討滅
センチュリオン王国軍アイアンライン警備隊所属。ランド・オバリー大尉。25歳独身。
身長は平均よりやや高い程度。顔立ちも悪くは無いが、特別優れているというわけでもない。軍人らしく短く狩り込んだ深い栗色の髪に、瞳は鳶色と、ありがちな見た目で、印象に残りにくい容姿といえるだろう。
ぱっと見は何処にでもいるような普通の優男。出世に興味もなく、斜に構えた言動と社交的とはいえない性格のせいで、軍隊という集団の中では、あまり目立たないタイプである。だが、一見平凡に見える彼の経歴、肩書は実に非凡なものであった。彼は王家の剣術指南も務める剣術の名家、オバリー一刀流宗家の長子であり、いずれは宗主になる立場にある。
王都の剣術大会には過去に二度出場し、そのいずれも準優勝。若き天才剣士。剣士界のサラブレットともてはやされ、次回大会においてはいよいよ優勝かと期待されていた。ところが彼はどういうわけか実家を飛び出し軍へと入隊。辺境のアイアンライン警備隊への配属を志願する。
表舞台から姿を消した天才剣士について様々な憶測や噂が流れたが、その後に眉目秀麗な剣聖ゼファード・スタリオンが誕生したことで、ランド・オバリーの名は次第に人々の記憶から消えていった。
そんな幻の天才剣士ランド・オバリーが今、褌一丁でドラゴンに追われているなどと、だれが想像するだろう?
(俺の悪運もここまでかもな)
ランド・オバリーは生死の境に立たされていた。
気が付くと森を抜け、沼地のほとりを走っていた。そこは見通しが良く、隠れる場所も無い。眼前に広がる底なし沼。執拗に追っ背後に迫るアーマードラゴン。絶体絶命の状況にオバリー大尉は己の不運を嘆く。
(このままでは泥にまみれて喰われるか、このまま喰われるかふたつにひとつ。イチかバチか『インパルス』で対岸まで跳ぶか? いや、距離がありすぎる。途中で墜落して沼に沈むだけだな。どっちにしても死ぬ)
Angiraaaaaa!!!!!
勝ち誇るように雄叫びを上げてアーマードラゴンが前足を振るう。間一髪で飛んで躱し、『フレイムショット』を顔面に浴びせる。
「クソっ! 目晦ましにもならんか!」
『フレイムショット』が目晦ましにしかならないことをアーマードラゴンは既に知っていた。アーマードラゴンは飛んできた『フレイムショット』を意に介さず、もう一度前足を振るう。
「なんのっ!!」
転がるように躱し、アーマードラゴンの腹の下へ。股ぐらを抜けて後ろへ抜けようとしたその時だ。
アーマードラゴンの太い尾が行く手を阻み、オバリー大尉はそれに正面から衝突する。
幸い角が無い部分だったため串刺しになることは免れたが、堅い外皮に跳ね飛ばされて地面に転がる。
「がっ! ちくしょう!」
全身を打ち付けて悪態をつく。幸い骨は折れていなさそうだ。だが、受けた衝撃は大きく、身を起こそうとする意志に反し、身体が動かない。
Angiraaaaaa!!!!!
「くそっ!! いいぜ!! そんなに喰いたいなら喰ってみろ!!」
身体は動かない。しかし!!
(動け!! 俺の足!!)
アーマードラゴンの牙が迫った瞬間、オバリー大尉は倒れたままの体制で地面を蹴り、『インパルス』で空中に跳ぶ。
Angiraaaaaa!!!!!
アーマードラゴンの反応も早かった。空中で捕えようと大きく口を開けて跳躍する。
オバリー大尉はにやりと笑みを浮かべた。
真下には底なし沼。
(俺の勝ちだ!!)
岸に向けて空中を蹴る。とはいえ不安定な姿勢での『インパルス』だ。身体もぼろぼろで、オバリー大尉はろくに受け身もとれず地面に墜落する。
アーマードラゴンが派手に沼に飛び込んだのが、音と水しぶきで伝わってきた。彼は口元に笑みを浮かべながら沼地を見る。
(単独でのアーマードラゴン討滅! 証人がいないのが悔やまれる!)
アーマードラゴンの最後を見届けようと、視線を送るオバリー大尉。だが、彼の目に映ったのは沼底に沈んでいく姿ではなく……
「なんで足が着いてるんだよ!?」
アーマードラゴンは沈まなかった。重厚な巨体は泥に足をとられることなく、沼から這い上がってくる。
Angiraaaaaa!!!!!
(沼が浅かったのか? ったく……まったくついてない)
万策尽きて、これ以上逃げる体力も気力もない。大の字になって空を見上げる。気持ちのいいくらい晴れ渡った空だ。
「俺もこれまでか」
近づいてくる足音。やがてアーマードラゴンの頭がオバリー大尉を見下ろし視界を奪う。
「どけよ。空が見えないだろう?」
真っ赤な口。不揃いに並んだ牙。
(くっせぇ……)
口臭の臭さに顔をしかめた。死を覚悟したその時、金色の光が瞬いたように見えた。それはかつて恋した女の髪色によく似た色合いの光。
(錯覚か。この期に及んで、俺ってほんと未練がましいよな)
自嘲するオバリー大尉。失恋のショックから軍に入って7年。最初は腐っていたが、それでもやりがいは感じていた。それにシーリア・ブレイウッドと関わったここ数ヵ月は楽しかった。
「なんだ。早くしろよ」
覚悟した死が訪れない。アーマードラゴンは動きを止めたまま、その頭が左右にずれた。血が、唾液が、脳髄が……アーマードラゴンの頭部に詰まっていたあらゆる液体がオバリー大尉にぶちまけられる。
「ぐわっ!? げほっ!? なんだこれ……何が起こった!?」
アーマードラゴン巨体が傾き倒れる。たまらず地べたを這うようにその場を離れるオバリー大尉。それから改めてアーマードラゴンを見ると、そこにあったのは頭から尻尾まで綺麗に真っ二つに切り裂かれたアーマードラゴンの姿だ。
「冗談だろう?」
ふわりと何者かが傍らに降り立つ気配がした。
「うわ、グロっ!? 切れすぎだよこれ!?」
聞き覚えのある幼い娘の声。幻聴ではない。命拾いしたことも忘れてオバリー大尉は拳を握った。
「ブレイウッド……またお前の仕業か!」
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