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第1章1 『幕開け』

 □オリヴィア王国 ヴォルド辺境伯領 ナルル村




涼やかな風が樹影を揺らし、うっすらと月光が照らされた山林に静寂を運ぶ。微かな動きでさえもたちまちに波紋となって伝播してゆく。平穏な夜だ。

 あの夜とは違う。一瞬にして目の前の景色が紅蓮の地獄へと姿を変えてしまったあの夜とは。

 もう二度と、繰り返さない。そのためにリネアは前に進むことを決めたのだ。


 オリヴィア王国の南端であるニールから少し北に歩いたところに位置する、これもまた小さな村。ナルルという村に宿をとり、二人はしばらく身を落ち着かせることにした。

 あまり離れていないからか、雰囲気としてはニールの村に近く、リネアはなんだか懐かしさのようなものを感じた。心が安らぐ空間に身を置くことで、村のみんなを失った悲しみを少しは軽減してくれるかもしれない。あるいは、まだ現実を受け入れられていないのか。いずれにせよ、今は静寂が欲しかった。

それはフィリアも同じだったようで、滞在することに同意してくれた。そう言った彼女の瞳は少し寂しげな色を帯びていて、彼女の哀感を思わせた。死の痛みからは簡単に抜け出すことはできないのだ。


 ここに到着したのは一週間ほど前。あの件が片付いてから間も無くのことだった。

 最後の一匹を倒した後、リネアは追っ手を警戒して、フィリアを連れて急いで村を出た。あれほどの量の魔族が間断なく降って湧いてきたのだ。あのままニールで居座っていることの方が危険だっただろう。

 リネアはこの辺りの地理に明るくなかったが、行くあてが一つもないという訳ではなかった。以前に一度だけ立ち寄った村が近くにある。そのことを思い出したリネアは森の中を行きつ戻りつ、悪戦苦闘しながらこのナルルの村に辿り着いた。その間、幸いにも魔族の襲撃を受けることはなかった。


 問題はしばらく身を置いておく場所だったが、ボロボロの姿で転がり込んできたリネアたちを見て、村で唯一だという宿屋の主が無料で部屋を提供してくれた。

こうして二人は魔の手から逃れることができた。

初めの二、三日は体の疲れもあってしんみりとしていたが、今では少しづつ笑顔も増え、いつも通りの日常を取り戻していった。




「リネアさん、ここらへんってオリヴィアのすっごく南の方なんですよね?」


 夕飯を食べ終え、ぼーっとしていると視界の右端からひょっこりとフィリアの顔が覗いた。リネアはそれに気づくと、欠伸をしながら活気のない声で答えた。


「……んぁあ。ああ、ほぼ南端だな」

「じゃあ、ここよりも南に行ったら“がいこく”に行けるんですか?」

「……うーん、いや、なんと言えばいいのか」


 純粋な瞳でフィリアに訊ねられ、リネアは少し困惑した。オリヴィア王国は南側を大きな山脈で囲まれ、誰もその先を知るものはいない。かと言って、先が外国でないと言われれば否定はできない。

 どう説明しようか、しばらく迷った末、リネアはオルデア大陸の歴史を一から教えることに決めた。そうすれば、国の成り立ちを含め、今の情勢を簡単に説明できるだろう。

 そういえば、フィリアにはこの辺のことを何も教えたことがなかったかもしれない。そんなことを思いながら、リネアは語り始めた。


「まずオルデアのことからだな——」




 広大な大地を誇るオルデア大陸。その広さ故に北から南、東から西までがらりと様相が移り変わる。気候、文化、言語など、多種多様な国々は数えればおそらく両手には収まりきらないだろう。

 そして、そんな大陸の国々の頂点に君臨し、圧倒的な力をもって各地を治めているのが“六大国”という存在だ。六大国の歴史は長く、その多くが各地で伝説として伝聞されている。


およそ千年前、大陸中に戦火を撒き散らした第一次オルデア戦争。十年近く続いたこの戦争は、ある一国の勝利で幕を閉じたが、そこで問題が発生した。後の世界を誰が統治するか、という問題である。

先の戦争で光る戦功を上げた者がその地を継承するのが通例であったが、この戦に限っては、それに値する者が総勢6人。いずれも力だけでなく統率力もある有望な人材だった。彼らの配下であった者たちの間でも抗争が相次ぎ、状況は至難を極めた。


果たして、英雄たちの手によって世界は六分されることになる。

国名はそれぞれの主の姓をとり、それぞれ“ヴァルニア”、“ラスラーテ”、“ティアフォルネ”、“ボルフォン”、“ヒアスアーティ”、そして“オリヴィア”。

各国は元々同じ人種でありながらも、以降は全く違う経過を辿っていく。

中でも最も重視されたのは、自国民である誇り。数多の戦争を繰り返す中、民衆達は勝利することでそれを実感できたのだ。世界が統治されてもなお、戦がなくなることはなかった。


 時は流れること900年余り。

 誰もが予期し、しかし誰もが望んでいなかった戦が再び訪れる。

 第二次オルデア戦争。第一次同様、大陸全土に惨禍が広がり、その地形を変えてしまうほどに激しさを増した戦争だったが、終局では前回と違った様子を見せる。

 各国が歩み寄り、和解を図ったのだ。勿論反対の意を唱える者は一人もおらず、史上初めての多国間条約が結ばれた。


 これにより、再び世界の情勢は大きく転換する。

 まず、大国間の移動の自由化が推し進められ、人や物、全ての移動が可能となった。

 そして、言語や通貨の統一だ。長い時の中でばらばらになっていた言語は再び一つになり、現在では《コイネー》という共通語が主要言語として大国全域で使用されている。また、ペルという共通の通貨も発行され、今日では大国間だけでなく、近隣の中小諸国でも取引において重要な役割を果たしている。


 このように、一時的に戦の火種は絶えたかと思われた。が、そう上手くはいかないのが世の中の常である。

 戦力の均衡は守られず、各地での衝突は避けられなかった。その最たる例が、リネアにとって忘れもしない、ヴァルニアオリヴィア間で起きた戦争である。リネアを含め、オリヴィアの騎士団の活躍により、被害を最小限に減らすことができたが、それでもここ数年で最大の戦争だと言われている。


「でも、その戦争でリネアさん達は勝ったんですよね?」

「うーん。まあ一応な」


 オリヴィアは大国の中でも頭一つ抜けた存在である。

 これはオリヴィア国民が持っている自意識であり、事実だ。国土こそボルフォンに劣るものの、人口は六大国の中で最も多く、軍事力においては単純な強さで見れば一対一で負けることはないとさえ言われている。

 その理由が、二人の騎士の存在だった。一人は騎士団長ヴァラン。そしてもう一方は他でもない、リネアだった。彼らの強さは圧倒的で、並の兵士が100人束になっても勝てないと言われていたほどだ。

 その一角であるリネアが一線を退いたとなれば王国の戦力は大幅に削られ、一概に戦勝とは言えないかもしれない。


「そっかー。リネアさんはさいきょーですもんね!」

「……それはちょっと、…わからないなぁ」


 フィリアの無邪気な表情に、リネアはまたしても苦い顔を見せる。

 確かにリネアは最強であるという自負を持って騎士としての務めを果たしてきた。しかし、それは戦場において、相手の誰よりも強いと自分に言い聞かせるための手段に過ぎない。誰が言い始めたのか、いつしか本当に“最強の騎士”と呼ばれるようにもなってはいたが、元々は“最速の騎士”、【神速】によって引き出される彼の超人的なスピードを称した呼び名であった。

 “味方”であるヴァランと剣を交えた経験はリネアにはない。もし交えたとすればどうなるか、自分自身でさえ予想することができない。“武神”と呼ばれる彼の実力がどんなものか、実際に味わってみたいとは思うものの、実現することはなかった。もちろん、彼も負ける気はさらさらないが。


「……その後は、どうなったんですか?」

「んー」


 正直、あの戦争の後のことはリネアにはさっぱりわからない。

 ヴァルニアと条約を締結したことまでは国王に聞いたが、あれからもう五年が過ぎているのだ。リネアなき今、それを好機とみた他国が台頭してきていてもおかしくはない。まあ、リネアが知る限りオリヴィア騎士団がそうやすやすと負けるとは思えないが。

 だが、リネアにはある光景が頭の片隅に引っかかっていた。

 あの日。リネアが騎士としての役目を終えることになった日。別れ際にが放った一言。その時はあまり気にとめることはしなかったが、今となっては何かとても重大・・なことだったのではないかという気がしてならない。魔族の襲来を受けてから、その嫌な予感は強まるばかりだ。


「ま、それを確かめにいくんだろ?」

「はい! そーですね!」


 自らに向けられた笑顔を確認すると、リネアは改めて次の目的を定める。

 第一に、魔族の影響がないか確認すること。

 第二に、今現在の国の状況を把握すること。

 そして、ヴァランの真意を探ること。


「っし。んじゃ、もう寝るか!」

「りょーかいですっ」


 


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