79話 天使とヒマワリ
相変わらず、天使への攻撃は続いていた。
もちろん、ヒマワリだけはその場を動かないし、魔法を放つ気配もない。
あまりヒマワリを見ている暇はないが、異様に気になってしまう。
どうしてだろうか。
「こんだけみんなが攻撃すると良くわかんねえなぁ……」
敵となる天使の姿はほぼ人間サイズ。
それに対して大勢の人間が魔法や近接戦闘を繰り広げようとすればどうなることか容易に予想がつくだろう。
今まさに、俺は天使へと近づくことすらできない状態にあるのだ。
「どうしたもんかなぁ……」
天使のHPは少しずつとはいえ、減ってきていた。
さすがに大人数からの攻撃を全て躱すのは無理なのだろう。
『私に近寄るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
いい加減鬱陶しくなったのか、天使が今まで以上に激しい雄叫びをあげた。
少し離れている俺ですら衝撃で少しずつ後退しているのだ。
至近距離に居る人がどうなるかは分かっていた。
近くに群がっていたプレイヤー達は皆、俺達の横を吹き飛びながらすり抜けていく。
そして、後方の壁へとぶつかり、気絶するものが多数いた。
「……この雄叫びを何回も使われたらやべえかも」
確かに、少し離れれば耳を塞ぎ、力を入れることで耐えることは可能だ。
だが、今のように俺が近くで戦っている時に雄叫びをあげられればどうなるかわからない。
力だけで耐えれるかどうかの問題だ。
だが、幸いにも天使は疲れていた。
雄叫びに力を使った影響だろう。
「今なら当たる筈だァァァ!!」
俺は息切れしている天使へと走り、剣を振り下ろす。
俺の剣筋は完璧だったようで、見事に天使へとダメージを与えることが出来た。
カウンターもされず、避けられもしなかった本気の通常攻撃だ。
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!』
自分の体から出る血を見て天使は発狂していた。
そして、自分の体、頭を掻きむしりさらに血を噴出させていく。
徐々に減っていく天使のHP。だが、それに対して強くなっていく殺気。
既にほとんどの人が先程の雄叫びで気絶している。
残ってるのは、俺とヒマワリ、シズクを含めても10人居ないだろう。
だが、幸いにもこの天使の防御力は本当に低い。
俺のスキルを使わない攻撃ですら、全5ゲージある内の1ゲージの半分を削れているのだ。
『はぁはぁはぁ……殺す……殺す殺す……殺……しちゃダメ……殺す……』
もはや天使は狂っていた。
時折出る自我が天使を抑えているのか、天使自体は頭を抱えて必死に叫んでいる。
「今しかないぞ! みんな! 掛かれ!!」
生き残っていたリーダーの指示により、俺とヒマワリを除くみんなが動き出した。
シズクが魔法を放つも、やはり防がれてしまう。
こいつに魔法は効かないのだろう。
「私の攻撃を受けるがいい!!!」
リーダーがスキルを発動し、天使へと切りかかる。
だが、少し遅かった。
天使は元に戻ってしまい、ニヤリとしながらリーダーの攻撃を躱し、隙の出来たリーダーに攻撃を食らわしていた。
そして、最後に腹を蹴られ、リーダーも気絶状態に陥ってしまったのだ。
これが最悪の事態というやつだろう。
リーダーの存在が有から無になれば、少しだけ残っていた人達の戦意も、もはや無いに等しくなってしまった。
「こいつ、人を殺さないのか?」
確かに、みんなの戦意はなく、こいつは強い。
だが、さっき狂っていた時に叫んでいた通り、自我がほんの少しだけ残っているのか、ここに居るボス戦に参加したものは誰一人して死んではいなく、気絶だけしている状態だった。
「隙だらけよ! その魔法バリア、破壊してあげる! スキル『魔法破壊!!』」
初めて見たシズクのスキルだった。
隙がある敵にしか放てないスキルなのだろうか。
だが、見事にシズクのスキルは発動し、天使を守っていたはずのバリアが可視化していた。
そして、パリンという音と共に砕け散ったのだ。
「今なら魔法が通るわね!行くわ……よ……」
シズクのテンションも上がり、魔法を放とうとした瞬間だった。
天使はものすごい殺気を放ちながら俺達に見えないスピードでシズクの首を締め上げようとしていた。
これが天使の本気のスピードなのだろうか。
こんなの俺たちじゃ相手にすらならない。
そう思えた瞬間だ。
「はな、しなさいよ……」
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』
もはや天使に自我は無くなっていた。
先程とは違い、呪いを放つようにシズクへと殺すという言葉を連呼している。
そして、シズクの首は徐々に締め上げられ、ついにはシズク自体が宙へと浮かび上がっていた。
もはや離れている俺に止める術はなく、ヒマワリに至ってはずっと変わらない表情で天使を見ていた。
「助けて……」
苦しい中で喋るシズク。声はほとんど聞こえず、俺にも微かに聞こえた程度だった。
殺気に満ちている天使は自分の腕でシズクを貫こうとしている。
だけど、俺は走り出していた。
「お前は死なせねえー!!!」
俺が叫んで近づこうとするが、それよりも早く移動した人が居た。
「次元魔法Lv.1 『テレポート』」
ヒマワリだった。
魔法を使い、シズクと自らの位置を入れ替えたヒマワリ。
そのヒマワリへと迫る天使の右腕。
だが、不自然にも、ヒマワリへと攻撃が当たることはなく、ヒマワリが天使に向かい一言喋りかけた瞬間、天使は薄汚れた羽でこの先の扉へと飛んでいってしまった。
一体何が起きたのだろうか。
ヒマワリは何を喋りかけたのだろう。
「なぁヒマワリ。どうやってあいつの攻撃止めたんだ?」
俺の中で少しづつヒマワリへの信頼が恐怖へと変わってきていた。




