ドリームチーム
「シーリアさま!」
駆け寄ってきたカノンを受け止めてぎゅっと幸せハグ。
「カノン久しぶり。あ、こっちでは5日しか経ってないんだっけ」
超光速戦闘の訓練の為に、私は時間が何万倍に加速された仮想空間を出入りしていた。意識の上では数ヵ月ぶりの再会である。
「私にとってシーリアさまがいないこの5日間は、何年にも感じるほどに寂しい時間でした。シーリアさまを連れ去って独占したヘキサさまを私は許せそうにありません」
「もう、大げさだなぁ」
長寿命のエルフは気の長い種族だって聞いてたんだけど、カノンに関してはそうでもないらしい。まあ、私と同じ6歳だからね。何百年も生きてる大人のエルフと違って、感覚が人に近いんだと思う。
再会を喜ぶカノンに反して、私と絶対会いたくなかったってのもいる。炎の精霊王だ。
ぴぃぃぃっ!!
「あ!? まて! 炎の精霊王! もう!」
偉大なる精霊王の口から出たとは思えない、無駄に可愛いらしい悲鳴を上げて逃走を図る炎の精霊王。よほど慌てたのか、消える際地面に足をとられてずっこけた。炎の精霊王の私への恐怖心は相当深いらしい。
精霊は大きくふたつの種類に分けられる。強い自我を持つまで進化した精霊王を始めとする上位精霊と、ミジンコ並の知能で自然界を漂っているだけの下位精霊だ。
普段使う火起こしなんかは下位精霊で十分だから、私でも問題なく行える。けれど、ハンナさんのように悪夢を見せたり、雷を落とすトラップを仕掛けたりといった高度な精霊魔法を使用するには、高い知性を持った高位精霊の協力が必要になる。私は高位精霊が寄り付かなくなったことで、将来精霊魔法使いになる道が閉ざされてしまったのだ。
ヘキサ様に相談したら、精霊魔法なんて使えなくても今更困らないし、むしろ精霊に攻撃されなくなって良かったじゃないかと言われてしまった。
人が使える精霊魔法の威力なんてたかが知れているし、精霊魔法無効を身に着けた方がお得だっていうのはわかる。聖炎もあることだしね。
まあ、確かにそうなんだけどさ。
やっぱりちょっと寂しい。
「炎の精霊王は相変わらずだね。水の精霊王はこんなに落ち着いてるのにさ」
堂々と私の背後で佇む水の精霊王に目を向ける。ところが、水の精霊王は大げさなほどに驚いた様子を見せて消えてしまった。
「ありゃ?」
「シーリアさま。水の精霊王は隠れていたつもりだったのです」
「え!? まじで? それは悪いことしたなぁ」
確かに姿は透明になってたような気がするけど、大陸を水没させられそうなくらいのエネルギーが駄々洩れだったぞ!?
精霊王なんてエネルギーの塊みたいなものだ。そのエネルギー量はヘキサ様曰く、地球の核兵器1000個分に相当するらしい。そんなのが出歩いていたら世界の裏側にいたって見つけられるだろう。私がここに来たのも精霊王のエネルギーを追ってきたからだ。精霊王のいるところにカノンありだからね。
「はぁ……シーリアさまは隠れた精霊を見つけることまで出来るのですね。それに、霧の魔法を使っても精霊の眼は誤魔化すことができないというのに、私も精霊王もシーリアさまの接近に全く気がつきませんでした。やはりシーリアさまに並び立つには先が遠いようです」
「まあまあ」
イクスショアラのマニュアルをフルインストールしたことで私の能力は以前より桁違いに向上している。生身で使えるように出力こそ制限されているけれど、今の私はイクスショアラの能力をほぼそのまま使うことが出来るようになった。
高速飛行。各種固定武装の開放。AIによるデータ処理と火器管制補助、自動防御。レーダーにセンサーといった索敵システムとのリンクや高性能な迷彩機能もそのひとつだ。
今や守護者として完全体。精霊王も泣いて逃げ出すパーフェクトえりゅたんになった私だけど、それは全部エイリアンのテクノロジーによるずるっこだ。そんなもんに付き合おうとするカノンの気持ちは嬉しいが、無茶である。
「驚かせてごめんね。戦ってるみたいだったから、邪魔にならないようにと思ってこっそり近づいたんだ」
「シーリアさまを邪魔だなんて!」
「うーん。たぶん戦闘中に出てきたら混乱したんじゃないかな? 特に精霊王が」
「むー。そうかもですけど……」
苦戦してる様子は無かったし、下手に近づくと殺気だった鬼人のお姉さんに攻撃されたかもしれない。バリアがあるから平気だろうけど、たぶん怖くて泣いてしまう。
どんなに強くなってもそれは技術的アドバンテージのおかげであって、私の心は鬼人の殺気に耐えれるほど強くないのだ。
「かかさま。今、精霊王さまが……」
「ああ、本気で怯えていた。あの服装から察するに、オバリー殿と同じセンチュリオン王国の者のようだが……ワグリン、たしかオバリー殿はある人物の付き添いで来たと言っていたな」
「確かそう言っていた。それもセフィリア様がカノン様を連れ添ってわざわざお迎えに上がったという……まさか、あの娘が?」
「すごく可愛らしい方ですね……」
「ああ、だが精霊王様が恐れるほどの武人にはとても見えんが…」
「あの、カノン様。そちらのお嬢ちゃんは?」
野太い声に、私は思い出したようにそちらを見た。
おお!? わたしはつい声を上げそうになる。
そこにいたのはこの場にいる唯一の男性。髭もじゃ肉だるまボディは、エルフと並んでファンタジーのド定番! ドワーフのおっさんだ!
それに頭から角を生やした和風美人母娘!
嗚呼、惑星リデルタ……そこは地球人が夢見たファンタジーワールド。
他種族が入り乱れ覇権国家が凌ぎを削り、剣と魔法を駆使して魔獣と戦う。未開の文明、未開の土地。待ち受けるのは血沸き肉躍る冒険と浪漫に満ちた世界。
アルコード第七次元文明人がこの惑星に移住を求めたのも頷ける。まあ、この世界に元から住んでる人にとっては日々命がけ。苦労、苦労の連続なんだろうけどさ。
「こちらはシーリア・ブレイウッドさまといって……えっと、私のお友達です!」
カノンは少し迷いながら私をこう紹介した。
私はこの世界であまりにも異質だ。カノンも私のことをどこまで話していいのかわからなかったのだろう。お友達。いいね。私もそう言ってもらえて嬉しい。
私はビシッと背筋を伸ばして、皆さんの前で敬礼する。
「センチュリオン王国軍アイアンライン警備隊所属、シーリア・ブレイウッド二等兵であります。こちらへはヘキサ様の御使いとして招かれました。以後よろしくお願いします」
因みにだけど、私はこれまで何度もカノンには呼び捨てでいいと言っているのだが、どうしても聞き入れてくれない。
精霊王の守護を受けるハイエルフのカノンはこの世界で神様にも等しい存在だ。そんなカノンが様付けするのを聞いたら、そりゃまわりの人間はびっくりするだろう。だからヘキサ様の御使いというところを強調しておいた。間違ってはいない。
「ヘキサ様の御使い様……」
「はい。ですがここでの身分はオバリー大尉の部下です。ここへは皆さんの手助けをするために参りました」
作業の邪魔だとヘキサベースを追い出された私は、エルフの里に向かい、そこでセフィリア様から兎系獣人の里で起こっている子供の行方不明事件と、湿地帯で起きてる異常事態についての顛末を聞かされた。オバリー大尉とリオン君、それにカノンが既に湿地帯に向かったと聞いて、少しでも助けになればと、私も湿地帯に向かうことにした。空を自由に飛べるようになった私は、丁度炎の精霊王の反応を見つけたのでその場にひとっ飛び。レノアとファーファもエルフの里で馬を借りて兎系獣人の里へ向かっている。
「かかさま? カノンさまと御使いさまはどっちがえらいのですか?」
「わからん。とにかく失礼のないようにしておけ」
「はい」
鬼人といってもそこは小さな女の子。お母さんの裾を引っ張って可愛いことを言っている。
私とカノンでどっちが偉いと聞かれたらぶっちぎりでカノンだぞ? この世界住む人間の三分の二くらいは精霊を信仰してるからね。カノンを守護する二柱の精霊王、炎の精霊王と水の精霊王は特に人気が高いから影響力は絶大だ。大抵の国の王様はカノンの前でその場で跪くよ。私も一応大国の王女だけれど、カノンとは比べられない。私は少しばかり特殊な役割を与えられた女の子にすぎないのだ。
守護者の力を使えば、暴力で世界を支配することも出来るかもしれない。でも、偉くなれるわけじゃない。
「私は別に偉くはないよ。でもカノンとは友達なんだ。だからあなたとも仲良くなれたら嬉しいな」
「は、はい」
「私はシーリア。6歳でセンチュリオン王国の兵隊です。あなたは?」
「や、ヤシャ族のサラサ……7歳です」
「ひとつお姉さんだったんだね。なんか生意気な態度で接してしまってごめんなさい」
「い、いえ……気にしないでください」
ひとつ年上だというサラサだが、背丈は私より少し低いくくて、日本人形を思わせる可愛い子だ。今は血染めで中々にホラーな様相だけど。
ん? ヤシャ族?
私はふと思いついて、サラサと馬車で寝ている兎系獣人の女の子を見比べた。
兎系獣人の女の子も私達と同じくらいの歳のようだ。
カノン、ヤシャ族のサラサ、兎系獣人の女の子。
これ、もしかしてドリームチームじゃないか!?
ドリームチームとは、ゲームの相撲イベントでエリュシアリア達王立修学院選抜チームと対戦させるために、ボルド提督が特別に用意したメンバーだ。その中のふたりが、確か兎系獣人とヤシャ族の女の子だった。歳の近い彼女達がカノンの側近として一緒に行動していた可能性は高い。
なるほど。こう繋がるわけか。
「どうしたんですか? シーリアさま?」
「ううん、何でもないよ」
「うそです! にやにやしてました! サラサですか? そっちの兎の子ですか? 私というものがありながらシーリアさまの浮気者! 私のものになるって言ったくせに!」
「そんなんじゃないってば。っていうか、それ覚えてたんだ!?」
「絶対に忘れません!」
シナリオを読み進めていただけのゲームと違い、自分は今その世界の中で生きている。傍観者ではない。確かに環の中に存在しているのだとあらためて実感して嬉しくなった。それがつい表情に出てしまったのだ。何を勘違いしたのかぷりぷり怒るカノンとの追いかけっこが始まって、馬車の周りを3週したあたりで、ドワーフのおっさんのでっかい咳払いで止められた。
「ごっほん!!」
ごめんなさい。
読んで頂きましてありがとうございます。
軽くネタバレですがパーフェクトえりゅたんはこの後弱体化させられます。