表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

犬バレ

『これまでの二年間。個体QRS-or077、貴君には数多くの言葉と知識、つまり会話を育ませる土壌を与えて来た。我々Sa第1研各員は、貴君がその内の余りある養分を吸い、知性を芳醇に熟させている事を切に願う。


 我々はその貴君に宿りうる理性の存在を信じ、一つの決断を下す事と相成った。この電子掲示板の表示開始より36時間後、即ち統歴%%%年%%月%%日時刻%%:%%、タウル=サマーナイト博士の権限により検体QRS-or077への安全管理処置を試験的且つ限定的に解除するものとする。これは検体QRS-or077へのより積極的且つ相互的な調査こそが、Sa研究への飛躍的な一助になる事が多いに期待される事実に基づいた超規措置であり、極めて特殊な事例である。

 しかしながら万が一今回の超規措置へ意義が認められなかった場合、即ちこの事例においては対象の知性の存在が確認出来ない場合は、安全保障管理上の通常規則に則った上で検体QRS-or077への速やかな適正処置を施すものとする。

尚Sa研の定める知性とは理性的行動を指す。


我々の期待を裏切らないでくれ給えよ』





 なんだこれは


 いつも通りの起床。

 疲労の取れたすっきり気分で目を開けた私の視界には、見慣れない看板があった。看板は仄暗い白光を放ちながらディスプレイに先程の文字を映している。

 あぁ、私にも睡眠をとる必要はあるぞ。もっとも感覚的には「眠りに落ちる」より「電源を落とされる」方がしっくり来るが。おそらく目も閉まっていないだろうなぁ。


 というか看板ディスプレイの光が目に刺さって痛い。B9層の異様な薄暗さに慣れてしまったのか。


「おはようポルックス。お目覚めかね?」


 後ろからあの忌々しい女の声がした。

 油断してはならない。私はすぐさま体を捻り後ろへ振り向き……振り向く?


「うむうむ、反射も十分…と。身体機能が無事なようで良かったよ。ウータン君、個体の休眠時間は如何程だったのかね?」

「………およそ7時間です。博士、いい加減名前くらいは」

「なるほど、人としては(・・・・・)常識的な時間だね。というより似過ぎている?…魂殻と脳機能の同期は?」


 おぉ…動く!動くぞ!

 身体があるという感覚が!皮膚をまとわりつくゲルの感覚が!素晴らしい!世界を感じるられる事が、こんなにも素晴らしい事だったとは!


「脳内の電気信号は魂殻βの周期パターンと一致していますね。その他の身体機能は…測定結果に乱れがあるますね。おそらく共有しているのでは?」

「乱れ…ねぇ。決めつけは危険だが、そう考えるのが妥当か……しかし脳の主導権がβにあるとは、意外だね。知性反応のあるαが握っているものと考えていたが。つくづく予想を裏切ってくれる個体だね」


 しかし喜んでも居られない。たしかに前進はしたが、体を動かす事は脱出への前提中の前提だ。

 次は魔法だ。あれがどのような技術なのか。個人による技術で、私に模倣可能なのか。

 見極めるのだ。


 さんざ見慣れたあの手の動きを真似るため、私は鉤爪の付いた前脚を持ち上げる。

…………待て、なんだこの手は?


「そうですか?むしろ当然なんじゃないですかね。ハウンド型の素体ですよねこれ」

「一理はあるがね…ホミヘル原理のセオリーでは、魂殻の単位時間界面振動数と脳幹浸透力は比例関係にある。獣の赤子に等しい程魂殻の振動パターンが単純なβが、αを差し置いて脳の主導権を得たのは何故なのか…」

「それより博士、ほら。077番が動きましたよ」


 な、な………!?

 逆関節の手足と、その先端に付いた鉤爪。頭の上でひょこひょこ動く耳。腰の後ろにある異物の感触。

 待ち望んで、待ち望んで、ようやく得た全ての感覚が伝えていた。


「なんだか動き方が忙しないですね。自分の体に驚いているみたいな」

「無理もないと思うがね。ずっと私達ヒーマの常識を教えていたのだろう?自らをヒーマの一員と考えるのはむしろ当然に近い」

「あー……そう考えると、この子ますます気の毒ですね…」

「昔から『研究対象に情を持つな』と口を酸っぱくして言ってきた意味が分かったかね?ウートル君」

「ハハ…名前、覚えてるじゃないですか……」



 神がいるとするならば、神よ

 私は、罪人なのでしょうか?

 私の生が絶望と共にあれと、貴方が定めたのでしょうか

 深い淡緑と諦観の中を漂い、目覚めの後も身体は動かず。

 やっと自由を得た此の身は、畜生でした。


 よしんばこの地獄から逃げ出して、こんな体で自由を得てどうする?

 ゴミ箱でも漁って生きればよいか?

 森で畜生として生きればよいか?

 もう、どん詰まりだ。

 どうあがいても私の希望に先は無い。

 最後を希望だったはずの光明は、蜘蛛の糸だったのだ。


 嗚呼……………………認めない、認めない


 やはり報復だ。

 必ず貴様らは、この手で縊り殺す。

 私を生み出した事、自分が生まれた事。

 後悔させて殺してやるぞ。

 全員消して、私が最後に笑ってやる。




「あ、こっち見てますよ。可愛いなぁ」

「だから情を持つなと言うに………はぁ…」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ