89話 最悪のタイミング
攻略班リーダーがハイドラに無残にも食われ、エフェクトとなって死んでいく。
これは、俺たちの言葉が遅かったという原因もあるし、リーダー自身が警戒を怠ったという原因もあるのだ。
確かに、元を辿れば我先にと飛び出した三人が悪い。
いや、どんなに考えても、結局の所リーダーは死んでしまったんだ。
そして、リーダーが死んだことにより、明らかにみんなの戦意は喪失していた。
もはやみんな、ハイドラに恐怖を覚えてしまっている。
今この場で動けるのは俺とシズク。クウガ達に加え、唯一攻略ギルドのリーダーだけだった。
「怯えるのも無理はない!! 今動けないものは足でまといだ!! 転移石で戻るがいい!」
目の前で死ぬ人を見るというのはやはり怖い。
これがゲームならば余裕だろう。
だが、やはりこの世界での死は本当の死とみんな知ってしまっている。
だからこの場にいるほとんどが転移石を取り出しているのだ。
「リーダー! 本当にすまない……」
「次の層では役に立つから!」
「「転移!!」」
俺たちの前で転移石を空へと掲げている。
だが、不思議なことに誰一人として転移していなかった。
「ダメだ! 転移不可エリアだぞ!!」
「みんな! 戦えない人は扉の方へと集まって!!」
「ダメだエンマ!! 扉も開かねえ!!」
「くそっ!! 分かった! 俺が敵の注意を引きつける! その間にみんなを端へと集めといてくれ! 先頭の被害に遭わねえように!」
俺は一人でハイドラへと走り出した。
シズクやクウガ達は転移も使えず、またさらに恐怖を覚えてしまった人達を集めていた。
これはまずい。
今ここで恐怖を覚えた人が次の戦闘に参加出来るかといえば、多分無理だろう。
いや、まだ分からない。ギルドリーダーの人望があればみんなが立ち直る可能性もある。
ならば、今は恐怖の元凶であるハイドラを倒す事だ。
「一人ではキツいだろう? 私も力を貸そうではないか」
「あんたの助けがあれば二人で倒せるかもな」
「さて、どうだろうか」
攻略ギルドのリーダー。名前はダンテ。こいつの噂は無数にあった。
一度もダメージを受けたことが無い男。
カウンターの鬼。
挙げればキリがないだろう。
それほどまでにこの男は強いのだ。
槍と大盾を華麗に使い、カウンターを決めていく。
俺が見た中でもダメージを受けたのは一度たりともなかった。
正直こいつと戦って勝てるかと聞かれたら、難しいと答えるだろう。
「私があいつの注意を引き付けて攻撃を受け止める! カウンターで怯ませるから、首を確実に一本ずつ削ってくれたまえ!」
「了解!!」
俺の言葉と共に、ダンテは大盾を鳴らし、ハイドラの攻撃を引き付けた。
挑発されているハイドラは9つの首を使い、ダンテへと攻撃していく。
俺は、ダンテの大盾捌きに正直少しだけ見惚れてしまった。
完璧に9つの首を受け流しているのだ。
だが、それも長くは持ちそうになかった。
今まで減らされたことがなかったHPが徐々に減ってきている。
さすがに9方向からの攻撃はキツいのだろう。
「さて、そろそろ反撃といこうじゃないか」
ダンテが槍を取り出し、ハイドラへとカウンターを決めていく。
だが、まだ怯みはしていない。
今俺が攻撃すれば俺へと注意が散漫してしまう。
「今だ! 頼んだぞ!!」
「任せろ!」
ようやくだった。ダンテのHPが少し減った時、ようやくハイドラの体を仰け反らせる程の怯みを与えることが出来た。
その間に俺は飛び出し、ハイドラの首へとスキルを構える。
「さぁ、こっからは俺の見せ場だぜ! 俺の唯一にして最強のスキル。『サウザントスラッシュ!!』」
俺は華麗にスキルを発動したと思っていた。
だが、何も起きない。
ハイドラの怯みはもう今にも治ってしまう。
だが、俺は呆然と何も出来ずにいた。
「一体どうしたと言うんだ!!」
「わかんねえ!スキルが発動しねえんだよ!」
そんな時、俺の目の前に有り得ない文字列が現れた。
『固有スキル:サウザントスラッシュ使用不可。スキルアップグレードしてください』
「な……」
言葉も出なかった。
まさかこんな時に……
「避けるんだ!!」
「───あ」
俺の体は吹き飛ばされた。
完全に直撃した攻撃は、ボス部屋の壁へと俺を吹き飛ばし、ダメージを与えてくる。
激痛が俺を襲い、意識が朦朧としている。
どんどんHPバーも減り、今は赤色に輝いていた。
「くっ……ダメだ。耐えきれん」
ハイドラは怒り狂っていた。
もはや、ギルドリーダーであるダンテですら攻撃を防ぎ切れず、HPバーも黄色になってしまっている。
「……俺も戦わねえと……」
「少しの間これを飲んで休んでなさい。私たちが時間を稼ぐわ」
「ヒマワリちゃんを探すとは別に、いっぱい借りがあるからな。少しくらい返さないとな!」
クウガが俺へと回復薬を飲ませ、シズク達と共にハイドラへと向かっていった。
「……アップグレード……か」
みんなが必死に戦っている。
そんな中、俺はただ自分のステータスを開き、サウザントスラッシュをタッチする。
『サウザントスラッシュをアップグレードしますか?』
アップグレードにどのくらいの時間が掛かるのだろう。
それならば、このスキルを使わずに戦闘に加入した方がいいんじゃないか?
そんな気持ちが俺の指を止める。
「……がはっ……強いじゃねえか……」
クウガが俺の横へと吹き飛んできた。
口からは血を吐き、フラフラになっている。
「クウガ! お前も休んだ方が!」
「なぁ、エンマ。俺達のことはいいからよ。お前の最強のスキルを強化してくれ。エンマはこの世界で最強だと俺は思ってるんだ。だから、馬鹿みてえだけど、最強のスキルと最強の男が合わされば誰にも負けねえだろ? 何言ってんだろうな俺……」
長ったらしくそれだけ言うと、クウガは回復薬を取り出し、体力を回復してまたハイドラへと走っていった。
俺は、その後ろ姿を見つめながら、指先を動かし、固有スキルをアップグレードする。
決して、言葉で動かされたわけじゃない。
ただ、今この状況だからこそ、この強化された固有スキルが必要なんじゃないかと思っただけだ。
『アップグレード開始。完了まで5分』
「みんな!! 5分だけ持ち堪えてくれ!!」
俺は戦っているみんなへと呼び掛ける。
怒り狂っているハイドラに対して、5人で5分稼ぐのはどれほど大変なのだろう。
どんだけキツい事を言っているのかはわかっているつもりだ。
「5分か。私の防御で守りきれるかどうか……」
「ったく、さっさとしなさいよね!」
「俺たちに任せとけって!!!」
この5分間の間、俺は一切動けない。
初めてだから分からなかったが、固有スキルのアップグレード中は体の自由が封じられるのだ。
故に、みんなに時間を稼いでもらわなきゃいけなかった。
一発でも攻撃が直撃すれば、瀕死になる相手に対して、俺のために時間を稼いでくれているみんなを見ながら、俺は必死にハイドラの攻撃パターンを覚えようとしていた。




