第八話
翌朝、惰眠を貪っていた俺は藍に叩き起こされていた。なんでも朝のうちにやっておきたい事が有るとかなんとか
「で、藍? こんな朝っぱらから一体何をやるんだ? そろそろ教えてくれてもいいだろ?」
「そうだな。やることは一つ、悠哉が飛べるように訓練を施す事だ」
「……跳ぶじゃなくて飛ぶ、なんだよな。ってかお前飛べんの!?」
「当たり前だ。勿論紫様も飛べるぞ? 基本、あの方はスキマを用いているがな……後しれっとお前呼ばわりするのを止めろ」
……なかなかにファンタジー要素たっぷりな内容だ。それにしても、飛ぶ練習か……嫌な予感しかしないんだけど。藍のヤツ、めちゃくちゃ笑ってるし
「さて、覚悟はいいか? 遺書を書くなら今のうちだぞ?」
「……お前絶対俺の事嫌いだろ、なんでそんなに笑ってるんだよ……」
「嫌いではないが気に食わない、後はストレス発散目的だ」
「尚更酷かった!?」
ギャーギャー言い合いながら、現在空中にて待機中。藍に抱えられ、遥か下に見える八雲邸の庭を見て一言
「……やっぱり止めてもいいか藍。冗談抜きで、泣きそうなほど怖くなってきた」
「ようやく素直になったか? 私も鬼ではないからな、危ないと判断したら助けてやるから頑張ってみろ」
一度深呼吸をして、目を閉じる。藍曰く、飛ぶためにはその場面をイメージすることが必要らしい。イメージさえ出来れば後は簡単と言っていたが……
「やっぱり無理だろこれ……どうしろと──」
「よし、行ってこい悠哉。骨は拾ってやるから」
あろうことか、藍のヤツ俺をまるでゴミでも捨てるかのようにポイっと放り投げたのだ。一瞬の浮遊感の後──強烈な風と殺人的な速度が俺を襲った
「────!? ──! ────!?」
最早言葉も出ないってか話せない。口を開けても風が入ってきて喋れない、耳も風音のせいで聞こえづらい。頭はパニックでイメージどころの話ではない
「ほらほら、早くイメージしないと大変な事になるぞ〜?」
顔を必死に横に向けると、事も無げな顔をした藍が平然と話していた。何故言葉が聞こえるのかは分からないが、人の気も知らず喋る藍にふつふつと腹の底から込み上げてくるナニカ
──イメージしろ。場面は俺が八雲邸の庭に、五体満足で無事に着地する所を。道中は少しずつ減速しつつ体勢を立て直し、一時浮かんでそのまま自分の意思で降りるのを!
程なくして、身体にぶつかる風が弱まりはじめる。よし、イメージ通りに行っている……なら次は……
完全に減速し空中に浮かぶ。そしてゆっくりと庭に降りはじめる。この間、藍が隣で驚きの表情を浮かべていたのが痛快だった
地面まで後少し──俺は藍の襟首を掴む。ハッとした顔の藍を無表情で真っ正面から見据え、そのまま無事に着地
「な、なかなかに上手いじゃないか悠哉。紫様が連れて来ただけはあるな……で何故襟首を掴みっぱなしなんだ?」
「──来い」
「オイオイ、ちょっとした冗談じゃないか。人間ってのはそんなのも分からないのか? これだから人間は……」
「──来い」
「あ、えっと……悠哉? 怒ってるなら謝るからな? 何故紫様の所へ引きずって行くんだ? 頼むから紫様にだけは先ほどの事は黙っていてほし──」
「──いいから、来い」
……しばらくして、紫の怒鳴り声と藍の悲鳴が八雲邸から聞こえたそうな……
どうしてこうなった?
当初は、もっと仲良く練習をして親睦を深めつつ飛べるようになる筈だったのにねぇ……