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店主の小話〈迷子のお姫様〉

作者: 棗 菜々子

やあ、いらっしゃい。

今日は何の話をしようか。

ある町の小さな遊園地で働く彼は、今日もはしゃぐ子どもたちを穏やかなまなざしで見守る。園内は普段通り、たくさんの人々の笑顔に包まれて賑わっていた。今月いっぱいで閉園するとは到底思えないほど、いつもの幸せな光景が続いていた。


彼は山田くん(仮名)といって、中学を卒業したら遊園地で働くといって聞かなかった。親しかった私は当時よく話を聞いていたのだが、彼の家庭は本当に貧乏で高校に行けるほどの経済力も持ち合わせていなかった。今どき中卒で働くなんて無茶だと、うちがお金を出すから高校に行けと何度説得したかわからない。しかし彼は変に頑固なところがあった。いつか、家族と少し離れた町の遊園地に行くことを計画した時に、彼も連れて行ったことがあった。その時の彼の瞳の輝きを私はきっと一生忘れることはない。今までの悲惨な境遇から解き放たれて、異世界の王子さまになったような、そんなことを口にしていたような記憶がある。普段は無口でこちらから何か言わないと言葉を発しないような彼が、その時ばかりは饒舌になった。そして、彼の口から出たのではないような私からすればこっぱずかしささえ覚える言葉を平然と紡ぐのだ。それから、彼は遊園地の虜になった。中学時代は彼とともに遊園地によく行った。東京のテーマパークと比べると、どこもかしこも寂れていて古臭く、こじんまりとした遊園地なのだが、何度行っても彼は全く飽きていないようだった。それどころか、私の説得もむなしく、中学を卒業後彼は迷いなくその遊園地に就職してしまった。


彼は10年間、小さな遊園地とともに過ごしてきた。あまりにも唐突な立ち退きの知らせに愕然とし、数週間は大好きな仕事も手につかなかった。それほどまでに彼にとってこの遊園地は大きすぎる存在だった。彼は閉園後の遊園地の清掃をしながら、10年間をぼんやりと思い返していた。すべてがかけがえのない思い出なのだが、ひと際印象に残っているエピソードがあった。


スタッフになって3年目の冬のことだった。彼のもとに目に涙をいっぱいに浮かべた少女がかけよってきた。この様子ではきっと迷子だろう。少女は綺麗なブロンドの巻きがかかった髪を揺らしていた。彼を見上げるうるんだ瞳はグレーで、肌は雪の様に白かった。異国の小さなお姫様がここまでたどり着くまでに苦戦してきたのだろう。雪がいたるところについていたり、ひざや手が真っ赤になっていたりした。

「ママは?パパは?」と聞くと、首を横にふり、うつむき、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。

彼は少女の洋服や髪についている雪をはらい、手を差し伸べて微笑んだ。少女は一瞬ためらったが、彼の表情から安心したのかゆっくりとその手を握った。


迷子の放送をかけてもらったものの、いつまでたっても保護者らしき人は現れない。小さなお姫様もはじめは大人しくしていたものの、今ではすっかり退屈しきってしまっている。どうしたものかと途方にくれていると、少女が彼の袖を引っ張って、何か言いたそうにしている。少女は彼を見て、それから目の前のメリーゴーランドを指さした。事務所にいた園長から行っておいでと許可がおりたので、少女に手を引かれるがままメリーゴーランドの正面までやってきた。すっかり日も暮れて、ライトアップされて優雅に旋回するそれを、少女は目を輝かせながら見つめていた。その横顔はこの場所にはじめて訪れた彼自信を見ているようだった。


「乗りたい?」とつたない英語で聞くと、少女は強く何度も頷いた。

もう閉園時間も迫っているせいか、メリーゴーランドに乗る客はほとんどいなかった。彼は少女を馬車までエスコートした。少女は隣の白馬に乗りたいようだったが、なにせその小さな身体には高すぎる。不満げな表情をうかべていたが、それも馬車にのるまでの話だった。では、僕は外で、と扉を閉めようとすると、少女は首をふり、彼を見つめた。スタッフもにこやかにこちらを見守っていてくれている。仕方なく、彼も馬車に乗り込んだ。少女が満足そうに微笑んだところで馬車がゆっくりと動き出す。楽しそうな少女を見つめていると、なんだか本当に異国のお姫様と馬車にのっているような錯覚に陥る。この目の前にいる小さなプリンセスの笑顔を守りたい、なんて柄にもなく思った。少女にとって、今日は寂しく悲しい日だったのかもしれないけれど、ほんの少しだけでも楽しい思い出を持って帰ってくれたら、それ以上に嬉しいことはない。


静かに、馬車が止まった。少女はしばらくふくれっつらで馬車から出ようとしなかったが、手を差し伸べると仕方なさそうに手をとった。先ほどの変な錯覚のせいだろう、彼はおもむろに少女の前にひざまずき、手の甲にそっとキスをした。今日が終わるまでは少女に、世界一幸せなお姫様でいてほしい。そんな思いが彼を行動に導いたのかもしれない。少女は驚き目を丸くしたが、彼を見つめて微笑み、ひざまずく彼の頬にそっとキスをした。

そして、

「また会いましょう。私の王子さま。」

と告げた。

彼がはっと我に返った時には少女はもうそこにはいなかった。


その後10年たった今でもふとこうして思い出すときがある。

「また会いたいな。」

なんて、呟いてみたりしてしまう。少女にとってはなんでもない、ただあの日にあった出来事なだけで、覚えているのかそうでないかもわからない。お互いにどこの誰かも分からない。そんな少女を緩やかに想い続けている自分に呆れてしまう。だから、この遊園地がなくなってしまうこの機会に、夢を見続けたこのどうしようもない思いとも別れを告げようと、彼は決めた。


そうこうしているうちにこの遊園地もいよいよ最後の日を迎えた。特別なことは何一つせず、いつもと変わらない時間が園内に流れていることがここらしい。3月だというのに、今日はやけに冷える。そう思っていた矢先に雪がふりはじめた。この時期に降るなんて何年振りだろうか。雪は瞬く間に園内を白く染め上げた。日が落ちると同時に園内は人が少なくなっていく。夢を与え続けたこの遊園地も本当に明日からなくなってしまうのだと、じわりじわりと実感がわき、彼の心を締め付けた。


閉園後、園長と園内の最後の清掃をしてまわった。半数以上をバイトやパートで補っているここでは、正社員は数少なく、その上10年となるとかなりの古株だった。中坊をよく受け入れてくれたものだ。園長には感謝してもしきれない。

「最後までありがとう。あとはやっておくから、先に帰りなさい。」

園長は彼の背中をぽんと叩いてから、事務所へ入っていった。本当に最後なのだ。


最後だからと、特に思い入れのあるメリーゴーランドのそばを通った。

ふと足をとめてそれに視線を移すと、そこには見覚えのある人がいた。いや、そんなはずはない。きっと夢をみているのだ。彼はそう思って、何度も自分の頬をつねってみた。よく聞く話だが、そんな状況に陥ると人は咄嗟にそうしてしまうらしい。

どれだけつねっても、あるのは鈍い痛みと、あの艶やかなブロンドの髪と、それから、グレーの瞳、雪の様に透き通った真っ白な肌。間違いない。あの時の少女だ。目の前にいる彼女は7年前よりもはるかに美しくまさに異世界から飛び出してきたプリンセスそのものだった。


ブロンドの髪がかすかに揺れ、彼女の視線が彼のそれと重なる。


「ね。また会えたでしょう?」


そうやってふわりと彼女は笑った。色とりどりにライトアップされたメリーゴーランドに照らされた笑顔は7年前と何一つ変わっていなかった。

彼がいつのまにか恋い焦がれ、もう一度会いたかった人が、今ここにいる。


「今度は白馬に乗りたい。いいでしょ?」

「もちろん。僕のお姫様。」

彼はそう言って、彼女を抱き寄せた。


また何度だって、手を差し伸べて、これからはずっと、君の笑顔を守り続けると、彼は胸の中で微笑む彼女に誓った。


「これでもう迷わないね。」


2人の再会を祝福するようにメリーゴーランドは廻り続けていた。



さて、明日は何を話そうかな。

はい、初投稿でした。

文章が拙すぎますね。ごめんなさい。


とりあえず、こんな感じで、思い浮かんだエピソードを店主に喋ってもらおうと思います。

適当に店主の話が聞きたくなったら覗いてみてください。


やっぱラブストーリー向いてないと思うんですよね(今さら)


ほっこりできる、っていう根本的なテーマはここでは変えずに、あくまでハッピーエンドな話を店主にはしてもらいつつ、その中で恋愛以外にも挑戦したいと思います。ヒューマンドラマ的なね。


登場人物などすべてフィクションです。

こんな話あってたまるかって感じですよね。実話だったらそれこそ驚きだし羨ましい。


更新頑張ります。ではまた。ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

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