列島の秘密
気付けば僕は車掌に案内されるまま、車窓の際に並ぶ席の一つに座っていた。赤い革張りの席が僕を柔らかく迎える。
「最終車両は食堂車になっております。よろしければ後でご利用ください」
そう言い残して彼は去っていった。
彼の人柄が窺えるような、床を強く踏みしめるような歩き方だった。
そしてこれは灯りの下に移ったから気づけたが、彼の容姿はやはり頗る恵まれている方だった(少なくとも内外共に平々凡々な僕の目にはそう移った)。細過ぎず太過ぎない眉の下に大きく開かれた形のいい瞳。小さくて高い鼻も、異様に白い肌の中では綺麗に色づいた自然的な桃色の唇も全てが全て、理想的。しかも日本では滅多に見られない白髪が神秘的な美しさを放っていた。
僕が今より十、年が若ければ遠慮なく彼を睨め回していただろう。もっと下世話な表現をすれば、きっと彼の母親はモデルか女優をやっていても不自然でない美女に違いない。それでいいところばかりが彼に遺伝したのだ……彼の唯一の外面的欠点はその身長だった。身の丈に関してはそこまで自慢できない僕と比べても、せいぜい140㎝程しかなかった。
無人となった車両で暫くぼうっと席に凭れ掛かっていたら、あの車掌の声がマイクを通して車両に響き渡った。
【当列車は間もなく発車致します。お客様は安全のため、お席にお戻りください】
機械越しのためか、彼の声はますます冷めた印象を聞き手に与えた。続いて鼓膜を刺す発車ベルと煙管から蒸気の噴き出る音。続いて動輪が回転し始める音も聞こえた。
僕は自分以外の〝お客様〟がこの車両にいない事を確認した後、正確には何処へ向かうのかもわからない列車の旅を一先ず楽しむ事にした。それは僕の脳が決めたのではなく、席の座り心地が余りにも良過ぎたために、安心感に包まれた身体がそう決定したという感じだった。
ふと視界の端にあった窓に、異変が起こったような気がして僕は首をそちらに捻った。窓ガラスは、僕がそのまま指を滑らせれば落書き出来るだろうという程度には白かった。何気なく湿気を掌で拭い取って、その向こう側に広がる景色を見ようと覗き込んだ――その瞬間、瞠目した。窓越しで灰色の何かが横切ったから。僕はそれに見覚えがあった。昔、北海道にいる祖母を両親と訪ねた際、乗った飛行機の窓越しでも見た――間違いなく、あれは雲だった。
思わず席から立ち上がり、車窓を下から上へと引き上げた。四月の、まだ冷たい夜の冷気が頬に突き刺さる。でもそれを気にする事は出来なかった。そんな事よりも、車窓から身を乗り出して真下の光景を確認した。そんな馬鹿な、と思いつつ案の定の光景に僕は絶句した。無数の小さな電気の光。肌の下から浮き出る血管程の細さの車道。その上を走る蟲のような車たち。地図に書かれたかのような陸と海の境。
「飛んでる…」
そうとしか、言いようがなかった。
この列車は、日本列島の遥か上空を飛んでいたのである。