80話 涙
────78階層ボス部屋。
ボスは居なく、いつの間にか俺とヒマワリ以外は眠ってしまっていた。
さっきまでは気絶していたのにも関わらず、眠っているのだ。
シズクは殺される恐怖があったのに、安らかに寝息を立てて寝ているのだ。
どういうことか俺にも分からなかった。
「なぁヒマワリ。やっぱり、みんなが寝ているのはお前の力だよな?」
この場にいて、魔法が得意なのはヒマワリだけだ。
確かに、あのボスが逃げる間際にみんなを眠らせたという線も考えたが、さすがにそれは無理がある気がした。
「うん。そうだよ。後でエンマにも眠ってもらうけどね。ただ、ちょっとだけエンマと話したかったんだ」
いつものヒマワリは居ない気がした。
二人を鑑定しようとした夜と同じ気配だ。
いや、今思えばボスである天使と戦い出した時から既にヒマワリは変わっていたのかもしれない。
「そうか。まぁ、理由は聞かねえよ。ただ、な。俺が気になるのは二つだ。一つはお前が天使とどういう関係なのか、どうして一言だけであの天使が逃げたのか、それとな、こっちのが大事なんだ。俺達といた明るいヒマワリは嘘なのか?」
俺は真剣な顔でヒマワリを見つめた。
だが、ヒマワリの表情は変わらなかった。
そして、少しの沈黙の後、ヒマワリは口を開く。
「あはは。ごめんね。さすがにそこは答えられないよ。でも、ね。今もそうだけど、少し前の私という存在が嘘ってことはないんだ。まぁ、元々明るい方が強かったんだけど、今は逆になったって考えてもらえれば良いよ」
どういう事なのだろう。
言ってる事の理解は出来る。
だが、そうなるとヒマワリは何者なんだ?
二重人格的なものなのか? それとも、元々天使とかとやっぱり関係あるとかなのか?
「な、なぁ、ヒマワ───」
「だめ。さっきエンマは二つって言ったよね。これ以上は答えれないよ。だから、ね、エンマ……」
ヒマワリは俺へと近付いてきた。
これもヒマワリの魔法なのか、俺の体は動くことが出来なくなっている。
徐々に徐々にヒマワリが俺の顔へと近づいてきている。
「さようなら」
ヒマワリは俺の頬にキスをした。
一瞬なにが起こるのか分からず、目を閉じたが、自分の頬に感じた感触、音、そして、ヒマワリが俺の頬から口を離す瞬間を見て分かった。
だけど、その時ヒマワリが俺にも魔法を掛けたのか、強烈な睡魔に襲われた。
「ヒマ……ワリ……」
「…………」
ヒマワリからの返答はない。
だけど、ヒマワリが少しだけ涙を流していることは分かった。
俺は、ヒマワリが先へと進む扉を進み、姿が見えなくなった時に完全に眠りへと落ちたのだった。
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「ヒマワリ!!!」
あれからどれくらい経ったのか分からない。
だけど、俺はヒマワリが居ないという夢を見ていたのか、危機感を覚えて飛び起きていた。
「……そうか。あれはやっぱ現実……か」
自分の脳では理解していた。
今回飛び起きたのだって、夢を見ていた風に考えてただけだ。
時は既に遅い。
ヒマワリが俺たちから離れたことは分かっていた。
「シズク! 起きろ!」
すぐ近くで寝ていたシズクを俺は起こす。
相当爆睡しているのか、少し揺らした程度では起きなかった。
「シズク!!」
耳元で少し大きい声で叫ぶ。
「……んん。何よ、うるさいわね……」
ようやくシズクは起きてくれた。
未だ寝ぼけているが、俺にそんな暇はない。
とにかく今はシズクを叩き起こして、ヒマワリを追いかけなきゃいけないのだ。
「シズク。寝ぼけているところ悪いが聞いてくれ。ヒマワリは俺たちの前から消えた。死んだとかじゃないんだ。多分、天使と関係があって、天使達のところに行ったんだと思う」
俺の言葉を聞き、さっきまで寝ぼけていたはずのシズクの顔が急に真剣な顔になっていた。
「エンマのその顔見れば嘘か分かるよ……」
シズクは悲しそうだった。
すぐにでも泣き出すんじゃないかって、思うくらいだ。
いつもヒマワリとシズクは喧嘩していたが、あれは仲が良いから故なのだろう。
「俺は追いかけてみるよ。シズクはどうする? 待ってても大丈夫だぞ」
「ううん。私も行くわ。ちゃんとヒマワリちゃんの口から別れを聞かなきゃだし、いや、もう一回意地でも仲間にしなきゃダメなんだから!」
シズクは精神の強い女の子だ。
むしろヒマワリを連れ戻そうとするなんて。
「やっぱシズクはすげえな」
「きゅ、急になによ!!」
「なんでもねえよ。さ、行こうぜ」
「え、えぇ! 寝起きでちょっと動きづらいけど、頑張ってみるわね!」
俺とシズクはヒマワリを追いかけるため、天使とヒマワリが居なくなった79階層への扉へと足を運ぼうとしたのだった。




