検体077の羨望
「検体077、血行良し、腐食無し。投薬の結果は良好、と。これも最終候補ですな〜」
白衣の女が髪をたなびかせて去っていく。目玉を動かせない私はそれを見送るばかりだ。
検体QRS-or077
どうやらこれが私の名前らしい。
なんともまあ寒々しい名前だ、子供にこんな名前を付けるとはとんだ毒親と見える。
なんてことない、私はあのパチモン臭い女医の実験体だったのだ。
死後の世界などとんだ戯言。
私はフラスコの中に捕らえられた、ちっぽけで、非力で、無様なただの虜囚にすぎない。
指一本ピクリとも動かせない己の体を恨み、私は今日も外の景色を眺め続ける。
まず、ここは日本ではない。
あのクソアマとその助手らしき数人が喋っている言語は日本語ではなかったし、そもそも顔が日本人ではない。
しかし奴らの言語を私は理解できる。
これはどういう……まぁいい、聞き取れるだけお得というものだろう。
それにそもそも地球かどうかも怪しいのだから、考えるだけ無駄というものだ。
いつ頃だったか。
いつか何かの拍子でポッドの外に脱出できた時を考えて、部屋を出入りする人員の顔をを覚え、入退室の周期、部屋の外の構造を推測していた時の事だ。
他の検体の前でタブレットをいじっていたクソ女医ことタウル博士(助手がそう呼んでた)が、急に空中に見えないペンで何かを描くように手を動かした。
すると奥の通路から湯気立ったマグカップがフヨフヨと浮かんでくるではないか。
当たり前のようにそのマグカップを受け取ったタウル博士が中身をすする音が部屋に響いた。
それからもクソ博士は事あるごとに手をくねらせては奇妙な現象を起こしている。
何もないところから様々な日常用品を取り出したり、浮かぶ火を起こしたり。
その時はすわ超科学の産物かとでも思ったが、問題はこれらの不思議現象を起こす時、博士の指先がいつも発光していることだ。
人差し指の先にLEDでも付いてるんじゃないかと思うほどの光量、さながら光のペンだ。
もちろんナノマシンがどうたらとか言われてしまえばそれまでなのだが、俺は半ば直感で確信していた。
これはいわゆる魔法という奴だ、と。
一応理由のこじつけはある。
仮にこれを科学とするとだ、普通は機械にもそれなりの変化があるものではないのか?
技術力とは総合的に上昇していくものだ。
なにしろワープ技術を個人に落とし込むまでの超技術があるんだ、それはもう私が生きた21世紀の機械からは想像も出来ないような技術力の結晶が他にもある筈なのだ。
だがそんなものは無かった。確かに見た感じでは私がいた現代よりは技術が進んでいる可能性はあるが、そもそもタウル博士の弄るタブレットがiP○dそっくりな時点でお察しだろう。数百年も進んだような世界ではあるまい。
だから私は考えた。
この数ヶ月を通して推測したここの時代背景と結びつけるには、少々どころではない違和感を放つタウル博士の奇術の数々。
このちぐはぐを説明する何かはないか。
その他発光する手や、空中に光で文字を書くような謎の手の動き、個人個人によって動きや効果が違う点を踏まえて、私は暴論に等しい一つの結論を出した。
超能力か魔法かそれとも想像も出来ないような力か。
いずれにしても、これは個人に備わる技能的なものだ。
で、そんなシロモノがある世界が果たして地球なのか。少なくとも現世の常識だけで判断していい事ではないと私は感じている。
そしてこれしかない、と心が囁く
あの憎きマッドサイエンティストの裏をかくには、これしかないだろう
なんとかしてアレを習得する方法は無いか、身体を動かさずとも使えないか
モルモットでこの生を終えることだけは許容し難い、速やかに行動を開始せねば。
生を諦めるのは、さんざ足掻いてからでもいいだろう。
地獄に落ちる一筋の光明。
天への梯子か蜘蛛の糸か。