11月8日
犯罪をテーマにしていますが、けっしてミステリーとか、犯罪小説ではありません。
その瞬間、ただびっくりしたと同時に、なぜ、ここのドアが開いたのか?ということと、入ってきたのは、ここで管理してる人なんだ・・・と、
ぼんやりと思っただけだった。
私は、ただ、目の前のモニターの下にある、幅20センチほどの隙間を見つめていただけ・・・
そこから、出てくるはずであった融資用のカードを待っていただけ・・・
そのドアが突然開いて入ってきたのは、30代前半とおぼしきジャンパーを羽織った男性を先頭とした、数人の一団だった。
なんでこんなにたくさんの人が入ってくるの?
この人たちは誰?
そして、目の前に置いたままの、私の免許証を手に取り・・・正確に言えば、私のものではないけれど・・・
「これは、あなたのですか?」と聞いてきた。
私は、「・・・はい」と力なく答えることしかできなかった。
その人たちが、「警察」と名乗ったのかさえ今でも覚えていないほど、私は動揺していた。
ずっと、ローン会社の人にばれてしまったとしか認識できていなかった自分は、滑稽にも、その免許証をバッグにしまわなければ!と思った。
とっさに出した私の手を、その人はさえぎり、こう言ったのだった。
「う〜ん、これは犯罪ですよ。警察に来ていただかないと・・・」
やっぱり干支を確認しておくべきだった。それで、偽の免許証だということがばれたんだ・・・
「すみません。主人には、このこと知らせないで欲しいんですけど・・・」私は必死だった。なにがなんでも、夫には、知られてはならない!
案の定・・・「無理ですよ・・・だって、泊まってもらわなくちゃならないもの、警察に」
泊まる?警察に?私が?なぜ?・・・
私の混乱は、ピークに達した。夫に知られてしまう・・・ということは職場にも!?
回避しなければ、それだけは!・・・無理難題とわかりつつも、恐る恐るたずねてみた。
「職場にも知らせるんでしょうか・・・?」
その人は、少しだけ考えるふりをして「たぶん・・・」と答えた。
これは逃れようのないことなのだと実感し、ますます暗澹たる気持ちになった。
何のために、今まで、夫には秘密にして、苦しい思いをして、やりくりしてきたというのだ。
これで、もう、今までの私のしてきたことすべてが水泡に帰してしまうではないか。
自分のやったことを冷静に判断できなくなっていた私は、わらにもすがる思いで、何度も何度も「夫にだけは・・・」と訴えたのだった。
今から思えば、滑稽だし、みじめで、なりふりかまわない私の姿は、そこにいた数人の人たちの失笑を買っていたことだろう。
そして、その人たちは、何回も私や、目の前のモニターや狭い室内を、いろんな角度から写真を撮ったり、携帯で連絡を取ったり、あわただしく出入りをしていた。
その様子をぼんやりと眺めながら、心と体がばらばらになったような感覚になり、胸の動悸も激しく感じていた。
その人は、また聞いてきた。
「もう一度聞くけど、これは、あなたの免許証?」
私はもう、何を言っても無駄だということを実感し、力尽きていた。
本物の免許証の上にコピーした紙を貼っただけの、ひどく子供じみた粗末な「偽造免許証」の端をめくりながら、
「これは、偽造したものですよね?わかります?これは、犯罪なんですよ!?」
犯罪・・・そうなんだ、私は、罪を犯したんだ・・・
このとき、初めて、自分の今の状況を把握したような気がする。
「じゃ、行きましょうか・・・」
その無人ローンの小さな建物から、初めてパトカーへと乗せられた私は、すべてが夢のように、現実感を伴っていなかった。
いや、夢だといいのに・・・と思っていただけなのかもしれない。
登場する人物、組織等は、すべてフィクションで、実在いたしません。