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Prologue 『終わりと始まり』

初投稿です。

ゆっくりと丁寧に(もちろんできるだけ早くお届けできるように)投稿していけたらなと思います。

では、どうぞ。

 ———まずい! 陣形が崩れてきたか!


「総員下がれ! ここは俺が凌ぐ!」

「でも隊長! あなた一人では…」


 火の粉が舞い、血飛沫が飛び交う戦乱の最中、白銀の鎧を身に纏った小隊は窮地に追い込まれていた。四方八方、敵国の騎士たちに囲まれ、じりじりと後退することしかできない。

 状況は最悪。ただでさえ少数だった隊員があまつさえ負傷という大きすぎる重荷ハンデ。本来なら100はいたはずの小隊の仲間は業火に焼かれ、首を撥ね飛ばされ、気づけば十数人の影を残すのみだ。

 いくら周りを見渡してみても、目に入るのは怒気を高めこちらを狙う深紅の鎧だけ。


「もう、終わりだ……。…どうしようもねえよ……」


隊員の目が絶望の二文字に支配され、死亡という最悪な結果を予期せずにはいられない。

振り払っても頭から離れないイメージが、彼らの動きを重たくする。恐怖という重りだ。


 しかし、そんな戦況にも関わらず、まっすぐに前だけを見つめる者が一人。

 金色の髪を靡かせた少年は、背にした仲間を鼓舞するように、高らかに叫んだ。


「–––お前ら! 下向いてねぇで顔を上げろ! 下ばかり見てちゃ、落ちたものしか拾えねえ。俺たちの掴むべきものはそんなとこにはねえ!」


 彼の名はリネア=ジークフリート。

 『剣聖』の称号を与えられし“最速”の騎士。

 類稀なるその才能をもって、若干12歳という若さで聡明な騎士達をまとめるその目に曇りは無い。

 その空色の瞳は敵陣を見据え、睨目だけで相手を怯ませる。


 「うおぁぁぁあ!」


 電光石火。

目にも留まらぬ速さで相手の懐に潜り込み、一瞬のうちに葬り去る。

銀の剣閃の後には何も残らず、ただ赤い血飛沫が飛び散っていく。


「な、なんだあいつは…! まるで手に負えねえ!」


 繰り出される剣戟に、敵の騎士たちも思わず悲鳴を上げる。来ると分かっていても防げない、閃光のような一撃。一瞬で命を落としてしまうという恐怖に、数では優っているはずの敵兵の足を止めた。

 リネアはその隙を逃さない。攻撃を確実に躱しながら的確にカウンターを撃ち込み、自軍の数倍はいるであろう敵を次々と討ち取っていく。


「さ、さすが隊長だ!」 「俺たちだって!」 「負けてられるかぁ!」


そして、彼の戦ぶりが他の騎士たちの目にも希望を灯す。

 隊長の勇姿に続こうと、次々に剣を手に取る騎士達。


 生きたい。生き延びてまた家族や友人と語らいたい。愛する者の元へと帰りたい。そのためには勝ってこの戦争を終われせなければ。

できるのか。いや、できる。……諦めさえしなければ。

なぜなら、自分よりも遥かに年下のはずの長がまだ諦めていないから。彼は何度だって自分たちを救ってくれた。だから今回も……。

そうではない。 守ってもらってばかりでは騎士の名折れだ。

戦え。 身を呈している隊長のために。自らの誇りのために。何よりも愛する者のために。


「【火鳥ひのとり】!」 「【爆水破ばくすいは】!」 「【雷伝らいでん】!」


 大きな衝撃。爆風は木々を吹き飛ばし、地形を変えた。

 彼らの放った魔法により、相手の軍隊は半分ほど数を減らす。

 その間もリネアの単騎特攻は続き、戦況は逆転。赤軍は再起不能の状態へと陥った。


 「今だ!」

 「いける! いけるぞ!」


 掴みかけた希望が現実のものになろうかと、誰もがそう思って止まなかった。

 リネアが背中で仲間を鼓舞し、彼らもそれに続く。


 ———このままいけば勝てる! 勝ってまた、家族あいつらと……!


 勝利はすぐそこにあると、そう信じていた。



 しかし、現実は容赦なく彼らに襲いかかる。



 「な、なんだよこれ……」

 「うそ、だろ……」


 突風が燃え上がった炎を吹き消すように、彼らの幻想も突然にして打ち砕かれる。

 目の前に映るのは、こちらに進軍してくる人影。その量はもはや圧倒的だった。これまでの軍勢が可愛く思えてしまうほどの、無慈悲な大軍。

 なぜ、どうして自分たちの部隊だけがこうも相手に取り囲まれるのか。理由など考えても無意味だ。あるのは絶望という状況だけ。

 生還という希望の糸をやっとの思いで手繰り寄せた彼らにとって、この絶望は大きすぎた。完成しかけていたパズルのピースが、ボロボロと崩れ出す。


 ———援軍はどうした…? あまりにも遅すぎる。このままでは……。


 ここまで前傾姿勢を崩すことのなかったリネアに、初めて焦りの色が見えた。それでも部下達には悟られないよう、必死に食い下がる。

 しかし——

どんなに懸命に抗おうとも、圧倒的な数の前では蹂躙されるしかなかった。再び押し戻され、退路すら絶たれる。


 この局面をひっくり返すことはおろか、いつ来るかもわからない援軍に期待するだけでは、それこそ砂漠で砂金を拾うようなものだ。それならば——

 彼は覚悟を決めた。


「お前ら、耳を貸してくれ——」


 初めて口にした弱気な言葉。だが、それは決して諦めの言葉ではない。

 仲間である彼らだけは死んでも守り抜くという、決意の表れだった。

 こちらの総数約10に対し相手は1000を超える。勝ち目はもはやゼロに等しい。

 そんな状況の中、仲間を守り抜くためにはこうするしかないのだ。


「でも…リネア–––」


「ここで諦めたらッ! 男として、騎士として生きてきた意味がなくなっちまう! だから、俺は最後まで諦めたくねぇんだ!」


「…っ!」


 リネアの心からの叫びを、隊員達は苦渋の末に受け入れる。

 彼らは分かっていた。ここから勝利を掴むのは到底できないことを。そのことを悟ったリネアが自らを囮として敵の攻撃を引きつけるつもりであることを。それを受け入れることがリネアが今一番望むことだということを。


「させねぇ!」


 飛来した魔法を一振りで消しとばす。

 仲間だけは必ず守る。

 隊員への攻撃は全て防ぐ。これが今リネアに与えられた使命だった。


「【斬撃ラギア】!」


 輝いた剣閃は拡大しながら大軍を襲う。

 数十の体躯が切り捨てられたが、それでもまだ向こうの体制は崩れることはない。

 それどころか仲間を失ったことで士気を増すばかりだ。


「後のことは、頼んだぜ」


 斬って斬って斬り続ける。休むことなく。

 身体中から血が噴き出す。それでも彼は止まることはない。

 大軍が放った魔法でさえも、その刄一つで弾き返す。迫り来る敵は切り倒す。

 そして無事に撤退させることに成功し、残っているのはリネアただ一人。

 それでも抗い続けなければならない。隊長としての責務を果たさなくては。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 無数の兵士の中へと飛び込んでいく。

 骨は折れ、傷口から血が溢れ出す。それでも剣を止めることはない。

 『剣聖』の本気。次々と倒れていく褐色の鎧達。

 数では明白な差がありながらも、ほぼ互角の乱戦状態に見えたが、終わりは突然訪れる。


 突如飛来した巨大な炎弾によって全ては火の海と化した。




 これで『剣聖』の幕は降りた、はずだった。











 だが、少年の命の灯火は決して消え去ることはなかった。

辛うじて、だが確かに、血流は体内に流れ続けている。


「…っ!」


 全身をめぐる痛みに、ハッと目を覚ます。

 当然起き上がることもできず、リネアは視線だけを動かし体の状況を確認する。

 出血がひどく、いくつかの損傷している箇所があるが、こうして呼吸を続けていられるということは大丈夫ということなのだろう。

 しかし、問題は別にあった。

 さっきから右手の感覚が感じられず、妙な違和感があったのだが、彼の予想は的中した。


 ———右手が…! 足も…。


 利き手の側でなかったことは不幸中の幸いと言うべきだが、自らの半身を失ったという事実はリネアの心を軽く抉った。右の目ももう光を浴びることはない。

 風に揺られる緑の隙間に覗く空を見つめ、心を落ち着かせる。

 

 ———そうだ。戦争はどうなった? 確かあの時…


 なるほど。リネアはあの炎の中運良く生き延びたらしい。

 それより、どうも様子がおかしい。

 なぜ、誰の気配も感じ取ることができない? 魔法の反応も一切ない。

 今はただ静寂があるのみだ。

 状況を整理し、リネアは一つの結論に辿り着く。


「戦争は…終わったのか……?」


 無理矢理体を起こして辺りを見渡す。

 火の粉が舞い、魔法が飛び交っていたあの時の景色はもうない。

 小鳥はさえずり、やわらかい風が金色の髪をなびかせる。


「そうか」


 リネアは放心したようにそっと呟く。

 戦争は終わり、また静かな時を取り戻すことができた。それは彼自身が望んできたことであるし、事実彼の心を癒しはした。

 しかし、その代償は大きすぎた。

 一度は沈めかけた気持ちが、加速度的に飛躍していく。

 もう騎士としてはやっていくことができない。

 ただ、それだけだ。それだけのことが、リネアには重すぎた。


 ———戦争も、騎士としての生活も、




「全部、終わっちまったのか」


 リネアは再び体を倒し、ただ時が過ぎるのを待った。

 諦めるというのは、こんなにも辛いことなのか。

 ただ目を瞑り、現実から目を逸らす事しかできなかった。











「とりあえず、帰るしかないか」


 数日後、傷口も治まりリネアは出発を決めた。

 目指すのはここ“オリヴィア王国”の首都、オリヴィアだ。

 もちろん、騎士としての役目を再開するために帰るのではない。国王や騎士団に生存の報告をするためだ。それに、帰る以外に何をすればいいのか今のリネアには考えつくことができなかった。

 その後のことはどうするあてもないが、ただいつまでもここで留まっているよりは幾分ましだろう。

 そして、仲間が無事に撤退できたかどうか。リネアはそれだけが気がかりだった。




「リ、リネア…! 生きていたのか!」


 王城に着くなり、包帯でグルグル巻きになった容姿も相まって驚嘆の声が相次いだ。

 最初は無理もないと思っていたのだが異様なほど(・・・・・)驚く彼らを見て尋ねると、どうやらリネアは先の戦争で死んだことになっていたらしい。

 それは死人が街に現れたともなれば大慌てにもなるはずだ。ただ、驚きすぎな気はするが。


「はい。なんとか。この通り、半分はもう使い物にならないですけどね」

「いやいや、こうして無事に戻って来られただけでも十分じゃ」


 リネアは自虐交じりに無事を報告したのだが、国王はいつものように笑って彼を受け入れた。国王の優しさに、リネアはいつも助けられていた。

 それから、国王から事の顛末を聞いた。

 話によるとこうだ。


 あの後リネアたちの隊、“二番隊”の面々は無事に戦場を後にすることができたらしい。

 それから少しして遅れていた応援が到着、圧倒的な戦力をもって部隊を退けることに成功。そして戦争自体の決着は騎士団長ヴァランの活躍もあり、最終的にオリヴィア王国の勝利で幕を閉じた。

 雌雄を決した相手であるヴァルニア王国とは友好条約を締結。現在では国交を再開しているらしい。これはつい先日のことだと言った。


「じゃあ、二番隊のみんなは……」

「ああ、無事じゃ」

「よかった。これで一応隊長としての役目は果たせたっつーことか?」


 部下たちの無事を聞き、リネアは自然と肩の力が抜けてしまう。

 あの戦いは無駄では無かったと実感し、笑みが溢れる。

 たとえこの先がどうなっても彼らを守れただけで十分だと、そう思えた。

 だが、リネアには頭の隅に引っかかることが一つあった。


「そういえば、どうしてあの時–––」

「国王陛下。リネアの処遇はどういたしましょう。私としましてはこれまで国に貢献してきた功労者故に、戦の恐れのない自由な生活を送って貰いたいと考えているのですが……」


 リネアの言葉を、低く重みのある声が遮った。

 煌びやかな鎧に身を包み、リネアを大きく上回る長身を持つこの男は、騎士団長のヴァランだ。リネアに勝るとも劣らない実力に、積み上げてきた数々の実績。名実共にオリヴィア騎士団のナンバーワンだ。それでいて、人望も厚くみんなが憧れる騎士だ。元々確固たる地位を築いていた彼だが、今回の活躍でさらに株を上げた。もはや国王と並んで国民からの信頼も圧倒的だ。多めに見ても厳格とは言い難いリネアには持ち合わせていないものだ。

 ヴァランとはあまり親交がなかったリネアだが、もちろん知らないわけではない。形だけ感謝の気持ちを示し、国王に向き直る。


「そうじゃなぁ…」


 国王は髭をいじりながら思考を巡らせる。

 それでも案が浮かばず、途方に暮れていると、


「陛下。たしか、南の外れにニールという小さな村があったはずです。リネアにはそこに身を移してもらうのが良いと思うのですが」


 ヴァランからの提案だ。

 リネアは何気無しに聞いていたが、一瞬、彼の口角が上がった気がした。


「それがよい! あそこならのどかで戦の火種が飛んでくることもない。決定じゃな!」

「…いや、でも……」


 上手く言い表すことができないが、どうもうまく話が進みすぎている気がする。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()ような。

 胸に嫌なしこりを感じながら、ここは断っておくべきだと食い下がる。


「何か問題でもあるのか? それとも、この私だけでは国を守るのには不足だと?」

「そういうわけじゃ……」


 言葉が詰まる。


「リネア。お前は十分頑張った。もう、いいんじゃないか? まだ若いが、身を引いても誰も文句は言わまい」

「……わ、わかりました」


 ヴァランの言葉に返すべきものが見当たらず、リネアは首を縦に振ってしまう。

 そうさせてしまう力が、彼にはあった。


「……それでいい」


 ヴァランは小さく、囁いた。




 結局、一週間後にニールへと移ることが決定した。

 当分の資金やニールでの住居などは国が用意してくれるとのことだった。これもリネアははじめは断ったのだが、せめてもの償いだということで国王に押し切られてしまった。

全く気のいい爺さんだ、とリネアは笑った。

———だからこそ、今まで忠誠を誓ってこれたんだ。どうしようもない俺を救ってくれた恩義もあるしな。


「では、失礼します」


 今後のことを話し終え、リネアは謁見室から出ようと振り返ったその時、


「————————」


 ヴァランの口がゆっくりと動いたのが見えた。突然のことで上手く聞き取ることができず顔を見上げたが特に変わった様子はない。気のせいだろうか?

 視線を戻し、部屋を後にする。






 この時、リネアは何も知らなかった。

 これから何が起こるのかを。

 知っていたとしても止められたわけではないが。

 ただ、嫌な予感だけを、リネアは感じていた。


 この日から、全ては始まったのだ。


 反対に、も知らなかった。

 未来のその先に、何が待ち受けているのかを。






 そして数年後、最強の騎士は再び王都へと舞い戻る。


ご拝読いただきありがとうございます。

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