92話 荒れる心模様
シャワーを速攻で浴びた俺は元々居た部屋へと戻った。
戻る途中に冷静に見ればここが宿屋のシズクとヒマワリの部屋ということが分かった。
まぁ今はそんな事はどうでもいい。
それよりもシズクから話される言葉が気になってしまう。
「それでシズク。話ってなんだ?」
「えぇ。そうね。まず、貴方が倒れてから1日経った時の話をするわ」
それからシズクは真剣に俺へと話をした。
あまり話が纏まっていなかった為、俺が要約すると、俺が倒れてから、その日はみんなテンションも高く帰ったらしい。
やっぱりボスに勝てたことが嬉しかったのだろう。
だが、その次の日異変が起きたらしい。
まず、エデンの塔を攻略する人が激減したのだ。
シズクが理由を聞くためにメッセージを送ってみたりしたらしいが、みんながみんな『怖くなった』とか、『リーダーが死んだから』という返事だったとか。
「やっぱ、攻略班のリーダーが死んだってことがみんなの中でデカイんだな」
「そうみたいね。それに、目の前で死ぬ瞬間を見た人もいるし、まぁ無理もないわ」
シズクはその言葉のあとに、『正直私も怖いわ』という言葉を付け足した。
俺も分からないわけではない。
死ぬのは怖いし、痛みも味わいたくない。
だけど、この世界から抜け出さなきゃ、こんなことがずっと続くのは間違っていると思う。
「それで、今攻略しようとしてる人はどれくらい居るんだ?」
「エデンの塔に入ったのは二日間で10人程度よ。私が知ってる限りだと、攻略する意志があるのは三桁の人数居るか居ないかくらい」
「だいぶ少ないな……」
ここまで一気にみんなの戦意を失くす程の男だったのだ。攻略班のリーダーという人は。
あの人の死はこの世界においても大きいはず。
それに、精々100人程度の人数じゃエデンの塔は攻略出来る自信がない。
「その残った人達はやっぱ精鋭揃いか?」
「そうみたいよ。人の死を克服出来てる人達だしね。ある程度の力はあるわ」
「それでもやっぱりキツいか……」
100人程度である程度は登れるかもしれない。
精鋭揃いなら協力すれば勝てないこともないだろう。
だが、10人減ってみればまた別だ。
ボスと戦えば危険が生じて死ぬ人も出てくる筈。
相手が強ければ強いほど守るということは出来なくなる。
「ねぇ。エンマ。相談があるの……」
「ん? なんだ? お前も疲れたのか? 休んでも大丈夫だぞ?」
「ううん。違う……あのね。今、戦線から離れた人はこの世界で弱いモンスターを倒したり、結婚したり、楽しく過ごしてるの。だからさ、その、私達も案外そっちの方がいいのかもしれないわよ?」
衝撃的な言葉だった。
そんな事したらヒマワリとルシフェルはどうなるのか。
いや、シズクもきっと疲れてるから困惑してるのだろう。
「な、なぁ、でもヒマワリ達はどうすんだよ。少しくらい休むならまだ大丈夫だが、戦線から離れたら助ける人が……」
「───他の人に救ってもらえるかもしれないわ」
「───なんだよ、それ……どうしたんだよシズク! お前、なんでそんなこと言うんだよ……」
「怖いのよ!!!!死にたくないし!エンマが死ぬところだって見たくないの!!誰も私の前で死んで欲しくないのよ!!!」
シズクはパニックになって泣き出してしまっている。
俺がずっと寝てて負担させてたのが原因か?
それとも、俺が死にかけたのが原因? 一人で頑張りすぎた?
でも、それでも俺は自分を傷つけてでもヒマワリ達を救いたい。だから……
「シズク。お前はちょっと休んでろ。今のお前だと足でまといだ」
今の俺も丸二日寝たせいでまだ体が動くかと言われたら動かしづらい。
91階層の敵に通用するかは分からないが、俺は一刻も早く進まなきゃいけないのだ。
「そんな病み上がりの体で行くの!?ほんとに死ぬわよ!!」
「ヒマワリとルシフェルは待ってんだよ。俺はこんなところで止まれねえ……」
シズクが本心で言ってるのかもわからない。
けど、今困惑しているシズクを連れていけば、確実にまずいことになる気がした。
「そう! 死んだって知らないわよ? 」
「あぁ。それじゃ行ってくるよ。お前は休んでてくれ」
俺はエデンの塔へと一人で向かった。
道中、回復薬や必要なアイテムを買ったが、シズクが付いてきている気配なかった。
「そういえば、ちゃんと固有スキル見てなかったな……」
一度立ち止まり、自分のステータス画面を見る。
だけど、どんなに見ても、あの時使ったスキルはなかった。
あるのは元々あった固有スキル。『サウザントスラッシュ』だけだ。
「どういう事なんだ……?」
固有スキルのアップグレードはなんだったのだろう。
絶望した時に現れるのか? いや、分からない。
「まぁ、固有スキルがあるだけマシか」
もし、固有スキルごとなくなってたら正直これからの戦いが厳しかったかもしれない。
シズクも立ち直らないと戦線には復帰できないだろうし、まずシズクの立ち直らせ方も分からない。
「一体どうすりゃいいんだよ……」
俺の足取りはどんどん重くなっていく。
それでも、次第にエデンの塔へと近付いていた。
そして、塔の入り口に俺が立って見上げている時に、俺の後ろから誰かの足音が聞こえてきた。
「違う攻略者……か?」
俺は塔を見上げるのをやめ、今から現れる人を待つ事にした。




