第八十話
目につくヤツは全て斬り伏せる。最初のうちは生きて動くヤツが相手だった。鼠型の妖怪や狼型の妖怪、蜘蛛の型をした妖怪や大熊の妖怪など様々な連中を相手にただひたすらに弾幕を叩きつけ刀を振るった
途中から、ソレが死体に変わった。腕を斬られたヤツや片足を失ったヤツ、尻尾や顔の一部を失い──それでも、まるで人形の様に黙々と立ち上がり残った腕や足や爪や牙で攻撃を仕掛けてくるのだ
圧倒的なまでの物量差を前にしても、決して引かず身体を動かしひたすらに倒し続ける。永遠とも思える時間は──本当に突然崩れ去った
──パキリ、ペキン……
「──はっ?」
今の今まで一緒に戦ってくれていた相棒が、刃の隅々までが欠け落ちそれでも尚敵を倒してくれていたソレが──丁度半分ほどから呆気なく折れたのだ
しばし呆然と半分になってしまった刀を見つめ……しっかりと握り直す。既に全身傷だらけで腕も足も震えて力など当に入らない。でも、今此処で崩れ落ちるわけにはいかないのだ……!
隙だらけになっていた俺に、死体と化した妖怪の一体が残っていた爪で一閃。左腕でソレを受け、お返しとばかりに刀で首を叩き斬る。斬れ味を殆ど失っても尚、相棒は妖怪の首を刈り取り……今度こそ妖怪を地面に倒れ伏せさせた
「…………さぁて、まだ、来るヤツぁ居るか? 居るのなら──かかってこいよ」
霊撃符は底を尽いた。刀ももうボロボロ。スペルカードなんて手持ちのでは何の役にも立ってはくれない。だから……なけなしの霊力で身体を強化し、ありったけの気力を振り絞る
「待ってろよ藍……援軍は……必ず来るっ! それまで……死ぬなよっ!」
結界ももう持たないのかだいぶ薄くなり、中の藍とも会話が出来るまでになっていた。その藍も、なけなしの妖力でなんとか身体を持たせている
「あ、当たり前……だ。紫様を……橙を……置いて、一人で死ぬなど……出来るものか。お前こそ、勝手に……死ぬな。彼の方を、困らせるなよ……」
──業を煮やした六体が、生前と変わらない動きで迫ってくるのを見ながら弾幕を素早く形成、迎撃する。経験値が上がったのかなんなのかは分からないが、前より上手く放てる様になった……気がする
刀で爪や牙をいなし一体目の首を刈り取り二体目の首元へ弾幕をさらに叩き込みへし折る。牽制され動けない三体目にはレーザータイプの弾を今出せる限界の速さで射出し頭部と腹部を貫通させ、足先で喉元を蹴りつけ四体目にぶつけながら後ろへと回り無防備な首に斬撃を叩き込む
頭部を有り得ない方向へと傾けて倒れる四体目を見て一旦退こうとする五体目と六体目を大玉タイプの弾幕で囲み、さらに上から大小様々な弾幕を素早く配置し──そのまま押し潰す。あっという間の出来事に、死体である筈の妖怪共が一歩下がる
──パチパチパチ、とこの空間に似つかわしくない拍手が鳴り響く。……アイツだ、この騒動の元凶とも言えるあの妖怪が口元に笑みを浮かべて立っていた
「ナカナカヤルナ……テッキリモウシンダカトオモッテイタガ。ヤハリ、ニンゲンハスエオソロシイ……イッタイドコカラソノヨウナチカラガデルノカフシギダ」
「はっ、言ってろ……次はお前が相手か? じゃなきゃ──退け」
「イウナニンゲンガ……! イイダロウ、ワタシガコロシテヤロウ! オマエノウシロノキツネゴトナァッ!」
「……藍も、だと? ──上等だ、かかってこい。お前なんぞ……俺一人で十分だッ!」
ヤツの長い爪から繰り出される鋭い一撃を、最初の時よりも必要最小限の動きで躱しさらに踏み込む。驚くヤツの顔に肘鉄を食らわせ、鳩尾の辺りに回し蹴りを叩き込む
咳き込みながらも振るわれる爪を刀で受け流し──牙が右腕に食らい付くのがほぼ同時だった。痛みを無理矢理に抑え込み、持ち手を左腕に替えて……
「──これでも……食らいやがれッ!」
直後に右脇の下から差し入れた刀を真上に、渾身の力で振り抜く。軽くなった感触とともに、上から液体が降り注ぐ……赤い赤いソレと一緒にヤツの右腕だった物が少し離れた所に落ちてきた
流石のヤツも堪えたのか、叫び声をあげて離れる。右腕は──貫通してしまっていた。最早ピクリとも動かない右腕を見て、まだ動く左腕を見る。続けて、未だ健在の両足を見る……まだ、やれる筈だ……!
「──来いよ、人間の底力……嫌って程その身に刻んでやるよ」
「クッ……カタウデヲトッタテイドデイイキニナルナヨォ!」
──そこからは、文字通り死闘だった。弾幕を叩き込み、刀を振り抜き、体術を繰り出し……持てる技術の全てを出し尽くし……
…………それでも尚、立っていたのは妖怪だった。例え霊力でカバーをしても、元々の身体能力で負けている人間では真剣勝負となれば負けるのは目に見えていた
「……ヨク、ココマデタッテイラレタ。オマエハスバラシイ、ニンゲンデアルコトガホントウニオシイカギリダ。──ワガナハエン、アノヨデモオボエテオクガイイ」
残った左腕が振り下ろされようとして──急に笑いが込み上げてきた。耐え切れずに大声をあげて笑い出した俺を、エンが睨み付ける
「ナニガオカシイッ! キサマハココデシヌノダ! ナノニナゼワラウ!?」
「ははは……いやなに、この勝負……俺の勝ちだなと自覚出来たからな。つい、笑ってしまったんだよ……」
震える指を一点に向けて指差す。釣られてエンもその方向へと視線を向け──顔面に真紅の槍を象った弾幕を、身体に巨大な扇から発生する蝶をぶち込まれて吹き飛ばれる
「言ってなかったっけ? 俺達の目的はただ一つ。……援軍が来るまでの時間稼ぎと敵部隊の間引きだってさ」
──遅れてごめんなさい。なんとか、間に合ったみたいね?──
「…………遅いぞ二人とも、てっきり見殺しにでもされるかと思ったぞ? でも……来てくれて感謝するよ──レミリア、幽々子」
紅魔館白玉楼混成部隊──無事到着




