63話 記憶
少女はこちらをじっと見ていた。
少女の役目は俺たちの監視。
俺たちを見つめるのは不思議ではないが、こうもじっくり見られると緊張してしまう。
「ねぇ。あなたは何処から来たの?」
ヒマワリが少女に対して後ろから抱きつき、訊ねる。
妹のように扱っているのか分からないが、少女の方も嫌そうではないので止める必要は無いだろう。
「分からない。気がついたら生まれていた。ドールも同じはず。だから、名前も……名前? ……あれ?」
「どうした?」
「分からない……分からない分からない分からない。私は複製品? 本物? 何をすればいいの? 役目? 嫌嫌嫌。私は自由になりたいなりたいなりたい…………」
突然狂い出して叫び出した少女にヒマワリはビックリし、その手を離している。
一体少女に何が起きたのだろうか。
ただ、おかしな点は一つだけあった。
今の今までそこにあるはずだったのに気が付かなかった箇所。
それは、この少女の背中と頭の上に関係するものだった。
「なぁ、お前のそれ、羽と輪っかだよな?」
「…………これは私を制御するためのもの。らしい」
「───あなた、もしかして天使とかじゃないわよね?」
ずっと俯いて何かを考えていたシズクが少女のことを指さしていた。
「何言ってんだシズク。天使なんている訳ないだろ?」
「エンマ。ここはゲームの世界よ? 天使だっている可能性あるじゃない」
「あっ! そう言えば、なんか昔聞いた噂なんだけど、エデンの塔の一番上には天使が二人居るとかなんとか……あれ? なんだっけ?」
ヒマワリの言葉を聞き、俺は少し前に見せられた映像を思い出した。
確かに、この世界が滅びそうになった時、エデンの塔から天使が見えていた。
という事は、この真っ白な羽と黒い輪っか。
「黒い……輪っか?」
疑問に思ってしまった。
普通天使ならば、白の羽と白の輪っかだろう。
黒と白。これは何かを示しているのだろうか。
「私……私は……ルシフェル。役目を与えられた堕天使……あれ? どうして私……」
ほんの一瞬だが、眼つきと顔つきが変わった少女が俺たちへと話し掛けていた。
それも、自分の名前を。
少女がずっと思い出せなかった名前を少女の中にいる者が俺たちへと話し掛けたのだ。
「エンマ……ちょっとこっち来てちょうだい」
シズクが俺を呼び、ヒマワリも手招きする。
のんきな少女はまた椅子へと座り、足をフラフラさせながら空を見ていた。
「ねぇ。あの子ちょっと変じゃない? 記憶もないみたいだし、多分二重人格だし……」
「でも、俺のみた映像通りなら、天使はこの世界において大事なんだ。だから、あのルシフェルという少女を置いてくのも……」
「というか、置いてけないよね。あの子私たちの監視らしいし、絶対付いてくるって」
俺たち三人は同時に少女を見るために振り向き、少女に危険性がないことを確認する。
「でもあの子可愛いわよね。なんていうか、抱きしめたくなるというか」
「わかる!! 私もすごい可愛いと思ってた!」
ヒマワリの大きな声で少女はビクッ!として、背筋が伸びていた。
少しだけ可愛いと思ってしまったが、俺は決してロリコンではない。
ただ、そんな少しの仕草も妹と似てるところが可愛いのだ。
「なぁ。俺からもお願いするわ。ルシフェルさ、俺の妹にちょっと似てるんだよ。なんていうか、縋るわけじゃないんだけど、やっぱり放っておけないわ。記憶もないしさ、連れてってあげねえか?」
「なによ。そんなの良いに決まってるじゃない。というか、初めから連れてく気だったわよ? 別に安全そうな子だし。ちょっと変だけど」
「でも女の子はなー。エンマのハーレムになっちゃうよ! いやでも、あの子は妹っぽいし大丈夫か! 問題なし!」
俺はみんなからの意見を聞いたあと、ルシフェルへと近付いた。
「話は終わった? 私はあなた達に付いていけるの? まぁダメと言われても付いていかなきゃいけない役目があるから……」
「あぁ。お前はもう一人じゃないぞ。大丈夫だ」
俺は密かに思っていた。
この空間に来るためにクリアしたあの真っ黒な空間は俺の心ではなく、この少女の心なのではないかと。
ずっとこの部屋にいた少女の孤独さがあの空間を生み出したのではないかと。
「それでだ、俺たちの中でちょっとだけ話したんだけど、お前の記憶を取り戻そうと思ってるんだよ」
俺の言葉に、シズクとヒマワリは話してない!!って顔をしているが、まぁ知ったこっちゃない。
こういうのは言ったもん勝ちなんだ。
「記憶を……取り戻す? それをしてどうなるの?」
「どうなるとかはないさ。俺達に役立つ記憶ならそれでよし、役立たなくてもお前が生まれた理由とか分かるんだしそれでいいだろ」
「まぁ、あなた達が良ければそれでいい」
「はいはい! そこで難しい話は終わり! ルシフェルちゃんはどっか行きたい所ある? 仲間になった記念に私たちが行きたい所連れてってあげる!」
ヒマワリが俺とルシフェルのあいだに割り込み、手を握りながら話し掛けている。
こういう所がヒマワリの良いところだと俺は思った。
シズクにはちょっと厳しいが、根は優しいというか、よくわからないけど、好きだった。
「あら。あなたには何も言えないみたいよ? ほら、そんな変な女から離れて私の元へ来なさい。抱きしめてあげるわよ?」
シズクがなにに対抗してなのか、腕を広げて自分の元へとルシフェルを誘おうとしていた。
「むむむ……ほら! はやくどこ行きたいか言って!」
「早くこっちに来なさい! ぎゃーってしてあげるから!」
二人に誘われるルシフェルは段々と困惑してきていた。
そして、迷った挙句に選んだのは、
「あの二人なんか怖い。私はあなたの側が落ち着く。ドールみたいで良い」
結果俺の袖をつまんでいた。
正直俺の近くへと寄ってくれるのは嫌ではないが、ドールと一緒にされるのはちょっと……という感じだ。
それでも信用というか、既にそばに居て落ち着くと言われると嬉しいものがある。
「さてと、そろそろこの神殿も出るか! 俺たちの目的は達成したしな!」
俺とルシフェルが部屋の出口へと向かおうとした時、ヒマワリとシズクは何故か動かなかった。
「どうしたんだ二人とも」
「「なんでエンマなの!!!!!」」
二人ハモって俺へと叫び、無理やり俺のそばからルシフェルを離して、一人片方ずつの手を繋いでいた。
「お前達なんか楽しいな」
ルシフェルも真顔のまま俺たちへと呟き、そして俺たちは神殿から外へと出た。
もしかしたらこの世界の鍵となる少女を仲間にした今、俺たちのやるべき事は少女の記憶を蘇らせる、それと、ルシフェルのもう一つの人格について知る事だった。




