ぜんぶちがう
ゆらゆら、赤月のかたはゆれる。はじめて巻いたおびもふわふわとゆれた。
「小望。」
赤月がやまをのぼりながら小望をよぶ。
「腕、いたむか?」
赤月がつぶやいた。
「もう、いたくない。」
「そうか。小望は弱えなぁ。」
赤月は笑った。
「こも、よわい?」
小望は首をかしげる。そんなこと、兄は言っていなかった。
「弱え、弱え。すぐ傷はつく、小せえ、歩けねえ、なんも知らねえ。こんな鬼、初めてだ。」
赤月が声をあげて笑い出す。嬉しいと、人は笑うのだ。小望は知っている。「かあさん」と「とうさん」は兄が生まれてうれしくてわらったと、兄がいっていた。兄の、「かあさん」の、「とうさん」の笑った顔を小望は見たことないけど。
「赤月、うれしい?」
小望は、笑顔をみたことない、なのに赤月の笑った顔がわかる。ふしぎだと思った。
「あぁ、嬉しいなぁ。小望のおかげで退屈か
逃れられそうだ。」
赤月が嬉しそうにいう。「たいくつ」とはなんだろう。
「赤月、たいくつに勝てない?」
小望がそう聞けば、赤月が吹き出した。
「俺ぁ、強えが退屈にゃぁ負けるなぁ。退屈には俺も殺されらぁ。」
「たいくつ」とは、とても恐ろしいものらしい。赤月がまけるものに、小望がかてるとは思わなかった。
「小望、よわい。たいくつから、にげられない。」
いつの間にか空は赤くなっていた。赤月が木の間をあるく。山のてっぺんにひときわ大きな木があった。たくさんのきがねじれてまざりあったみたいだった。「口とじとけ。」そういって赤月が地面をける。小望は腕でおさえられた。ふわっと空にうかぶ。
「小望が弱えなら俺が守ってやらぁ。俺に迷惑かけりゃぁいい。それだけで、俺は退屈から逃れられる。」
気づけば大木の枝の上に小望はおろされた。赤月は小望の頭をなでる。みあげれば赤月の顔が赤くてらされていた。
小望はよくわからないままうなずいた。赤月がいうならそうなんだろう、と思った。
小望は赤月の赤い着物の袖をにぎった。
空はだんだん暗くなっていく。赤月のかおが見えなくなっていった。
赤月は小望をもちあげて、「ろう」から出た日のよるみたいに足のあいだにおいて抱きしめた。
足をうごかせば、カラン、と赤い紐のついたげたがなる。
前髪をとめた赤いかみかざり。
初めてきた赤いきもの。
ふわふわの白いおび。
おにのなまえ。
ぜんぶ、赤月がくれた。
赤月にもたれかかった背中があったかい。小望を抱きしめる手は小望よりもとても大きかった。
あたまをぽんぽんされること。
小望と呼ばれること。
そとにいること。
かたにのってゆらゆらすること。
あったかいこと。
ぜんぶが「ろう」とちがう。
小望はなんだかよくわからなかった。赤月になにかつたえたくて、なんていう言葉かよくわからない。
『俺に迷惑かけりゃぁいい。それだけで、俺は退屈から逃れられる。』
「赤月。」
「あ?」
「小望、赤月にいっぱいめいわくかける。」
「ああ、楽しみにしてらぁ。」
赤月の笑った声が聞こえた。