鎧竜
惑星リデルタの生態系の頂点に君臨する超生物。それが龍種だ。
人類が誕生するより遥か古来に誕生し、今なお進化し続けている万物の霊長──惑星リデルタにおいて人類はその地位にいない。人類が繁栄できたのは、龍のいない土地が偶然人が暮らすのに適していたに過ぎず、もしドラゴンと共生していれば、人の祖先は地下に潜るか、荒れた荒野に追いやられるか。文明を築く前に滅びていたかもしれない。
アーマードラゴンは、そんな最強種族の一角である。空を飛ぶための翼やブレス攻撃といった特殊能力は持たないが、岩のような堅い外皮と全身から生えた鋭い角により、極めて高い防御力を持ち、現在の人が持つ武器は殆ど歯が立たない。
でかい。堅い。その重量級の見た目に反して走るのもそこそこ速く、パワーにおいても最強クラスである。もし、うっかり遭遇してしまったならば、一目散に逃げる以外の選択肢はありえない。
一般的に熊などの野生動物に遭遇したら、すぐに背中を見せて逃げるのは危険とされている。だが、ドラゴンは別だ。ドラゴンは野生動物とは違い、自分達が最も強い生き物であると知っている。人間など警戒しないし、恐れることは無い。だから、話しかけたり、ゆっくりした動きを見せると、ドラゴンは自分が舐められていると感じて襲ってくる。
本来、ドラゴンにとって人間など小さくて食いごたえが無く、服など異物を着込んでいる為、餌としては下の下である。もしも、運悪くドラゴンに遭遇したとしても、急いでその場を離れ、視界から消えれば、彼等はすぐに興味を無くし見逃してくれるだろう。
よほど機嫌が悪いか、よほど空腹でなければの話だが。
✤✤✤
Angiraaaaaaaa!!!!!!!
「このアーマードラゴン。よほど俺達のことが食いたいみたいだな。そんなに腹ペコだったのか?」
「大尉が顔面にいきなり『フレイムショット』を当てたからじゃないですか!? そうでなければ、ミノタウロスの死体の方を食べたでしょう!?」
「仕方ないだろう? あの場に居座られるわけにはいかなかったんだから。ほらほら! こっちだこっち! ドラゴンさんこちら~! ひゃっほー!」
「ちょっと、あんまり挑発しないでくださいよ?」
「手強い相手に挑発は基本だよリオン君。頭に血が上って冷静さを欠かせれば隙ができるし、こっちは気分がスッキリするだろう?」
「性格悪いですね……」
「戦略家と言ってくれたまえ」
軽口を叩いているが、彼等は割とピンチだった。怒り心頭のアーマードラゴンに追われているのだから当然だが、加えて彼等は丸腰で褌一丁。服を着る暇が無かったのだから仕方がない。
ドラゴンに追われて彼等は走る。自慢の剣すら放り出して、褌一丁で森へと向かって突っ走る。
彼等もただ逃げ回っているわけではない。挑発しているのは、アーマードラゴンの本来の住処である湿地帯の向こうへと誘導するためだ。
「デビットさん達が戻ってきたとき、僕達がいなくて心配しませんかね?」
「まあ、流石にこいつの足跡が残ってたら察するだろう」
「ですね」
オバリー大尉とリオンは干からびた沼地を通り、鬱蒼とした森へと入る。木から木へ。枝から枝へと猿のように逃げる彼等を、木々をなぎ倒しながらアーマードラゴンは追ってくる。『バーニングマッスル』で身体能力を上げていなければすぐに追いつかれて食われていただろう。
「うわっ!?」
木の根に躓いてリオンが足をもつれさせた。その瞬間アーマードラゴンの巨大な牙が迫る。
「危ねぇっ!」
オバリー大尉が放った『フレイムショット』がアーマードラゴンの目元に直撃する。わずかに怯んだ隙リオンを抱えあげて『インパルス』で距離をとる。
リオンの体力が限界であることを覚ったオバリー大尉は、彼を抱えたまま『インパルス』の三段跳びでアーマードラゴンの死角に回り、高い木の上へと飛び上がった。
木の上で息を殺し、アーマードラゴンがその場を離れるのを見届けると、ようやく静かに息を吐いた。
「痛てて……やっぱ『インパルス』は裸足でするもんじゃないな」
『インパルス』は聖炎を爆発させた反動で跳躍したり加速したりする魔法だが、靴底の丈夫な軍靴などを履いていなければ衝撃を肉体で受けることになる。腰を下ろした枝の上でオバリー大尉は自分の足の裏を揉みほぐす。
「すみません。足手纏いになってしまって」
「いいさ。とにかく休憩だな。とはいえあまり時間はとれないが」
湿地帯を抜ける道を知ったアーマードラゴンはすぐに戻ってくる。縄張りを広げたがるのは生物の性だからだ。
「大尉、あれ倒せないんですか?」
「無茶言うな。アーマードラゴンは4大真龍に次ぐ第2種に分類されてる魔獣だぞ。外皮は射槍機を弾くくらい堅い上に、全身の角のせいで普通の剣や槍は届かない。今の俺達だけでどうしろってんだ?」
無数に生えた角は長いもので5メートル。小さくても2メートルくらいの長さがある。それは強靭な盾をかざしながら槍を並べたようなもの。頭部は兜のように発達した外皮に覆われ、目の上や鼻先にも立派な角があって隙が無い。彼等が剣を持たずに逃げていたのも、アーマードラゴン相手に剣など荷物にしかならないことがわかっていたからだ。
「第2種? 魔獣ってA~Eでランク分けされてるんじゃないんですか?」
「A~Eってのは、民間のハンターやランサーズギルドの間で使われてるだけで、公式なものじゃない。ちょくちょく変わるし、SSSとかプラスとかマイナスとか、見栄や都合でどんどんランクを増やしていくからわけわからん。修学院の入試には絶対出ないから忘れろ」
「はあ……」
国は魔獣は民の生活を脅かす害獣と定めているが、魔獣狩りを生業とするハンターやフリーランサーにとっては生活の糧であり、商品だ。この魔獣に対する認識の違いから、フリーランサーは魔獣に対して国とは別に独自のランクを定めているのだ。
リオンの実家は南部で開拓を行う男爵家だ。戦力に乏しい小さな領地では、魔獣が出没すると、どうしても彼等を雇って対応することになる。そういった事情で、民間のハンターから魔獣について学んだリオンは、国が定める公式のランク分けを知らなかったのである。
「ハンターが使うランク分けと何か違うんですか?」
「考え方が全然違うな。まず、フリーランサーのランクは強さや珍しさで決まる。いたってシンプルだな。だが公式のは、魔獣が出た場合、その討伐に際して誰が責任を持つかで決まるんだ」
「責任?」
「ああ。簡単に言えば国、領主、現場のどのレベルで対処するかで分けられている。国王の命で、国主導で討伐を行うようなのが第2種。現地の領主主導だと第3種。現場レベルで対処できるのが第4種になるって具合だ。だから魔獣によってはフリーランサーのランク付けと公式のランクとで逆転している場合が結構ある」
「なるほど」
「その最たるのがゴブリンだな。フリーランサーのランク付けではゴブリンは最下層のEランクだ。数も多いし、倒しても自慢にならんから当然だな。だが、国が定めたランクではゴブリンは第3種に該当し、第4種のオークやミノタウロスより上位になるんだ」
「そんな!? オークもミノタウロスもフリーランサーの間ではA~Bランクに当たる魔獣ですよ!? ゴブリンがそれより上になるなんて!?」
「考えても見ろ。実際、大型の魔獣による被害より、ゴブリンや虫系魔獣みたいな、繫殖力が強い小型の魔獣による被害の方が多いんだ。大型の魔獣と違い、ゴブリンは人里でも繁殖する。だから、領内にゴブリンが出れば、領主は総力を挙げて徹底的に駆除を行わなければならない。潜伏先、侵入経路などの調査は近隣の領主との協力も必要だ。その場で倒して終わりじゃすまないんだよ」
単体では大したことのないゴブリンだが、彼等は群で行動してどんどん増える。そのため、種としての脅威度は、個体として強力な種より上位となる。オバリー大尉の話を聞いて、はっとした表情をするリオン。どうやら心当たりがあるらしい。
「なるほど。確かにそうです。以前うちの領内にゴブリンが出たとき、父は通常より高い報酬を出してハンターを雇っていました。ずっと不思議に思っていましたが、そういった理由があったんですね」
「ゴブリンは売っても金にならないから、ハンターもフリーランサーも進んで狩ろうとはしない。だが、小さな領地しか持たない領主だと、彼等を雇って戦力にするしかないからな。ゴブリンの巣窟になった土地だと悪評がたったら誰も住みたがらないし、商人も来なくなる。国から多少は助成金が出るし、まともな領主なら金をケチったりはしないだろうさ」
「はい。疑問がひとつ解けました! ところで、第2種から第4種まではわかりましたが、第1種は?」
「ああ、4大真龍とか、セフィリア様とか、人の力じゃもうどうにもならんのが第1種だ」
「セフィリア様、魔獣扱いなんですか……」
「インヴィンシブルで編纂してる魔獣図鑑に載ってるぞ。まあジョークで入れたんだろうがな。言うなよ?」
「も、もちろんです」
名前:アモン・シルヴィ・スレイン・エステア・クロア・フォーリア・セフィリア。
分類:ハイエルフ
タイプ:精霊、風
高さ:1.7メートル。重さ:???
特性:子供好き。
かぜの せいれいおうの しゅごをうけた えるふのおさ。 てんぺんちいをあやつり ひとばんで じゅうまんの てきへいを たおした。 ものすごい びじん。
「アーマードラゴンは本来国レベルで立ち向かわなきゃならんような相手だ。だが、討伐事例はいくつかあるぞ? ねぐらを森ごと焼いて焼き殺したとか、落とし穴に落としてから水を流し込んで、溺れさせたりしてな」
「今の僕達にはできませんね」
「だな。対処はセフィリア様に任せよう。おっと。奴が戻ってきたようだ」
あの巨体だ。森の中で気配を隠せるものではない。再び現れたアーマードラゴンは、木の上にいるふたりに気付いたようだ。雄叫び上げて、まっすぐ向かってくる。
「どうやら鼻も利くようだな」
「やっぱ僕たち匂うんですかね?」
「しかたない。ここからは別行動しよう。俺はこのまま囮になる。その間にお前は、奴を押し付けられそうな魔獣を探せ。見つけたら花火を上げろ」
例え今振り切ったとしても、匂いを辿って追ってくるだろう。だが、腹が膨れていればわざわざちっぽけな人間を襲う必要はない。元々この森にはアーマードラゴンが腹を満たせるだけの餌になる魔獣が十分に生息しているはずなのだ。
「地の利の無い土地だ。無理はしなくていい。限界だと思ったら戻ってデビット達と合流しろ」
「了解です」
「よし、行くぞ!」
アーマードラゴンが木に体当たりするのと、ふたりが木から飛び降りたのはほぼ同時だった。
へし折られた木が倒れ、土や葉っぱが舞い上がった隙にリオンは森の奥へと消える。
「さあ、鬼ごっこの続きといこう!」
『フレイムショット』を乱射してアーマードラゴンの気を引くことに成功すると、オバリー大尉は背中を向けて走り出した。
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