93話 失われかけた心
俺が動かないのを見て、隠れているのか、足音が止まった。
だが、もう近くにいることは分かっている。
意を決して行くべきか、それとも来るのを待つか、はたまた逃げてみるか。選択肢は3つあった。
いや、声を掛けるという選択肢もある。
「なぁ、誰なんだ! 出てこいよ!」
俺はひとまず大きい声で呼んでみることにした。
モンスターではないことは襲ってこない時点でわかっていた。
プレイヤーならば、一応言葉は通じる。
ただ、問題はここがフィールド外という事だ。もしも、俺に恨みを抱き、殺そうとする人物ならフィールド外ということでPKが可能となる。
念のため、剣を引き抜いた方が良いだろうか……
「ねぇ、エンマ。ほんとに行くの?」
予想外だった。
俺は抜こうとしていた剣を元に戻し、何故かここに居るシズクと対面する。
「あぁ。それで、なんだ? 別れの挨拶にでも来たのか?」
少し強がって、強めな言葉をシズクへとぶつけてしまった。
どうしてだろうか。自分の心が抑制出来なかった。
「う、ううん。やっぱりちょっと心配になっちゃって……ほら、今からでも遅くないよ? 戻っても……」
「───遅いとかじゃねえんだよ!! なぁ!ヒマワリとルシフェルはよ、待ってるかもしれねえんだぞ! 仮に俺がお前の言うとおり、塔を登らなくなったらどうだ? 仲間が怖くなって逃げたんだぞ? 確かに、怖いのは分からなくもねえよ。俺だって怖い。だけど俺は、二人としっかり話をつけるまでは逃げれねえんだよ……」
「……分かってるわよ……分かってるに決まってるじゃない!!!」
シズクは目に涙を浮かべていた。
きっと、心のどこかで葛藤してたんだろう。
自らの恐怖を無理やり打ち消して、仲間を助けるかどうかを。
だけど、限界が来て今こうなってしまった。
それでも、やっぱり二人に会いたくて、助けたくて俺を追いかけて怖いながらも来たんだ。
必死に恐怖と戦いながら来て、俺を見つけて、やっぱり怖くなって、だけど俺の言葉を聞いてまた二人に会いたくなったのだろう。
「分かってるに決まってるじゃない……私だって、また、二人に会いたいわよ……」
シズクはもはや子供のように泣いてしまっていた。
「怖いならお前は休んでもいいんだぞ? お前が逃げたら、むしろ俺は喜ぶかもしれないしな」
「……なんで?」
「いや、その、な。―――女を死なせたくないだろ?」
「……途中なんて言ったの?……」
ここに来て恥ずかしくなってしまった。
いい加減シズクに好きだと言えばいいものをいざ言おうとすると、拒絶されるんじゃないかと思ってしまう。
「いや、別になんでもねえよ。で、どうすんだ? まだ塔を登れるのか?」
俺の言葉にシズクは涙を拭いて答えた。
「えぇ。大丈夫よ。ちょっと心が負けちゃってたみたい。でも、エンマが居れば大丈夫だわ。もうモンスターなんて怖くないもの。だけど、約束してちょうだい? もう絶対に危険な真似をしないって……」
「んー。絶対とは言えねえけど約束はするよ。俺は仲間の為なら自分の命を捨てるかもしれねえからな」
シズクは溜息をついていた。
でも、俺は本当に仲間の為なら命を捨てようと思っている。
こんな俺に付いてきてくれた仲間達だ。守り抜きたい。
だから、今はヒマワリとルシフェルを見つけて必死に話して、脅されているなら脅している人を倒して、そうやって、護りたい。
拒絶されれば諦めるし、いや、それでも、もし仲間の誰かが死ぬなら俺は庇ってでも護るつもりだ。
「はぁ、ま、その言葉通りにならない為にも付いてくしかないみたいね。それに、エンマは私が居ないと負けて死ぬかもだし、ヒマワリちゃんは私が居ないとつまらなそうにするし、ルシフェルちゃんの世話は私がしないとだしね! 」
「……ったく、お前は俺たちの母親かっつの。まぁ、でも、そんなお前のことがやっぱ俺は好きだわ」
気付いたら口から滑るように出ていた。
この言葉を聞いて、シズクが仲間として好きなのか、人間として好きなのか、女性として好きなのか、どう思うかはわからないが、言ってしまったものはしょうがないだろう。
「……っっ……そ、そんな言葉聞いても知らないから!!ほら!行くわよ!!」
「なんだよ引っ張んなって! 病み上がりだぞ!」
嫌な顔されると思ったが、案外赤面してるみたいだし、好感触みたいだ。
「うるさい!エデンの塔に普通に行こうとする人が病み上がりを言い訳にするんじゃないの!」
「ばか! 引っ張ったらこけるって!!」
こうして、一時はどうなることかと思ったが、やはりシズクの中で俺やヒマワリ、ルシフェルの存在は大きかったようだ。
もしかしたら、シズクは二日間、俺も居なくて、ヒマワリやルシフェルも居ないから絶望してしまったのかもしれない。
一歩間違えたら俺は死んでいたし、諦めようとした気持ちはやっぱりしょうがないと思う。
それでもシズクの心が、仲間という存在をもう一度思い出し、失いかけていた心も取り戻せた。
これからの90階層より上はきっと、下手したら俺たちですらすぐ死ぬ場所かもしれない。
それでも、一度諦めかけていた心を取り戻したシズクと病み上がりの俺は91層へと潜るのだった。




