『才色兼備はツンミリで!』
○Lilia=Beilstein―――リリア=バイルシュタイン―――
『才色兼備はツンミリで!』
202号室の少女はジャーマンガールだ。
長い金髪と翡翠の瞳。身長150cm。スリーサイズはグハッ! グフッ! ぐえっ!
――見た目には幼さを残す顔立ちだが、その在り方は厳しく凛々しく逞しく。傍から見れば美人だが、近くで見ても美人である。軍人一家のせいで堅者のきらいがあるが、自他に厳しい芯の通った女の子なのだ。
春眠暁を覚えない初春の休みに、こんなことがあった。
俺が遅めの朝食を食べに居間に向うと、日課の早朝トレーニングを終わらせ汗を流しに向うリリアとすれ違った。そのとき、
「はぁ、カチューシャが欲しい……」
そのまま浴室へと消えていくリリア。
カチューシャ? あのリリアが?
日頃からやれ爆音が懐かしい、硝煙の臭いが恋しい、実戦に出ないとなまるなどと物騒なことばかり口にするあのリリアがカチューシャだって? そんな女の子らしいことをリリアが口にするなんてにわかには信じられない!
いやしかし、リリアとて年頃の娘。お洒落の一つや二つしてみたくもなるのだろう。ここは寮生のよしみとして一肌脱ぐとしようじゃないか。
そうと決まればさっそく行動だ。財布を片手にカチューシャ買いにバイクでひとっ走り。
いったいどんなカチューシャが欲しいのか頭を悩ませたが、ここはギャップを狙ってゴテゴテの可愛い系のやつを購入した。
日頃のリリアとのアンバランスさで、さらに可愛さが引き立つこと間違いなし! きっと日頃はキリッとしているやつこそ、こういうのは案外女の子っぽいのが好きなはずだ。恥ずかしがりながら頭に着けているところを想像して悶えた。うん、完璧だ。我ながら最高のセンスだ。これでゲルマン女のハートもゲットだぜ。
ご丁寧にしっかり包装してもらって、素早く徒然荘にユーターン。
「リリア、居るか?」
呼びかけながらノックする。いつもならこの時間は部屋でミリタリ雑誌を熟読しているはずだ。
椅子を引く音がしてから扉が開かれる。
「なんだ青葉。いま私はバルバロッサ作戦で忙しいのだが」
雑誌じゃなくてゲームをしていたのか。
開いた扉から画面が見える。
栄光の大三帝国。第二次世界大戦のドイツを指揮して世界制覇を目指すゲームだ。ヒトラーが釈迦もビックリな超純朴好青年仕様の戦略シミュレーションゲームで、リリアお気に入りの一作らしい。
「あ、あぁ、そっか、邪魔しちゃったな、悪い悪い。じゃあお詫びとしては何だけどほらこれ、欲しがってただろ」
実はなんて言って渡そうか悩んでいたのだが、思わぬ流れで自然に?渡すことができた。
「うん? なんだこれは」
「開けてみて」
リリアはまさか小型爆弾か……などと呟きながら慎重に、もとい丁寧に包装をといていった。そして中から可愛らしいピンクと黒のカチューシャが姿を現す。
「これは……」
「ほら今朝ほしいって言ってただろ? なんつーかさ、日頃なんだかんだで世話になってるし、たまにはこういうのも良いかな~って思ってさ」
気にいってくれたか反応が気になり見てみると、リリアは手にしたカチューシャを不思議そうに見つめている。
「これを、私に?」
「えっ、うん」
「そうか、まぁ、では有り難く受け取っておく」
言い終えるとすぐに部屋の中へと戻っていってしまった。
一人廊下に取り残される俺。
……あれ、なんか思ってたのと違う。
もっと喜んで、あわよくば着けてるところを見せてくれるのかと思っていたのだが、想像よりテンションが低い。
もしかして、趣味に合わなかったのか。
くそ、やはりギャップを狙わずにもっと落ち着いた品のあるヤツにすれば良かった。あんなガキっぽいのじゃダメか。誰だよ選んだやつ。ノーセンスだな。
ガラスハートにヒビが入ったので大人しく部屋に退散することにする。
1歩歩くたびに床がギイギイとなる。まるで今の俺の心のようだ。ヒビ割れ寸前。
そんなところに元気っ子娘ランファが階段から降ってきた。
「とオー」
着地と同時に床がメキメキと陥没した。
「…………」
「アオバー、どうしたカ、悩みでもあるカ?」
くりっとした目でこちらを見つめてくる。適当にあしらっても食いついてくる奴なので、簡単に事情を説明してやった。
「んー、アオバはセンスないからネ~」
こいつにセンスの無さを言われる日がこようとは――!
怒りが湧くよりも、ショックでマイハートが崩壊しちゃうよ。
「でも、それなら任せるヨ!」
「えっ、何か策でもあるの?」
「ウン。ちょっと待ててー」
ランファはいったん自室に戻り、すぐに何かを持って戻ってきた。
「ランファ……、それはなんだ」
「カチューシャ!」
それは確かにカチューシャだった。黒一色の何の変哲のないカチューシャ。
ただしウサミミ!
なんでこんなの持ってるのさ。
「ランファよ、どこでそれを手に入れた?」
「んとネー、町外れの公園でオジサンに『これ着けて写真撮らせてくれたら一万円あげるよ』って言われたときにそのまま貰っター」
それアカンやつや……。
だが、まあ、しかし、うさみみカチューシャとは。
ポンっと肩に手を置き、
「グッジョブだ、ランファ」
「あは~」
満面の笑顔。俺も笑顔。そしてこれを渡せばリリアも笑顔になるに違いない。
さっき品がどうとか思ったけどそんなの関係ねぇ、ウサミミが全てだぜ!
さっそく二人でリリアに渡しに行く。
「リリア~~、いるカ~~?」
「ひゃいッ?!」
中から素っ頓狂な声が聞こえてきた。リリアの様子が変だな。
扉がゆっくりと開く。
「な、なんだ、今スターリンググラード落としているところだから手短にな」
「じゃじゃ~ん!」
背中に隠していたウサミミカチューシャを勢いよく手渡すランファ。
「これ、やるヨ」
鳩が豆鉄砲食らったような顔で目をパチクリとするリリアは新鮮だ。ゆっくりと手を出し受け取ると、俺のときのようにまじまじと見つめる。
「これは……、なんなのだ?」
「ウサミミ~」
「うさぎ? ……もしかしてこれは頭に着けるのか?」
「そだヨ~。あとついでにこれもセットネ~」
そういって今度は紙袋をさし渡す。
リリアはおもむろに紙袋の中身を取りだした。
中身はなんとボンデージ。あのウサミミってバニーガールの一部だったのか。
「ランファ、もしかして、お前はこれを私に着ろというのか……?」
「アオバから聞いたヨ。それ、リリア欲しがってるっテ」
ランファよ、そんなに俺を殺したいのか。ホルスターに手を掛けているリリアが怖すぎる。
「ま、待てランファ。俺はそんなこと一言も言っていないぞ!?」
「嘘ダメヨ。わたし、確かに聞いたヨ」
「純真なランファが嘘を吐くはずがない。つまり……」
リリアの背後にゴゴゴゴゴと効果音が付き始めた。
予想通り満面の笑顔なリリアさん。でもなぜだろう、笑顔が怖いですリリアさん。
「俺が言ったのはリリアがカチューシャを欲しがっているってことだ! 誰もバニーガールになりたがっているなんて言っていない!」
「ナンと! そうだったカ!」
「カチューシャだと?」
「そうだよカチューシャ! 今朝いってただろう、カチューシャが欲しいって。それでさっきもカチューシャ持ってきたんだ」
「カチューシャ、……これがか?」
「いや、それはカチューシャはカチューシャでもウサミミカチューシャだけどさ」
「アオバは親切だネ~~」
能天気なランファは良いが、こっちはここで誤解が長引くと寿命が縮む。必死なんだよ分かっておくれ。
「なるほど、それでさっきのも――…………」
リリアの頬がちょっぴりピンクになった気がした。何だろう、雰囲気が変わった。
とにかくここで殺される心配はなくなったようだ。爺さん婆さん、当分再会はなさそうだ。
「ンッウン。とにかく礼は言うが、そういうことならそうだと言ってくれれば良かったのだ。……なるほど、勘違いしていたのだな。いきなりだったからびっくりしてしまったではないか」
体裁が悪そうに髪をいじりながらツンケンしてくる。
リリア検定一級の俺なら分かる。何故だか知らんがこれはご機嫌な証だ。
「とにかくリリア、ここまで来たら乗りかかった船だ。お前がお気に召すカチューシャ探してきてやるから、どんなのが好みか教えてくれ」
ここまで話したら一緒に買いに行ったほうが早い気がしてきた。
いっそのこと誘ってみるか?
「なんなら一緒に――」
突然キイイイイっと急ブレーキを踏む音が窓の外から聞こえてきた。思わず屈んでしまう。
「来たか!」
リリアが嬉しそうに廊下を駆けだす。
「おいリリア?!」
「注文していたカチューシャが届いたのだ!」
カチューシャが届いた? なんだよ、ネット注文でもしてたのかよ。というか、それにしても荒い配達業者だな。
身体を起こして窓から宅配業者の車に目を向ける。
「――――はい?」
外にはトラクターのようなものが停まっていた。
外に出てみるとリリアの他に紅葉さんがいた。
「教官殿!」
「リリア=バイルシュタイン、いつも言っているでしょう。私は教官ではなく寮監です」
久しぶりに管理人の紅葉さんを見た。いつも寮のことは管理人代行のナナミがしているから、ときどきこの人のことを忘れそうになる。
それにしてもどんな時でもメイド服だよな、この人。
「高倉青葉。何か文句でも?」
……エスパーかよ。
「それよりリリア=バイルシュタイン。以前あなたが欲しがっていたカチューシャ、モスクワに用事があったので古い友人から頂いてきました」
そういって停めてあるトラクター?に指を指す。
改めて目の前の車を見る。
トラクターのような車体には、なにやらロケット砲のようなものがいくつもくっ付いていらっしゃる。
カチューシャ。
第二次世界大戦においてソビエト連邦が開発・使用した世界最初の自走式多連装ロケット砲。制式名は、132mm BM-13。これ一台でお家を十六回壊せる優れものだ。
カチューシャって自走式多連装ロケット砲かよ……。
「しかしドイツ人のあなたがソ連の武器を欲しがるとは意外でした」
「はい教官! 実はゲームで赤軍どもから奪って使っていたら気にいってしまった次第であります!」
このミリタリ女め。結局欲しがってたのは兵器かよ。どうりで変だと思ったんだよ。あのミリタリ女が可愛らしいもんに興味出すはずないよな。
「はぁぁ~❤❤ かわいいなぁぁ~❤❤❤」
抱きつくようにカチューシャに頬ずりしてやがる。前言撤回。可愛らしいものには興味はあるみたいだ。ただし価値観の共有はできなさそうだ……。
「いくぶん古いので私なりにアレンジしておきましたが、扱いは大丈夫ですね?」
「はい! スターリンより上手く弾いて見せます!」
「よろしい」
いやよろしくねぇよ。なにあっさり鍵わたしてんだよ。ていうかこのメイド管理人なにものだよ。
「もうツッコミが追いつかん……」
「よしよ~シ」
頭を撫でるランファの気遣いが身にしみる。
――俺の休日を返してくれ……。
夜、夕食の時間になったのでリリアを呼びに部屋に訪れる。ノックをしようとしたドアが少し開いていることに気づいた。何となしに中を覗く。
室内にはバニーガール姿のリリアがいた。
姿見の前でぎこちない笑顔を浮かべながらクネクネとポーズを変えている。ときおり片手に持った俺が渡したカチューシャに付け替え、これまたニッコリと笑う。
「えへへ……」
ご満悦の様子だ。ついでにバニーを見れて俺もご満悦。
「ん~~~♪♪ ふんふんふ~~ん♪♪」
しかし、いつも鋭いリリアが未だに俺の存在に気づかないとは。そこまで気にいってくれるなんてプレゼントした甲斐があるってもんだ。
ただし、この状況がバレると間違いなくデットエンドなので、惜しいがそろそろ退散するとしよう。最後に脳内に焼き付けるため鏡越しにリリアを見つめると、
「――――ハッ!?」
デットエンドのお知らせ。
ガチガチと震えながらリリアがこちらに振り返る。
「キ、キキ、キサマ、いつからそこに――?!?!」
「待てリリア、実は衝撃の事実なんだが俺は全盲でな、室内の様子は全く――」
弧を描いてコップがゆっくりと飛んでくる。
とっさにキャッチ。あっ。
「ナイスキャッチ」
バニーの笑顔が最高潮になってらっしゃる。昼間の三倍は怖いぞ。
あぁ、冷や汗ってホントに滝のように出るんだな。爺さん婆さん、いま逢いに逝きます。
「なにか言い残すことはあるか?」
最後に相応しいセリフを考えて、
「ナイスバニー」
漢らしく散り去った。