第六十四話
演奏者の居ない楽器達の奏でる音楽──恐らくはクラシックだろうか──をのんびりと聞きながら、出されている料理に舌鼓を打つ。咲夜が作っているので味はもちろんだが、見栄えも流石紅魔館の瀟洒なメイド長と言った所である
自炊出来るとは言えあくまで一般レベルの俺とは格が違い過ぎるなぁ……なんて思っていると、音楽が少し静かになった。視線を上げるとレミリアがパチュリーとゆっくり音楽にのせてダンスを踊っていた
「……いいねぇ。あぁやって踊れるのは……俺には早々無理かな。にしても、パチュリーのヤツ大丈夫なのか? 主に体力面と喘息が」
二人共楽しそうではあるが、ゆっくりなのはパチュリーに配慮した結果なのか? それでも無理をしている様子はないため、パチュリーも楽しんで踊れているという事なのだろう
「悠哉、貴方は踊らないの? 折角だし……まさか踊れないのかしら?」
「……なんだ博麗か。あぁ俺は踊れないぞ、向こうでもそんな機会無かったからな。それに、見ている方が楽だ」
「負け惜しみかしらね。まぁいいわ、そこでのんびり見てなさい」
嫌味を言うだけ言ってさっさと魔理沙を連れ立ってレミリア達の横で踊り始める。優雅さは無いがそれでも楽しそうな表情の二人を見て、何処か疎外感を感じてしまう
「仕方ない、少し風にでも当たって落ち着くとするか……」
バルコニーへと足を向け、夜風に身を躍らせる。冷たい空気が身体を包み込み、あっという間に気分が落ち着き始める。見ていて楽しい、コレは事実だし負け惜しみでもなんでもない。が……
「でもまぁ、こういう場に来たら踊れないってのはなかなかにツラいな……練習でもしておくべきだったかねぇ」
「──なら、私と踊らない?」
振り向くと、紫色のドレスに身を包んだ紫が立っていた。思わず見惚れてしまう俺を見てクスクスと笑う紫
視線を外して外へと向ける俺の隣に紫も立ち、一緒に夜空を見上げる。光り輝く星々の一つ一つがはっきりと見える程に、今宵の夜空は澄んでいて美しかった
「淑女が誘っているというのに、貴方は無視をするのかしら? ヒドいわ……折角の機会だしなにより貴方と踊りたいのに……」
「はは……下手くそな俺と踊ると紫まで悪く見えてしまう。藍なら上手く踊れる筈だし、そっちを当たってみればどうだ?」
「むぅ……あくまでも拒否するのね。ならば奥の手よ、覚悟なさい」
言うが早いか俺の襟首を引っ掴んでダンスホールへと引き摺り出す紫。力で敵う筈もなく、呆気なく中心部へと到着。いつの間にかレミリア達は引き上げており、ホールには俺と紫の二人だけしか居ない
「私がリードするから、慌てず落ち着いて着いて来てね? あと、くれぐれも足は踏まない事。いいわね?」
「はいはい分かったよ……それじゃあ下手くそなりに精一杯、頑張るとしますかね」
音楽が変わり落ち着いた雰囲気の曲が流れる。紫曰く一番好きな曲なんだとか……その曲に合わせて、足を踏まない様に気をつけて踊り始める
最初はぎこちないものの、紫のリードのおかげで一応形にはなっているみたいで躓くこと無く踊り続ける。右、左、少し進んで立ち位置を入れ替えまた進んで右、左……
「ほら、ちゃんと踊れるでしょう? その調子よ」
「まさか本当に踊れるなんてな。紫のリード様々だよ、ありがとう」
「いいのよ別に、それにその……こうしているとドキドキするから」
紫の赤く染まった顔を見て思わず俺も顔を赤くする。幽々子の言っていた言葉を思い出し、さらに赤くなる俺
それからは終始無言のまま踊り続け、曲が終わると同時に静かに踊りを終えた──




