッドの止血が先だ。


 青白い顔をしたブレイウッド。巡礼者に見せかけるために着ていた、白いケープは真っ赤に染まり、かなりの血が流れている事が伺える。


 俺は急いでシャツの袖を引きちぎると、更にそれをふたつに割いた。片側は丸めてブレイウッドの脇に挟みこみ、もう片方はひじを曲げた状態で固定する止血帯として使う。傷口は聖炎で焙って首に巻いてたスカーフを巻きつけた。はっきり言って手当は得意じゃない。かなり不格好だが何もしないよりましだろう。


 とりあえず止血はした。だが、傷が治るわけでも、血が戻るわけでもない。


「この状態のブレイウッドを戦わせるのは反対です……セフィリア様のお力で何とかならないのですか?」

「無理よ」


 セフィリア様ははっきりと言いきった。


「私と風の精霊王(ウィンダム)の力だけでは、相打ち覚悟でカノンを殺すしか無い。でも、そんなこと私にはできないわ。カノンを殺すなんて私にはできない。例え世界が滅びるとしてもね。同格の地と水の精霊王がいれば力づくで止められたかもしれないけれど、今から協力を求めたところで、とても間に合わないわ。私にできるのはしばらくの間時間を稼ぐことだけ。もし、カノンも世界も全て護れるものがいるとしたら、それはこの世界の守護者であるシーリアちゃんだけなのよ」


 そういえば地の精霊王(ジオ)の守護を受けたハイエルフはヤチヨ皇国にいるんだったな。ヤチヨ皇国は遥か東の果てだし、水の精霊王(アクエリアス)については守護を受けたハイエルフがいるのか現在未確認だ。確かに間に合わん。


 地と水の精霊王はあてにできないのはわかった。だが、セフィリア様にそこまで言わしめるほどの力がこいつにあるってのか?


 精霊王すら越える力がこいつに? 守護者って一体何なんだ?


 確かに、考えられる手札の中で精霊王にも対抗できそうなのは『プロミネンス砲』くらいだ。


 だが……


 俺は腕の中の青白い顔をしたブレイウッドを見る。この状態のブレイウッドに、セフィリア様はまだ戦えって言うのか?


 現在炎の精霊王(サラマンドラ)は、風の精霊王(ウィンダム)が作り出した障壁の中に押し込められている。静かにうずくまったまま、まるで夕陽のようにもの悲しい赤い光で荒野を照らしている。


 玉のように噴き出る汗を拭うセフィリア様。精霊王を顕現させ続けることで相当な負担を追っているのだろう。


「私も長くは持たないわ。私が倒れるまでに、シーリアちゃんが目覚めてることに賭けるしかないのよ」

「もし、ブレイウッドが間に合わなければ?」

「カノンを殺すくらいなら、私はここで命尽きても構わないわ。あなた達でなんとかしなさい」


 結局ブレイウッドに賭けるしかないってことかよ。


 こんな、傷ついたわずか6歳の子供に……


 いっその事、精霊王に突撃するか? 「俺が時間を稼ぐ」といって強敵に立ち向かう。吟遊詩人が奏でる英雄譚によくある話だ。ひとりの武人として華々しく散る相手として炎の精霊王(サラマンドラ)なら不足は無い。


 まあ、1秒だって稼げやしないだろうがな。


 俺は背中に背負う愛剣の柄を握る。


 女神タグマニュエルよ……どうか力を……


 どうにもならない時、それでも立ち上がらなければならない時、女神は加護を与えてくれる。


 だから、今回も……


「無駄よ。あなたでは犬死するだけ。ここで時間を稼げるのは私だけよ?」 


 俺の心の中などセフィリア様にはお見通しだったのだろう。セフィリア様に窘められて、俺は剣から手を放す。


 俺の心は悔しさでいっぱいだった。


 これだけ大人がいるのに、訓練された兵士がいるというのに何もできない。無力であることを痛感して気が狂いそうだった。


 どんなに剣を極めても、どうにもならないことはある。


 わかっている。魔獣や野党との戦いの中、目の前で命を散らしていった仲間を大勢見てきた。祈っても願っても、死ぬ時はあっけなく死ぬ事を俺は知っている。


 弱いって辛ぇな……


 こんな気持ちになるのはガキの頃以来だ。親父や兄弟子達の背中を必死で追っていた10代。あの頃は、負けるのが悔しくて悔しくて、狂ったように剣を振り続けた。


 相手が人間なら、剣一本あれば戦える。抗う術があれば希望も見いだせる。


 だが、精霊王相手に剣は無力だ。炎を纏う精霊王に近づくこともできない。俺に出来る事ってなんだ?


 世界の為に孫娘と心中してくれとセフィリア様に懇願するか?


 駄目だ。そんなことを口にしたら、セフィリア様と風の精霊王(ウィンダム)までが、世界を滅ぼす側に回りかねない。


「大丈夫。希望はあるわ!」


 そう言ってセフィリア様はブレイウッドに目を落とす。


「早くシーリアちゃんを連れて他の兵士達と合流しなさい。シーリアちゃんが目覚めるまでの時間は、私がなんとしても稼いであげる。そうね、水とお菓子! 何か甘いもの持ってきなさい!」

「俺は役目はお使いですか?」

「役目があるだけましでしょう?」


 良い笑顔を見せるセフィリア様に俺は誓う。


「剣と筋肉に誓って、必ず戻ってきます!」

「いつも思うんだけど、そのダサいポーズ何とかならないのかしら?」


 うるせーー!! こっちだってわかってるんだよ!! でも伝統なんだからしょうがねぇだろ!!


 俺はブレイウッドを抱えて走り、小さな丘の麓に集まっていた他の兵士達と合流する。どうやら全員無事に避難できていたようで、俺達が最後だった。俺はこの場にキャンプを張る事を命じる。


 物資を積んだ馬車も馬も無事だった。ちゃっかり帝国兵が乗ってきてたのを捕まえたのだろう。馬に至っては数が増えている。


 ただ、避難のどさくさで俺が捕えた帝国の指揮官は逃してしまったようだ。縄に繋いで引きずっていたが途中、飛んできた火の粉で縄で切れてしまったらしい。手足を斬り落としたウェアウルフの方は確保して馬車に放り込んであった。


 敵の首魁を捕えてくると大見栄を切った手前、俺はセフィリア様になんと報告しようか頭を抱える。


 それから、俺は彼等に嘘をついた。


 炎の精霊王(サラマンドラ)はセフィリア様が鎮めるから問題ない。そう嘘をついて、彼等を安心させることにしたのだ。


 実際には世界の終わり一歩手前だ。だが、流石の俺でも50人の精鋭兵士が暴走し始めたら止められないからな。


 セフィリア様のいう通り、今はブレイウッドに賭けるしかない。


「シーリアさん。ごめん、ごめんなさい……」


 血塗れで気を失っているブレイウッドを見てバネットとシュガリーが泣き崩れる。黙ってうつむいたまのグランスも、相当責任を感じているようだ。


「ブレイウッドの手当を頼む。絶対に死なせるな」

「はっ! 剣と筋肉に誓って!」

「頼んだぞ。世界の運命と俺の首がかかってる」

「は?」


 俺は衛生兵の資格を持つ女性兵士にブレイウッドを預ける。彼女は警備隊に10人しかいない天使級の加護を持つ衛生兵だ。多少の医術の心得もあるらしい。とはいえ、天使級の加護があっても、医術の知識があっても、この場で出来るのは傷を塞ぐくらいだ。失った血も、指も、元に戻ることは無い。この後、目を覚ますかどうかはブレイウッドの体力にかかっている。


 俺は現状把握もそこそこに、馬車に積まれた物資を漁る。セフィリア様に水と食料を届けなければならないからだ。


「大尉! 来てください! ブレイウッド二等兵の手が!?」

「ん? どうした?」

「いえ……それが……」


 衛生兵が呼びに来たので、俺は急いでブレイウッドの元に向かう。


 急増の寝台に寝かされたブレイウッド。その周囲を兵士達が囲み、皆何やら首を捻っている。


「どうした? ブレイウッドに何があった?」


 兵士達をかきわけてブレイウッドを見た俺は目を疑った。


 ブレイウッドの右手の指が治っていた。


 衛生兵の顔を見ると勢いよく首を振る。


 だよな……


「傷口を見ようとしたら……そのスカーフは大尉のですよね?」

「ああ、巻いた時には確かにブレイウッドの手には指は無かった。血もついているだろう?」

「ええ、私もあの場を見ていましたから」


 ブレイウッドが指を食い千切られた所は多くの兵士に目撃されていた。それから俺が止血した時も、確かにブレイウッドの右手は指が無かった。


 勿論、俺のスカーフが欠損部を復元するような、特殊な魔法道具だったなんてことは無い。軍の支給品でここにいる奴なら皆持ってる。


 じゃあなんだ?


 これは、あれか? ブレイウッド守護者とやらだからか?


 まあ、よくわからんが、とにかく希望は持てそうだ。

読んで頂きましてありがとうございます。

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