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作者: 山羊ノ宮
掲載日:2016/06/07

考えてみれば不思議である。

空から何かが降ってくるのだ。

それが身近な水という物質であるからよいものであるが、それが塩酸や水酸化ナトリウムなどであったのなら、おちおち雨の日に外出もできなくなる。

また槍とまではいわないが、それが金属片であったのなら人的被害、物的被害も相当なものになるだろう。

おそらく正月に餅をのどに詰まらせて死亡する老人程度には死者が出るはずである。しかしながら、幸運なことに『洗車したばかりなのに』といった後悔がなくなることは確かである。なぜなら、愛車はボコボコもしくはズタズタになるだけであるのだから。

考えてみれば不思議である。

いや、むしろ雨について不思議と感じることが不思議なのかもしれない。

“雨が降る”ということはひどく身近なもので、当然なものなのである。

過去も現在も人の生活の中に雨は存在していて、それは特別意識するようなものではないのだ。


「ねえ、雨ってどういうものなの?」

だが、未来においては違った。

目の前の幼子に雨の説明をせがまれていた。

雨をどう説明したらよいものか。

雨の降らない宇宙船の中でも雨は人を悩ませるようだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今ある当たり前のものがそうではなくなるかもしれない、という発想はSFの入り口としてはありふれてますけど、まだまだたくさんの驚きが潜んでいると思っています。 常識ってのは、自分で思っている以上…
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