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『不備なんてありませんよ?』

○七三型汎用人型メイドロボ ――ナナミ――   


『不備なんてありませんよ?』


 ナナミは多国籍複合企業体、リーフ社の誇る最新メイドロボの試験機だ。人語を解し、人間と同様に笑い、怒る。科学によって産み落とされた新しい形の命である彼女がこの寮にいるのは、まあ色々と理由があるのだがそれは後ほど。

 変わった隣人たちの中でも特に異質な彼女との日々には、こんなこともあった。


 初夏。青葉が茂り、日差しが日に日に厳しくなっていくこの時期。夏を呼ぶ蝉の音もいっそうに騒がしく、そろそろ風鈴でも取りつけ――

「青葉様」

「なんだよ、いまモノローグの途中なんだけど」

「どうせ誰も聞いていません。そんなことよりご相談があります」

 バッサリ切るなこのメイドロボは。しかしナナミのやつ、いつになく真剣な様子だ。

「なんだよ、暑くて故障でもしたのか」

「私は完璧です、故障などありえません。ありえないのですが……」

「なんだよ?」

「先日一件では予期せぬ動作不良があったことを認めざるを得ません」

 先日の一件。こいつ、あの大惨事をただの『動作不良』で片づけようとしてやがる。

目からビームを出し、口から火炎を吹き、両手がチェーンソーに変形して暴れまわったあの一件をただの動作不良だと? こっちはリリアのカチューシャが全弾撃ち尽くすことで何とか暴走を止めたんだぞ。おかげで徒然荘は半壊した。

まぁ、すぐに紅葉さんが以前の状態(ボロいとこまで完璧)に復元したんだけどさ。

「気にすることはない。人は失敗から学ぶ。ロボも失敗から学ぶといいさ」

 我ながら至言だ。きっとナナミも深く感銘を受けたに違いない。昨日テレビで聞いた言葉を贈ってやった。

「お気づかい感謝いたします。しかし私はリーフ社の誇る完全無欠なメイドロボ。失態には功績をもって償いとさせていただきたい」

「償いって」

「平たく言えば、お詫びに何でもご要望下さいということです」

「えっ!? マジで!?」

 思わず声が裏返ってしまった。取り乱すなオレ。冷静になるんだワタクシ!

「はいマジです。私にできることならどのようなご要望にでもお答えします」

 まだだ、まだ落ち着くんだボク。ここは紳士になるんだ。

「おいおいナナミさんや、その条件を健全な青少年に提示することの重大さを理解しているのかね」

「無論です。こちらにはほとばしる若いパトスを受け止める準備があります」

 ちらりとスカートの裾を持ち上げるナナミ。

ゴクリ。思わず生唾を飲み込む。

「あ、R18的なやつでも……?」

「本作品はレーティングを通しておりません。従って作中には過激な描写が含まれる場合があります」

「倫理委員会仕事してないん!?」

「殲滅済みです。なんなら私の完璧な腰使いを骨の髄まで堪能させてあげましょう」

 じゃあそれで! 

 と、いつもなら即答するところだが、百戦錬磨の俺には抜かりはない。

「とか何とか言っちゃって、実はこの後に待っているのは性的な描写じゃなくてグロテスクな描写なんでしょ? 青葉さんはそんなの引っ掛かりません!」

「性的描写です」

「じゃあそれで!!」

 理性? 倫理? えっ、なんだって聞こえない。こちとら難聴系主人公なんだ。すまんな視聴者諸君。一足先に大人の階段を登らせていただこう。

「では準備をしますので」

 そういってどこからともなくスタンドカーテンを取り出し、姿を隠す。

「ここで!?」

 まだ昼間ですよナナミさん! それにこんな廊下のど真ん中でなんてボク恥ずかしい! きゃっ、ナナミさんてば大胆!

 あぁでも、こっちの戸惑いなんかなんのその。カーテンの向こうからは絹の擦れる音とガシャンゴションと変形する音が――――ん?

 カーテンが音を立てて開かれる。

「やぁ青葉。待たせたね」

「えっ」

目の前には貴公子然とした少年の姿があった。

「えっ」

 あれれ、マジックかな? ナナミさんが消えちゃったぞ?

「ボク、ナナミ。プリンスモード。通称しちみ君。リーフ社のメイドロボは性別すらも自由自在なんだ」

「えっ」

「じゃあご要望どおり、ボクの腰使いを堪能させてあげるね。大丈夫、男同士だから恥ずかしくないよ」

「えっ」

 七味くんの黄金のエクスカリバーが抜刀される(自主規制)。やだ逞しい。

「そ~~れっ」

「ノォオオオオオオオオオオオオゥウ!!!!」

 逃げた。全力で逃げた。肉体の全出力を出し切った。今なら月まで走っていけそうだ。男にとっては時に生命の危機より貞操の危機の方が切実な問題なのだ。

 二時間後。息を切らせながら何とかナナミ(七味くんモード)を説得し、徒然荘に戻った。

「非常に残念です。インストールされてから一度も使われていない機能でしたので、是非とも試したかったのですが」

「それは、ゼェゼェ、女の子の、ゼェハァ、状態で、ゴホッゴホッ、頼む」

「しかしデータによれば最近の婦女子の間では同性間が主流なのだと」

 そりゃ腐女子の間違いだ。しかも男×男限定。

「誰だよそんなデータ打ちこんだやつ」

「九十九様から頂いたデータです。非常に参考になりました」

 にゃろう。今度必ずコロコロ(自主修正)してやる。

「とにかくさっきのオーダーはもういい。別のにしてくれ」

「チッ、残念です」

 このロボには至急、貞操観念をアップデートする必要性があるな……。

「とにかく別のやつだ別の! そうだなぁ。う~~ん……」

 こう考えるとなかなか思いつかん。いや、思いはつくのだが、果たして安全なのかが分からん。一歩間違えるとお尻が大変だ。

「参考までに聞くけど、他の奴にはなにかしたのか?」

「九十九様とココナ様は外出中でしたので後ほどご奉仕させて頂くつもりです」

 ツクモの野郎逃げやがったな。

「蘭花様とリリア様には既に私の性能を満喫していただきました」

 先達犠牲者が二名。

「ぐ、具体的には……?」

 なぜだろう、手に冷や汗握る。

「蘭花様は空を飛びたいとおっしゃったので……」

 チラリと庭を見る。

 庭の木に蘭花が引っ掛かっていた。

「…………」

「リリア様は組手がしたいとおっしゃったので……」

 チラリと壁を見る。

 リリアが突き刺さっていた。

「…………」

「お二人とも疲れて寝てしまったようです」

 永眠してやいないだろうな?

 二人の姿に未来の自分を見た。

 ヤバい。間違いなく肉体系・運動系は鬼門だ。命にかかわる。かといって性的なのは貞操に関わるし、お使いなどの簡単な雑務では納得しないだろう。

 考えろ、考えるんだオレ。今こそ知恵を絞るべき!

「そうだ、手料理! 手料理を振る舞ってくれ! 愛情たっぷりのやつを!」

「手料理、でございますか?」

 手料理。美人からのご褒美としてはまずまずのところだろう。ただし、こう思う者もいるだろう。『手料理って、それ死亡フラグじゃ……』。ふっふっふっ。それは杞憂というものよ。なぜならナナミは超メシウマヒロイン! 五つ星シェフが泣いて逃げ出す料理の腕前なのだ。そのナナミに限ってポイズンクッキングはありえない。ついでに――

「作るのはケーキな。食材は俺が用意するからそれを使ってくれ」

 勝った。完璧だ。イッツパーフェクト。これで死ぬのを免れた。

「いえ、そこまでして頂かなくても」

「いいの! 準備したいの! というかさせて下さいお願いします!」

 涙目で頼んだら何とか納得してくれた。

 プライドを失った気がするが、代わりに命を拾えた。

「では、DM073‐汎用型メイドロボ‐ナナミ。出撃します!」

「穏便に頼む」

 メイドロボによる魅惑のクッキングタイムが始まった。

 その間に俺は蘭花とリリアを回収。幸いなことに二人とも気を失っているだけのようだ。居間のソファーに寝かせておく。

 そうこうしているうちに時間は流れ、生地の焼ける香ばしい香りがしてきた。

 テーブルにフォークと紅茶が用意され、準備が整う。

 キッチンからナナミがケーキを運んでくる。

「お待たせいたしました」

 音も立てずにケーキをテーブルに配膳する。無駄のない所作は一種の芸術品を思わせる動きだった。メイドロボが科学の生み出した芸術品なら、その芸術品が産み落としたこの一品をなんと例えるべきか。

 俺は眼前に広がる至高の一品に目を奪われる。

「これは……」

 そしてその、あまりのできに言葉を失う。いや元々俺には目の前の存在を形容する言葉など持ち合わせてはいなかった。

 それでも敢えて言葉にするならそれは――

「俺じゃん(・・・・)」

 目の前には十字架に穿たれた高倉青葉の姿があった。

「ナナミよ、解説しておくれ」

「かしこまりました。青葉様からのご要望は『愛情たっぷりのケーキ』とのことでしたので、今回のテーマはズバリ『愛』です。まず全体像としては磔刑に処されるイエス=キリストをモチーフにかたどることで、キリスト教の無償の愛を現してみました。また内部の構造はミルフィーユ状となっており、その一層一層にイスラム教のコーランを複写してあります。加えて材料には一切動物由来のものを使わず、仏教の慈愛、不殺を体現させています。これにより人類の培ってきた愛を最大限に表現していると言えます。そして最後に、キリストの姿を青葉様の姿に代えることで『愛』矯と敬『愛』の二重表現を実現しました。――以上が本作の概要となっております。名づけるなら『ラブ&リーフ』といったところです」

 愛が重い。というか規模がデカい。

 人類の愛なんか受け止められるかよ……。

 しかも自分の姿をしたモノなんて喰いづらいことこの上ない。なにこれチョー安らかな顔してんだけど。なまじ旨そうな香りがするだけ恨めしい。

 というかどこから食べればいいんだよ……。

「青葉様、お早く」

「わかった、食うよ、食えばいいんだろ! 旨そうだなチクショー!」

 せめて目を閉じて食べよう。

 俺は目を瞑ったままフォークを使い、ナナミ力作『ラブ&リーフ』を食べた。

「ナナミ……」

「なんでしょう……?」

「――すんごく旨い」

 口の中が極楽浄土。魂がジハード始めて天使がラッパを吹いている。

 幸福で、いや、愛で涙が出てきた。食べ物で感動を初めて味わった。

 瞼の裏に広がるエデン。いまなら悟りが開けそうだ。

 天にも昇る気持ちで目を開けると、ナナミの顔が映った。

 それを見たら、偶にはこんな日があるのも良いと思ってしまった。

 だってそこには、

「そうですか――」

 水面に浮かぶ水蓮のように、

「――よかった」

 柔らかな笑顔が、咲いていたのだから。




――――――夜。

「デュフフ。拙者、ただいま帰ったでござるよ」

 夜も遅い時間に、全身に戦利品(オタグッズ)を身につけた一人のオタクが門をくぐる。

 夜半に出歩けば間違いなく職質される風貌の男が、やはり職質を免れないかなり際どい一品を纏いながら自室へと戻る。

「さぁて、では疲れたこの心と体を癒すため、リンゴたんのCDでも聞きますかな。コポォ」

 魔境と化している自室の中に入ると、そこには先客がいた。

「おかえりなさいませ、ツクモ様」

「フォウ!?」

 誰かいるとは思わず、驚いて奇声をあげながら尻もちをついてしまう。暗闇の中に潜む人影がゆっくりと近づいてくる。

 ナナミだ。

 目の前にいるのが幽霊などではなく見知った同居人だと分かると、ようやく息を落ち着かせる。

「おろろ? な、ナナミ氏、どしたでござるか?」

「ツクモ様に、ご奉公させていただこうかと」

「――――」

 その一言で、陸に打ち上げられた魚のようにパクパクとするツクモ。いつにも増して脂汗が凄い。

「い、いやぁ。今日はもう遅いからまた明日ということに……」

「そうはいきません。今日、『善は急げ』という言葉を青葉様から教わりました。大変感銘を受けました。人類の叡智に倣い、さっそくご奉公させていただきたい。いえ、頂きます」

 ツクモは悟る。今朝のちょっとした悪戯心が、いま青葉によって返されているのだと。

「そういえばツクモ様。先ほど『疲れた』とおっしゃっていましたね」

「言ってない! 拙者なんにも言っていない!」

『さぁて、では疲れたこの心と体を癒すため、リンゴたんのCDでも聞きますかな。コポォ』

 録音を再生するように、ナナミの口からツクモの声が響いた。

 退路は断たれ、神はとっくに床に就いている時間だ。

 分かりやすくいえば、年貢の納めどき。

「僭越ながら、この私がマッサージを提供いたしましょう。大丈夫、リーフ社のメイドロボは完全無欠です」

「あわ、あわわわ…………」

 ガシャンゴションと変形する室内から聞こえ、

「それじゃ始めるよ♪」

「いやアァァッッ――――!!」

そっと扉が閉じられた。


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