咆哮
主人公視点に戻ります。
「ブレイウッド……またお前の仕業か!?」
ああん? せっかく助けてあげたのにこの言われよう酷くない? 確かに血塗れでひどい状態だけど、潰されなかっただけマシじゃないかな?
「もう、せっかく助けてあげたのに。私、命の恩人だと思うんですけど?」
蹴っ飛ばしてやりたかったがやめた。足が汚れるからだ。それでもフリだけすると、オバリー大尉はあっさり降参を示した。よほど弱っているらしい。
「ああ、悪かったよ。助かった……痛てて、どうやら夢じゃないみたいだな」
「診ましょうか?」
「いや、いい。もう動ける」
辛そうな顔で身体を起こそうとするオバリー大尉。握った拳からは僅かだが聖炎を感じる。でも、やはりドラゴンとの戦いによって、オバリー大尉は肉体的にも精神的にも既に限界のようだ。大きな怪我は負ってなさそうだけど、今のその僅かな聖炎では全身の回復は望めない。
弱ってるところを見せたくないのかな? 頼ってくれればいいのに大人って本当に見栄っ張りだね。
「そんな小さな聖炎しか出せないくらい弱ってるくせに、無理しないでください」
私はドラゴンの体液がかからなかった背中に手を当てると、問答無用で聖炎供給魔法『ソウルチャージ』でオバリー大尉の身体を癒す。『ソウルチャージ』は他者に自分の聖炎を流し込む魔法である。心が折れていたり気を失って聖炎が使えない状態にある人や、そもそも加護を持っていない人の身体を癒すことが出来るが、使用には天使級以上の加護が必要だ。
聖炎はアスラネットワークサービスが提供しているナノマシン技術によるツールであって、実際には魔法ではない。けど面倒だから私は魔法と呼んでいる。私だけ別の呼び方しても浮くだけだしね。
因みに魔法を使うとき現れる聖刻は、実はアスラネットワークサービスのロゴだったりする。皆は女神タグマニュエル様の紋章と信じてるから絶対の秘密だ。
「……ったく。かっこくらいつけさせろよ。いや、本当に助かった。礼を言う」
「よろしい」
まったく。最初から素直にそう言えばいいのだ。
「よいしゃ! あ?」
元々それほど酷い怪我は無かった。私の聖炎を受けたオバリー大尉は、すぐに回復して元気よく立ち上がる。が、こちらを見た途端、何故か頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「……ブレイウッド」
「なんですか?」
「その背中に背負っているのはなんだ?」
「途中でカノン達が救出したのを預かってきました。今は眠っていますが、この通り、怪我もなく無事です。私はこの子を里に送って行く途中、大尉を発見した次第です」
うさ耳迷子少女のラピナちゃんは、サシャさんとワグリンさんに作ってもらった即席のおんぶ紐に縛られて、今は私の背中で眠っている。飛んでる最中に一度起きたんだけど、またすぐに眠ってしまった。ずっとゴブリンから逃げ回っていたみたいだし、疲れていたんだと思う。
まあ、ドラゴンの体液まみれで這いつくばってる褌男なんて、ばっちいのを見なくて済んだんだから、寝てて良かったよ。
「はぁ、そうか。無事だったか! 良かった!」
ほっと息を吐くオバリー大尉。清々しい顔で地面に腰を下ろす。
そういえば、大尉とリオン君はこの子を探す手助けをしてたんだっけ? なして半裸でドラゴンから逃げ回るはめになったのかは謎だけど。
ラピナちゃんを送り届けるために兎系獣人の里へと向かう途中、森の中からドラゴンに追いかけられたオバリー大尉が飛び出して来たのには驚いた。しかも褌一丁だったものだから、見た瞬間には思いっきり吹いちゃったよ。どうしてそうなったって!
それでちょっとばかり助けるのが遅れたのは内緒にしておこう。
「それでブレイウッド。お前どうやって来た? バネットとシュガリーは一緒じゃないのか?」
「レノアとファーファは、エルフの里にいたこの子のお姉さんと一緒に兎系獣人の里に向かってます。私は先行していたのですが、川沿いを行くカノン達と合流して、カノン達は沼に向かうため私がこの子……ラピナちゃんを預ったという次第です」
首を傾げるオバリー大尉。私、何か変なこと言ったっけ?
「先行した? っていうか、エルフの里から川沿いを通って、兎系獣人の里に向かっていてなんでここにいるんだ?」
いやなんでと言われても。首を傾げているとオバリー大尉が水辺を指さす。
「ここは沼の向こう側だぞ?」
「沼?」
空からだと綺麗な湖にしか見えなかったからわからなかった。沼や湿地帯と言うから、干潟やどろんこパークみたいなのを想像していたからだ。
「えっと、兎系獣人の里は?」
「沼の向こう側。あっちだな」
私が飛んできたのとは全く違う方向を指さす。
あれ~?
「お前、どうやってここまで来たんだ?」
「まあ、こんな感じにですね……」
論じるより見せる方が早いだろう。私はその場でふわりと浮かび上がる。
「飛べるようになりました!」
「はあ?」
空中に制止したままの私をぽかんと見上げるオバリー大尉。
「そんなに驚くほどのことじゃないでしょう?」
そもそも魔法がある世界だ。火の玉飛ばしたり、精霊王の召喚やらに比べれば、空を飛ぶくらい地味な方だと思う。空中を蹴る『インパルス』だってある意味飛翔術なわけだし……
「なるほど、わかった。あと、下着丸見えだぞ?」
やかましいわ!
私はやたら短い兵衣の裾を抑えながらゆっくりと地面に下りる。
そうだった。すっかり馴れてたけど、この世界の女性の衣装はやたら色っぽい。パンツは見えちゃうもの(褌だけど)。太もも、谷間、横乳は見せるものみたいな。
破廉恥だ! 女性を性的に搾取している! なんて、地球基準の視点で改善を求めるのは野暮だろう。生地だって高価だし、下着が普及してる分、庶民の女性がノーパンで暮らしてた地球の中世よりマシなくらいだ。
でも帰ったら短パン作ろう。
「隠すほどの色気は無いから安心しろ」
「えりゅたんきーーーーーっく!!!!!」
「おっと!?」
手応え(足応え?)は無い。オバリー大尉は私の蹴りを躱し、冷やかすように逃げていく。
ちぇっ! 回復させ過ぎたか。
こっちはラピナちゃんを背負っているから本気では動けない。でもね、私には新技が色々あるんだよ!
「『プラズマインパクトガン』!!」
「のわっ!?」
野生の感だろうか? 私の放った『プラズマインパクトガン』をぎりぎりで躱したオバリー大尉。流れ弾は真っ二つになったドラゴンの死体の片側をミンチに変える。
『フレイムショット』とは次元の違う威力に流石に身の危険を感じたのか、顔をひきつらせたオバリー大尉は両手を掲げて無抵抗を示す。
「おーけー。悪かった。お前は今でも十分魅力的なレディだ」
よろしい。
「……ったく。しかし、なんて威力だ。アーマードラゴンの甲殻が粉々じゃないか」
オバリー大尉が『プラズマインパクトガン』を受けて益々グロテスクになったドラゴンの死体を眺めて言った。
「お前、俺を殺す気だったのか?」
「人に対してはそこまで威力は出ません。数十メートルくらい吹っ飛ぶのが精々です」
私はイクスショアラの武装を聖炎で再現して使用できる。それらの威力は確かに高いが、それでも人に対して安全装置が働くのは、他の聖炎による魔法と変わらない。
「いやそれ、下手すりゃ死ぬからな? ……こっちは骨までスパっと切れてやがる。なんて綺麗な断面だ。これもお前の魔法か?」
ドラゴンの切り口を眺め、その切断面の鮮やかさに感嘆するオバリー大尉。『ブレイブレイザー』の試し斬りのつもりだったけど、私もまさかここまでよく切れるとは思わなかった。
「はい。『ブレイブレイザー』というびーむさー……伸縮自在の光の刃を作り出す魔法です」
実際に指先からビームの刀身を発生させると、それを振るい、ドラゴンの角の一本を切断してみせる。
「アーマードラゴンの角は世界で最も堅い素材のひとつと言われてるんだぞ……それがまるで棒きれかよ」
耐ビーム処理されていない素材なら、ドラゴンの角も木の棒も変わらない。通常の装甲でビーム兵器が防げないのはSFの常識だよ。
「守護者の力ってのは凄まじいな。俺達にはできないのか? その魔法」
「同じのは不可能です。出力が足りません」
イクスショアラのヒステリックエンジンから無制限にパワー供給を受けられる私と違い、一般のサービス利用者は精神が空間に作用する僅かな波動をエネルギーとして聖炎を稼働させている。そのせいで聖炎は心の炎と呼ばれているが、ビーム兵器を運用できるほどの出力は無い。
「そうか……俺達でもドラゴンが斬れればって思ったんだがな。それに、今のお前の事をお偉いさんが知ったら、厄介ごとは全部お前任せになっちまうぞ? まじで」
悔しそうなオバリー大尉。ドラゴンを斬りたいってのは剣士なら当然の願望だろう。それにオバリー大尉は以前から、国や軍が私の力に依存することを懸念している。
私なら例え最強の魔獣である真龍種が襲ってきても軽く撃退できる。私が出ていくだけで兵の犠牲を出さずに済むのだから、そりゃそうだろう。セフィリア様達エルフのように、生き神様扱いされるくらいであれば、気軽に頼み事もされないだろうが、王女である私はそうもいかない。国と民のためと言われれば断れない。
とはいえだ。まあ、そのくらいの事は予想してるわけで……解決策はちゃんと用意してるんだよね。
「でも、似たような魔法なら使えます」
「なんだって?」
私はおんぶ紐を解いて、ラピナちゃんを地面に寝かせると、太もものベルトに差していたいたナイフを抜く。
聖炎は正式名称をナノフレアといって、アスラネットワークサービスによって運用されているナノマシンツールだ。身体機能強化魔法の『バーニングマッスル』、聖炎を射出する『フレイムショット』などの聖炎を用いた魔法というのは、実際はナノフレアにプログラムされたもので、利用者は使いたい魔法をイメージをナノフレアに伝えることで発動する。ナノフレアにプログラムされた魔法は100種類に及ぶが、運用開始から1000年近く経っているにも関わらず、実は3分の1も発見されていない。これは、プログラムされた魔法のほとんどが、物理学が未発達なこの世界の人間の想像の範疇外であることが原因である。私がこれから見せるのもそんな未発見の魔法のひとつだ。
魔法を発動すると私の周囲が僅かに揺らぎ、空気を震わす唸り声のような音が静かな湖畔に響いた。聖炎を振動波とする魔法『ロア』だ。
「てりゃ!」
私が振動波をナイフに纏わせ、ドラゴンの角に向けて振るう。まるで獣が雄叫びを上げるような音と、焦げた匂いが広がり、ナイフは角の先端を切り取った。だが、ナイフも無事ではなかった。ひびが入ったかと思うと、刀身がバラバラと砕ける。ダマスカス鋼でできた結構良いナイフだったが、振動波に耐えられなかったようだ。
「ありゃ?」
柄だけになったナイフを手にオバリー大尉を見る。オバリー大尉は唇を真っすぐに結んで滅多に見せないような真剣な表情をしていたが、その目は少年のように輝かせていた。
「今のなら俺達にもできるのか!?」
「はい。振動波生成魔法『ロア』。剣の刃を振動させ切れ味を上げる他にも、直接打ち込めば脳震盪で相手の意識を刈り取れますし、振動波は飛び道具を弾く盾としても使えます」
「そんな魔法があったのか……だが、一回使っただけでナイフが折れてしまったようだが?」
「ダマスカス鋼では振動波に耐えられなかったようです。玄鋼の武器なら問題ありません」
「そうか!」
玄鋼は、ナノフレアを最適に運用するためにアスラネットワークサービスが秘密裏に提供している素材だからね。
「かなり難しい魔法ではありますが……覚えます?」
「覚えるに決まってるだろう!」
「ですよね。ではフィンレにいる間にリオン君達も含めてレクチャーしましょうか」
『ロア』が使えれば、どんな魔獣が襲ってきても人の力で対抗できるようになる。人々が私に依存しないようにする為に、『ロア』の公開と伝授はヘキサ様とも話し合って決めたことである。
『ロア』は様々な応用が利く非常に面白い魔法だ。達人は更なる高みを目指すため、若い剣士達もそれに追いつけ追い越せと、習得と応用の開発に熱意を燃やすだろう。『ロア』ブームの到来だ。国や軍も『ロア』の運用を前提とした新たな戦術を考えて試そうとする。結果、最初から私に頼ろうとしなくなるって寸法だ。
オバリー大尉、レノア、ファーファ、リオン君にはブームの火付け役になってもらおう。
「いや待て、まずは俺に教えろ。こっそりとだ」
「はい? なぜです?」
「一緒に習い初めて俺より先に奴らが習得したら俺の立つ瀬が無いだろう?」
まったく!! 大人ってやつは!!
えりゅたん無自覚ですが実は超方向音痴です!
読んで頂きましてありがとうございます。本年度も何卒宜しくお願い致します。