第九十九話
「──あ〜お腹いっぱい! やっぱり外の世界の食べ物って美味しいわぁ……ねぇ妖夢、作り方覚えてまたお願いねぇ〜? そしたらもっと食べるから〜」
「ま、まだお食べになるおつもりですか幽々子様……はぁ、また食費がかさみます……」
ニコニコ笑う幽々子とは対照的にズーンと暗くなる妖夢。何て言うか、眼に光が無い。あ、いかんあははあははと笑い出した
しょうがないので軽く揺さぶって現実に引き戻そうとして──再びブン屋の声が会場に流れる
「続いては──八雲対永遠亭の試合を行います! 参加者の方は、速やかに所属陣営の元までお集まりください! 繰り返します、参加者の方は──」
「お、呼ばれたな。さて行くかな……あれ、橙は?」
「あぁ、橙ならお手洗いだ。私が呼んでくるから、悠哉は先に行っててほしい。必ず後から向かう」
「あいよ。……ほれ妖夢、いつまでボケてんだ? いい加減に──しっかりせいっ!」
ポカッと頭を叩くと、ようやくハッと我に返る妖夢。とはいえ現実が変わるわけでもなく再び暗くなりかけたので後を幽々子に任せて会場の方へ
「あら、貴方は……悠哉君だったかしら? ここは一つ、お手柔らかにお願いしますね」
「や、こちらこそ。ところでそちらのお二人は?」
「は、初めまして。私、鈴仙・優曇華院・イナバと申します。こ、今回はその……よろしくお願いします……」
ウサ耳にブレザー服姿の彼女は、言い終わると永琳の後ろに隠れてしまった。人見知りらしいが……こうも露骨だと流石に傷つくなぁ
「次は私ね。私は蓬莱山輝夜よ、よろしくね。いつも暇でしょうがなかったから、なかなかに良い暇潰しを考えてくれたわね……褒めて遣わすわよ?」
「ど、どうも……(随分とクセの強そうな人だなぁ……)」
「あら、私はそこまでクセは強くはないわよ? もっと楽になさいな、顔に出てるわよ?」
「……っ、そりゃどうも失礼を。えっと、どう呼べば?」
「私は輝夜で構わないわ。イナバはそうね……鈴仙で良いんじゃないかしら。良いわよね?」
「は、はい……構いません。えっとその……悠哉さんとお呼びしても……?」
「あぁ、大丈夫だ。それじゃ二人とも、改めてよろしくな。さて、そろそろ藍達も来るか……俺はこの辺で」
陣地に戻って少し待ち、藍と橙が走ってきたところでブン屋が声高らかに開始を宣言。だが、雪玉がいっこうに飛んで来ない。チラリと見るが動きはない……どういう事だ?
「……ッ!? 悠哉、前だ!」
突如、正面から雪玉が。対応出来ず顔面直撃、もんどりうって頭を打ちつけてしまい……意識が遠くなる
マズい、だが徐々に視界の隅が黒く染まっていくのを止められない。遠く誰かが呼んでいる、なのに誰か分からない……どんどん黒く染まりもう……見えない……
──俺は完全に意識を飛ばしてしまった……
さて、視点は変わって橙へ。何故悠哉は直前まで雪玉の接近を感知出来なかったのか? それは、彼が……人間だったからに他ならない。妖怪である橙の視点で、時間を少し巻き戻してみよう
「藍様、悠哉様お一人が前衛ですが大丈夫でしょうか? 相手はあの永遠亭、一筋縄では行かないと思いますが……」
「大丈夫、とは言えないよ。でもね橙、彼は紫様の信頼も勝ち取った人間なんだよ? そこはほら……なんとかする筈さ」
陣地に着くと、悠哉様が先に待ってました。すぐに開始の合図が出て──違和感に気づきました。相手側は隠れていますが、何と言うか……気配が一つ足りないのです。三人居るのに、気配は二つ……藍様もこの異変に気づいたらしく表情が険しくなられています
一方悠哉様も、何処かおかしいと感じられたのかしきりに相手側を覗き込んでます。……あれ? 気のせいか、悠哉様の正面の地面が動いたような……
「藍様藍様、悠哉様の前の地面が妙です。気のせい、でしょうか?」
「む、どれ……ッ!? 悠哉、前だ!」
藍様の声が響くも、悠哉様は反応が出来ず──お顔に雪玉を受けて頭を打ちつけて、ピクリとも動かなくなりました。藍様が血相を変えて駆け寄り、直ぐ様後退され始めたので私も雪玉を手当たり次第に投げつけて援護をします
「おい悠哉、しっかりしろっ! おいっ、頼むから……目を覚ませっ!」
「悠哉様、お気を確かに! 悠哉様っ!」
私も藍様も声をかけますが、悠哉様は動きません。藍様が試合の棄権を知らせに向かったので、私はその間悠哉様をあまり冷やさない様に頭や身体の下に布を敷き込みます。と、影が差したので顔を上げると永琳様がいらっしゃいました
「頭は極力動かさないで。そのままで、でもあまり冷やさない様に布をもう少し高くして。それから、今優曇華に診察用の道具を持ってきてもらってるから貴女にも手伝いを頼めるかしら?」
「は、はい! なんでもします! 悠哉様は、悠哉様は大丈夫なのでしょうか!?」
「詳しくは分からないけれど、優曇華の言う通りなら脳震盪の可能性が有るわ。もっと重い可能性も有るから……大丈夫よ、私が居るのだから必ず助けるわ」
……いつの間にか、私は泣いてしまっていた様です。まるで眠っているかの様な悠哉様を見ていると、なんともなかった様にも見えてしまいます。ふと、永琳様が顔を上げました。向こうから、鈴仙さんと藍様と紫様がこちらに向かってやってくるのが見えました
これから、どうなってしまうのでしょうか……




