第五十六話
その後は何もこれと言った事は無く、結局の所杞憂でその日は終わりを告げ──気づけば妖夢と一騒動有った日から数えて三日が過ぎ去っていた……
それで今日、紫から改めて白玉楼から出発すると言われたのだ。確かにこれ以上長居するのもどうかと考えていた時だったため俺はこの意見を承諾し、現在幽々子と妖夢に別れの挨拶を言いに幽々子の自室へとやってきていた
「──じゃあ二人共、色々とお世話になった。もしまた機会が有れば此処に来させてもらいたい。本当にありがとう」
「此方こそ、ご迷惑ばかりをお掛けしてしまって……悠哉さんさえ良ければまた何時でもいらして下さい。お待ちしておりますから」
「えぇ、その時はもっとたくさんのお菓子を用意しておくわ〜。だからまた、遊びに寄ってね〜」
挨拶も済み、紫が出したスキマに入ろうとして──唐突に袖を引かれた。何事かと思い振り返ると、普段はやや青白い色の耳や頬を薄っすらと赤く染めた幽々子が俺の右手の袖を引っ張っていたのだ
「……どうやら、お話が有るみたいね? 悠哉、聞いてきてあげなさいな。きっと……大切な内容だと思うから」
紫と妖夢に見送られ幽々子について行くと、先程挨拶を交わした彼女の自室へ戻ってきていた。辺りには幽霊達も全く居ない、まさに俺と幽々子の二人だけだ
「えっと……話が有るんだよな? 一体なんだ?」
「あ、あのね? 前に貴方に聞いたけど、今の貴方にはその……す、好きな人って居ないのよね?」
「あ、あぁ。そりゃ確かに居ないけど、なんでまた……」
「わ、私……貴方の事が好きなのっ!」
たった一言だったけど、かなりの衝撃を伴う一言が俺に向かって放たれた。好き、スキ、隙、空き……
直後、頭から煙でも出るんじゃないかと思う程に赤くなる幽々子──と俺。仕方ないだろ、こ……告白だなんて今まで一度もされた事が無いんだから……
「え、えっと幽々子。その好きって言うのはその……異性として、だよな? 友人とかじゃなくて、男と女の関係って事だよな?」
「そ、そうよぉ……恥ずかしいからあまり声に出して言わないでぇ……」
とうとう顔を後ろへ向けてしまう幽々子。頭の上では蝶が忙しなく飛び回っている辺り、幽々子自身もかなり動揺している様だ。俺も未だに処理が追いついていないものの、言いたい事言われた事は分かる
「…………少しだけ、待ってくれないかな? 気持ちの整理とかつかないし、ほら俺らって会ってまだそんなに日が経ってないだろ? ちょっと早計過ぎるってかなんて言うか……」
──口をついて出てくる言葉に、我ながら情けなく思う。折角幽々子が頑張って言ってくれたというのに、肝心の俺がこの様では……
だが、それでも納得してくれたのか……幽々子はゆっくり頷いて此方に向き直り、とびきりの笑顔を見せてくれた
「……いくらでも、何時までもお待ちしますわ。貴方が自分の気持ちを整理して、私の想いを受け入れて下さるまで……」
そして、幽々子は最後にもう一つ教えてくれた。とても大切な、だけど難しい話を……
その後は終始無言で並んで歩き、紫達の元まで戻る。もう一度妖夢と幽々子にたどたどしく一言ずつ言ってスキマに入る。二人が完全に見えなくなる頃合いを見計らって、紫が口を開いた
「大体何を言われたのかは検討がつくわ。私からは何も言わない、だけど幽々子を裏切るような真似だけは決してしないで。それだけは約束してほしいの……」
「……分かったよ。難しいけど、出来るだけ早いうちに結論を出してみる。それまでは……幽々子には悪いけれど待ってもらう」
そう言いながらも頭の中で俺は幽々子から最後に言われた事を思い出していた……。その内容は至ってシンプル、俺を想っているのは幽々子だけではないというのだ
──私が貴方を好きになった様に、紫も貴方の事が好きみたいよ。それも、私よりもずっと前に……どちらを取るかは貴方次第だけど、その選択に対して絶対に後悔だけはしないで──
最後のこの会話を、俺は八雲邸に戻るまでの間ずっと反芻させていた。どちらかを取る、つまりはどちらかを捨てるという選択。いくら考えても、答えは少しも見えてはこなかった……
さて、フラグも立たせましたしどうしよう……




