第五話
「……悠哉、悠哉……起きて悠哉!」
「っ!?」
八雲の声に、飛び起きる。此処は一体何処だ? 屋敷の内のようだが、少なくとも俺の家ではない
……そうだ、思い出した。あの後、スキマをくぐるよう言われ素直に従った結果──垂直落下を体験する羽目になったんだった。どうやらスキマ内で気絶してしまったらしい
「ねぇ悠哉? ちゃんと聞いているの?」
ここまでを振り返っていると、返事が無い事に動揺したのか軽く肩を揺すってくる八雲。一先ず考えるのを止めて八雲と向かい合い、頷く
「全く……聞こえているなら返事をして頂戴。怒ってるならその……ごめんなさい」
「気にするな、とは言わんぞ。いきなり落としやがって……ってか最初のあの威圧感は何処へ行った?」
「あ、あれは初対面だから優劣関係をはっきりさせておこうと思って……」
「残念だが、無駄骨みたいだがな」
いじける八雲を尻目に部屋を見渡す。開け放たれた窓から心地よい風が吹き入り、太陽の光が畳を照らしていた
「……本当に、来ちゃったんだな俺。これで完全にあの世界から忘れ去られた存在になったんだな……」
「悠哉……落ち込まないの! 此処には楽しい事がたくさん有るわ、だからそんな顔しないのよ?」
励まされてしまった。そこまで深刻な顔にでもなっていたのだろうか……と、廊下を歩く足音が聞こえてきた
徐々に近づいてきているので、恐らくだが此処に来るのだろう。取り敢えず着ている服を正し──Tシャツと短パンというラフな格好だが──座り直して足音の主を待つ
「紫様〜? お戻りになられたのですか〜?」
声が紫へかけられる。だが、紫は答えない。何故だろうかと不思議に思い、後ろを振り返って──居なかった
呆気にとられていると、足音がいつの間にか止んでいた。嫌な予感が、背後からひしひしと感じ取れる。振り返ったらダメだ、どうなる事か分からないのだから
「…………どちら様ですか?」
声が震えていた。間違いなく非常にマズイ、だが説明出来る八雲は居ない……どうしろと?
「あ、あ〜っと……八雲に連れて来られてそのまま寝かされて、今し方起きた所なんだ」
すまない、と繋げてゆっくり振り返る。先ず目に入るのが九つの尻尾、全てが毛先の一本一本に至るまで丁寧に手入れされている
帽子をかぶっているが、恐らく獣耳だろうか帽子を押し上げている。服装は八雲とはまた違った雰囲気の道士服のような服
「……侵入者か? 一体どうやって紛れ込んだ?」
妙な雰囲気を出しながらゆっくりと近寄ってくる目の前の妖怪に、俺はただただ震えるしか出来なかった……