第五十二話
「……ん、んぅ……いつっ」
鈍い痛みにゆっくり目を開けると、当たり前の事だが天井が視界一杯に広がる。首を動かして周りを見渡すと枕元に桶と手拭い、そして──包帯と塗り薬らしき白いクリーム状のモノ
白玉楼の一室なのは分かるが、あの後一体どうなったのか……全く記憶に無い。もしや出血多量で死んでしまったのかとも考えたが、ちゃんと足が有るし身体も半透明ではないので一応大丈夫な筈……
──コンコン、と障子を軽く叩く音が。一声掛けてやるとスッと開いて、幽々子がゆっくりと入って来た。どうやら睡眠薬の効果はすっかり抜け切っているみたいなので、かなりの時間眠ってしまっていた様だ
「……えっと、おはよう悠哉。身体はまだ痛む?」
何時もの間延びした喋り方ではなく、視線も絶えず怪我をしている懐へと注がれている。取り敢えず大丈夫である事を伝えると、ホッとため息を吐き──唐突に頭を下げた
「本当にごめんなさい。今回は私の不注意で貴方に怪我を負わせてしまって……どんな責任も取る覚悟だから、何でも遠慮せず言って頂戴ね……?」
「……気に……するな。俺の、実力……不足でも……あったんだから……な……? 心配、かけて……すまない……」
長い事喋っていなかったせいか、口が乾いてなかなかに喋りづらい。さらに呼吸をする度に懐が痛むから顔が若干しかめっ面になってしまう
「すぐに紫も来るわ。だから、詳しい話はまたその時にでもね。今はただ……ゆっくり休んで身体を癒して?」
幽々子の表情は暗い。恐らくだが……この後紫から問われるであろう責任問題やら何やらを思っているんだろうか……
「ゆ、ゆこ……? あんまし、気にすんな……。あくま、でも……怪我したのは……俺のせいだ。幽々子のせいじゃ……ないから、な……」
「悠哉……ありがとう。幾分、気分が楽になれたわ〜。でも今回の一件に私の責任は確かに有る、だからその辺りはちゃんと取るつもりだから……」
最後は少しだけ微笑んで、部屋から出て行く幽々子を見送る。また全身を強烈な睡魔が襲ってきたので、身体を預けて眠る事にしよう……
──悠哉が再び眠りについたのを確認した私は、静かにその場を後にする。向かうのは……紫が待っている居間
悠哉にはああ言ったけれど、本当はもう既に紫は着いている。けれど、彼に心配を掛けたくなくて嘘をついたのだ
「幽々子、悠哉の様子はどうだった……?」
「えぇ、やはりまだ痛むみたい。でも峠は乗り越えた様だったから、もう大丈夫みたいよ。彼……私に心配かけてすまないって……本当なら私が頭を下げる側なのに……」
目から溢れるモノを拭う。拭っても拭っても零れ落ちるソレは、私の心の不安を洗い流してくれるみたい。落ち着きはじめた私を見て、紫が呟く
「悠哉は優しいのね……まぁだからこそ私が気に掛けているのだけれども。それはさて置き、これからの処遇についてだけど……何か言う事は有るかしら?」
「……今回の一件は全て私が悪いの。だから妖夢には……」
「そういうわけにはいかないわ。監督不行き届きという意味では幽々子もだけど、一番は妖夢よ。なにせ──こう言っちゃあなんだけれど、実行犯だもの。貴女に薬を盛って、悠哉に一撃を与えた……分かるでしょう?」
項垂れる私を見てため息を零す紫。迷惑を掛けてしまっているのは痛い程分かっているつもりだ。けれど、妖夢を彼処まで追い詰めてしまったのは私のせい。だから責めは全て私が受けるべきなの──
「……はぁ、ところで肝心の妖夢は何処に? 此処に来てから一度も見ていないのだけれど?」
「あの娘なら……自室に居るわ。自分の気持ちを整理するという意味でも、一度己自身を見詰め直す必要が有るから……」
兎も角二人が来なければ話は続けられない。私は紫と共に、ただ待つ事にする。頭を過るのは、彼の申し訳なさそうな顔。思い出すだけでも胸が締め付けられる……
ひょっとして──いやいや、不謹慎過ぎるわ。もっと時期を見なきゃ……伝えるのはまだ先でも……ね




