平穏だった物語
じめじめと、蒸し暑い真夏真っ只中のこの日。
長い袖を肘まで捲り上げ、片耳からはオレンジ色の羽が付いたピアスをぶら下げて、長い前髪の間から見える景色を眺めていた。
「あっちぃ、、」
そんな吐息交じりの言葉も、暑さで狂った蝉の叫びに消されてしまう。
そんな時、ふと聞こえた名前を呼ぶ声。
「八尋!」
振り返ってみれば、こんな暑いときに走ってきた少年。
「あ、えっと、高峰、先輩!」
中一に上がりたての彼。
金髪に、片耳部分の髪をピンでとめるという不良あるあるの髪型をして、反対からはお揃いのピアス。
といっても、彼の場合はイヤリング状。
「希嬉、学校の中じゃないんだから、普通で良いって。」
女みたいな名前の彼は、小さい頃からの幼馴染。下の名前で呼び合うものだが、中学に上がって強張っている様子。いつものように、ヘラッと笑って投げかける。
「う、うん。」
「それで、、どうした?」
納得しない様子で返事をするが、俺は一刻も早く帰って涼みたい。要件があるなら行ってほしい。
「えっと、、その、、」
「どうした?そんな改まって。」
涼みたいんだ!そんな思考を隅に、告白前の女子のような反応。
要件なら早く、、!と思っていると、
「俺、、」
出てきた言葉は一人称。
苛立ちを出さないよう小首をかしげる。出てきた言葉は、
「俺、超能力とか、、あるかもしんない、、」
「・・・」
こんな暑い日に、凍えてしまいそうなほど青ざめた表情の彼は、泣き出しそうな眼差しで見てくる。普段、表情をあまり変えない彼には珍しいこの顔。しかも、嘘をつかないという従順な性格だからか、こんな突発的で非現実的なことを投げかけられても、俺はキョトンとするしかできなかった。
これが、すべての始まりだった。