第三十九話
結局、先の一件のせいでさらに魂魄に睨まれるハメになった俺は終始落ち着かない心境で自室に戻ることに
「ハァ……疲れた。紫の客人なのになんで俺がこんな目に……取り敢えず本でも読んで過ごすかな」
適当に一冊、八雲邸に置かれているのを手に取って読み始める。内容は……意外にも外の世界で一時期有名になった小説で、名前を聞かなくなったと思ったら幻想入りしていたようだ
「忘れ去られたモノが集う最後の楽園か……コイツも忘れ去られて此処に来たんだよな。新しいモノばかりに目がいき過ぎるというのも、良い事ばかりではなさそうだな」
変にしんみりしつつ読み進めていると、ふと部屋の障子に影が映る。紫かと思ったが、にしては何処か迷っているような躊躇っているような感じで左右に動いている
やや間が有って控えめにノック音が響く。魂魄が来ることは恐らくないので、となると消去法で幽々子か……?
「どうぞ、入っても大丈夫ですよ」
「し、失礼しますわ〜」
スーッと障子が開き、両手いっぱいにお菓子を抱えた幽々子が入ってくる。ってかその状態でどうやってノックしたんだよ……
「えっと、貴方も一緒にと思って紫にたくさん貰ってきたの。良かったらその……一緒に食べましょう?」
「お、いいのか? んじゃあそうだな〜コレにするよ」
煎餅を一枚取って口へ。醤油の味がよく染みていて美味い。流石にお茶はないので取りに行こうかと腰を上げると──スキマが開いて中からお盆に乗った湯呑みと急須が。ありがたく頂いて幽々子と自分の分を淹れて乾杯とばかりに軽く打ち鳴らす
「美味しいわぁ、やっぱりお煎餅には熱々のお茶ね……貴方もそうは思わないかしら〜?」
「同感だな。基本和菓子にはお茶だし、まぁ洋菓子は滅多に食えないからいいか。もう一つ貰うぜ?」
──さて、しばらく二人で煎餅を食べてお茶を飲んでいると不意に幽々子が此方を向く。なんだと思い俺も向き直ると、綺麗で儚げな雰囲気を漂わせる蝶が幽々子の肩の辺りを飛んでいる
「気になるかしら? コレは反魂蝶といって私が出したのよ〜、すごいでしょう? あでも触っちゃダメよ〜貴方死んじゃうから」
サラッと今死ぬって言ったか? え、幻想郷の蝶は触れると死ぬのかよ……唖然としている俺を見てクスクスと口元を隠して笑いながら、尚も幽々子は続ける
「私は亡霊であり死を操る程度の能力を持っているの〜。どう、怖いかしら〜?」
「怖いって言うか驚いたかな、流石幻想郷何でもアリだなってさ。ぶっちゃけると人間誰しもいつかは死ぬし俺一度死にかけてるし……だからどっちかと言えば亡霊って方が怖いな」
「そこ、普通は反対じゃないの〜? 今まで関わった人はそうだったけど、貴方は違うのね……流石は紫と一緒に居るだけあるわね〜」
その後、終始笑みを浮かべて口いっぱいにお菓子を頬張る幽々子を眺めながら頭の中では先程彼女が一瞬見せた表情についてずっと考えていた……




