転換期
2月14日はふんどしの日!なろうふんどし部は今年も頑張ります!
主人公不在の3人称です。
WARNING!! WARNING!!
第125ブロックに高エネルギー反応。
外郭破孔、大気流出を確認。リペア開始。
断重力フィールド広域展開。
緊急事態マニュアルに則り環境欺瞞システムを解除します。
外郭修復……完了。
流出物回収……完了。
各セクション、システムチェック……オールグリーン。
環境欺瞞システム再起動。ナノミスト展開……
「あーのー馬ー鹿ーむーすーめー!!!!!!」
ミノタウロスの群れに正気を無くしたエリュシアリアが放った『プロミネンス砲』は。フィンレの外壁を撃ち抜いた。予期せぬ事態に管制室で対応するヘキサだが、当然激おこである。
膨らんだその頬は普段より赤みが増している。アンドロイドである彼女には実際血が流れているわけではない。しかし、高性能な彼女のボディは、感情に合わせて体表の色合いを変化させることくらいやってのける。
「まったくもー!! やってくれましたねあのお馬鹿さんは!!」
全体で見れば軽微な被害だが、山間部の8割が消滅。生息していた多くの動植物が失われた。
「はぁ~!! まったく!!」
大きなため息が漏れる。アンドロイドであるヘキサに呼吸の必要はない。しかし、アンドロイドにだってため息をつきたい時くらいある。
「人の心は弱く不安定。未熟な精神に分不相応な力を与えたこちらの落ち度でもあります。まだ、フィンレ内で済んでよかったと考えるべきでしょう。それよりも大きな問題は、この世界の人間にフィンレを見られてしまったことですね」
事故や敵の攻撃を受けたなどの緊急事態が起きた際、救援や周辺住民の避難に支障をきたしかねないことから、光学迷彩などのステルスシステムを解除することがマニュアルによって定められている。外壁の応急処置と、システムの自己診断で問題無しが出るまで1分にも満たない時間だったが、その間フィンレは迷彩を解除し、地上から目視できる状態になっていた。
「よりにもよってこのタイミングとか、我らが守護者様は世界の運命を狂わせる天才かもしれませんね」
フィンレの現在位置を確認して、ヘキサは頭を抱える。当然アンドロイドであるヘキサが頭痛を起こすことは無い。しかし、頭を抱えたい時はアンドロイドにだってあるのだ。
フィンレは日本の九州に匹敵する面積を持つ巨大な浮島だ。この世界に住む人がそれを目撃することで世界にどのような影響を与えるのか?
高性能なボディは心の機微を敏感に表し、彼女の口角を僅かに緩ませる。
「まあ、それはそれとして、まずは……お仕置きですね!」
✤✤✤
中央大陸の北部に位置し、広大な国土を有する惑星リデルタ最大の覇権国家イグレス帝国。
今でこそ強大な軍事力を持ち、繁栄と畏怖を世界に轟かせている帝国だが、元々は決して豊かな国ではなかった。実際、国土の大部分は1年の半分が雪に閉ざされるような寒冷地であり、人が暮らすには厳しい土地がほとんどだ。また、帝国に生まれた者は精霊魔法との相性が悪く、他国のように精霊魔法の恩恵を受けることも出来ない。そのせいで、精霊に見放された国と蔑まれてきた。
このような厳しい環境にありながら、イグレス帝国が何故世界最大の国家となれたのか? それは鉱物資源に恵まれていたからだ。帝国には鉄だけでなく、ミスリル、オリハルコンなどの希少金属の鉱床が幾つも存在し、それらの加工技術も発達していた。
工業力で他国を一歩も二歩も進んでいた帝国製の武器は強い。戦争になれば、魔法攻撃を無効化するオリハルコンの盾と、鉄の剣より遥かに高性能なミスリルの剣を持った帝国の兵士は、他国の兵士をいともたやすく蹴散らした。
精霊に見放された国? とんでもない!!
学者達は貧しい土地で育つ作物を開発し、少しでも収穫量を増やすために多くの新たな農機具を発明した。
帝国の鍛冶師や職人はより強力な武器を、安く、多く生産するために技術を磨いた。
そして、為政者達は帝国の民が他国に劣等感を抱かぬように、帝国民は神に選ばれた民族という神民主義を掲げた!
帝国には精霊灯や精霊による浄化装置は無い。しかし、精霊に頼らなくても同様の機能を持つ道具が作れないわけではない。明かりはアルコールや油で何とかなる。浄化装置も下水道を張り巡らせ、ろ過を使った浄化槽を作ればいい。精霊魔法に比べれば確かにコストはかかる。手間も労力もかかる。だが、できる。人の力で作れるのだ。
例え精霊魔法が使えなくても、他国に引けをとらない生活を帝国臣民に与えるために、産業、経済、文化、技術を発達させてきた人による、人の為の国。
剣と魔法の世界で、魔法に頼らず、人の英知によってのし上った超大国。それがイグレス帝国なのである。
その日、帝都の空が奪われた。
人口100万を越える世界最大の都市、帝都パラケルス。多くの市民が冬支度の為に外へと繰り出し、石畳の通りには薪や保存食をいっぱいに積んだ荷馬車が行きかう、よく晴れた秋の昼下がり。
その上空を突如、全容が図れない程巨大な何かが覆った。それは陽の光を遮り、一瞬にして帝都に闇を落とすと、またすぐに空に溶け込むかのように消えていった。
帝都に暮らす100万の人々は恐怖した。
神、悪魔、ドラゴン、精霊、魔法。
世界には人知の及ばぬ存在がいったいどれだけ存在するのだろう?
どれだけ国を発展させれば、人は何者にも脅かされることなく、平穏に暮らすことができるようになるのだろう?
驚いたのは帝都の市民だけではない。謎の物体は遠方の町や村からも見えるほどに大きく、多くの帝国民と貴族達を動揺させた。
帝都の中心に位置する皇城とて例外ではない。すぐに厳戒態勢が敷かれ、城壁には射槍機を構えた兵士達がずらりと並んで待機している。
帝国皇帝カシオペイアはバルコニーから喧噪冷め止まぬ城下を眺めていた。
「伝承にあった空を渡る大地。アスラの民は実在していたのか? ……精霊の森でフィンレをいくら探しても見つからぬはずじゃ。ありもしない場所に攻め込み、地上を血眼になって探す我らの姿は、エルフ共にとってさぞ滑稽だったじゃろうな」
帝国には1000年以上前の文献や記録が数多く残されており、中にはアルコード文明が初めてこの惑星にやってきた時のものも存在する。
エルフを寵愛し、当時荒廃していた大陸北西部を豊かな土地へと変えたアスラの民。
忌々しい……自分達は苦労して這い上がったというのに……
忌々しい……美しく、長命で精霊に愛された種族。
忌々しい……何故、アスラの民は帝国を選ばなかったのか!
神は帝国を選んだのではなかったのか!?
当時の記録には、黒魔法によってフィンレを現在の精霊の森に落とした事。そして、アスラの民と、エルフ。そして目と鼻の先で豊かな土地を与えられた現在の北西諸国連合への妬みと憎しみが記されていた。
書かれた内容が、神の子とされる皇帝への不審に繋がるという理由から、当時の記録や手記は、皇帝のみが閲覧できる資料庫へと封印され、世に出てはいない。
「陛下、外は危険でございます。どうか奥へとお戻りください」
長年使える年配の侍女の言葉を女帝は鼻で笑う。
「もしも、あれが敵であったならば、こんなちんけな城に籠っていてもどうにもなるまい?」
「ですが……」
「わかったわかった。今戻る」
何処にいても同じならば、せめて臣下を安心させてやるべきだろう。
「しかし、何故1000年姿を見せなかったフィンレが今になって?」
もう一度だけ振り返って空を見上げる。そこに広がるのは虚しいくらい静かで、雲一つない秋の空。
ただのまやかしだったのかもしれない。だが、民の心に不安という楔が打ち込まれたのは事実だ。
資料を封印したとしても、アスラの民の伝承として国民の間に伝わっている。偽りの神アスラと、帝国との戦いは、帝国の勝利を湛える物語として数多の吟遊詩人によって謡われてきたからだ。本にもなっているし、舞台化もされている。そこには当然空を渡る大地フィンレも登場する。今頃、王都の民は空に現れた物体を伝承に結び付けて憶測していることだろう。アスラが復活し、帝国に攻めてきたと。
帝位についてから20年が経つが、カシオペイアは一度も戦争を経験していない。厳密に言えば北西諸国連合との戦争は継続中だが、全て軍部に任せている。当たり障りのない無難な政策ばかりで、派手さの無い彼女を日陰の皇帝と揶揄する者もいる。そういった自身の評価を彼女は知っていたが、自分が名君たる器で無いことも自覚していたため放置していた。だが、民の不安は為政者が頼りないとより大きくなっていくものである。今なにもせず放っておけば、小さな不安はいつしか大きな不信感へと変わり、治安の悪化、さらには暴動に発展する場合も考えられる。
(そういえば、センチュリオンの王も似たように言われておるそうじゃな。3人の妃の尻に敷かれる優男と聞くが……お互い大変じゃのう)
センチュリオン王国は決して相容れない天敵である。だが、お互い平穏な時代に為政者となったことで、カシオペイアはアルフォンス三世に対して密かに親近感を抱いていた。
「転換期なのやもしれんな」
「陛下?」
「何でもない。ゆくぞ。急ぎ民を安心させてやらねばな」
その時、カシオペイアの中である決意が生まれていた。
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